第5話 スマブラとご飯(後編)

 テーブルの上に並んでいるのはごちそうだった。

 ビーフステーキ。

 スーパーで買ったお肉だけど、きちんと下処理して、ミディアムレアに焼き上げたお肉は見るだけでおいしそう。

 それにレタスとトマトを添えたポテトサラダ。

 大きなスジ肉がゴロリと入ったビーフシチューまであるのは、さすがにボクも欲張りが過ぎたと思った。

「パンも焼き上がりました」

 さらに用意されたのは切り分けられたフランスパン。

 こんがりしたパンからはガーリックオイルがすごくいい匂いをさせている。

「なんてごちそう……。さすがツキコ」

 目を丸くしてるモモさんはジョイコンを手にしてる。

 スーパーから帰ってから今までずっと一人でスマブラをしてた。

「モモさん。ご飯っていつもツキコさんが作ってるの?」

「うん。そうだけど」

「だよね。モモさん、一切手伝ってなかったもんね」

「千代ちゃんは色々ありがとうございました」

「ボクは細かい準備しただけだよ。ツキコさんの手際すごかったし、本当においしそう……」

「そう言ってもらえると嬉しいです。じゃあ、食べましょうか」

「今の流れだと、わたしはただサボってゲームしてただけっぽくない?」

「そうですね。サボってゲームしていましたね」

「帰り道ちゃんと荷物持ってたよ」

「ツキコと千代ちゃんも持ってましたから」

 モモさんはまだ何か言ってたけど、ツキコさんに促されて席に着いた。

「いただきまーす!」と、手を合わせて食べ始める。

 ナイフで切り分けたステーキをパクリとほうばった。

「おいしい……! 柔らかい!」

「特別なことはしていないです。あのスーパー、いいお肉仕入れていますね」

「焼き加減がちょうどいいんだよ」

 まだ赤身が残るミディアムレアのお肉。

 一口噛むと、口の中で肉汁があふれる。

「シチューもおいしいね。ツキコの味がする」

「モモちゃんにも喜んでもらえて嬉しいです」

 ステーキとパンとポテトサラダ。それにシチュー。

 明らかに食べ過ぎだけど、止まらなかった。

 どれもおいしくて、パクパクと食べ続けてしまう。

「ツキコさんとモモさんって、一緒に住んでるの?」

「うん。ツキコの家にね」

「それで、ツキコさんが家事とか全部やってるの?」

「なんでこの子、悪意ある言い方するの」

「実際そうですよね」

「わたしだって、テーブルぐらい拭くし、お風呂にお湯を張ったりはするよ!」

「……もうちょっと手伝ってあげなよ。スマブラばっかりやってないで」

「ソシャゲの周回もやってますよね」

「不満溜め込んでるの、ツキコ?」

 ツキコさんはなんだか楽しそう。

「これじゃわたし、ツキコの家に住んでて、ツキコに全部お世話してもらってる子なんだけど……」

 そのとおりなんじゃ?。

 そんなことを話したり、モモさんのスマブラの戦術をもうちょっとこうしたほうがいいとか話したり。

 そうしてるうちに食べ終わってしまった。

 あんなにあった夕ご飯はすっかり空っぽで、お腹はいっぱい。

「ごちそうさま」ともう一度、手を合わせて。

「千代ちゃん。夕飯はいつもこんな感じでしたか?」

 ツキコさんがじっとボクの目をのぞき込む。

「うん。どちらかというと和食が多かったし、ここまで賑やかでもなかったけど」

「そっか」

 モモさんが隣の部屋を流し見る。

 多分、最初からモモさんもツキコさんもわかってた。

 モモさんの視線の先、隣の部屋には仏壇があって、まだ新しい遺影が飾られてる。

 仏壇にお供えされた花がモノクロの写真を彩っていた。

 写真にはぱっと見て気の強さがわかるおばあさんが映ってる。

 ボクがよく知ってる人。

「元気だったんだよね」

「うん。亡くなるまで寸前までずっと元気だった。スマブラも強かったよ」

「スマブラというか、ゲーム遊ぶんだ」

「大手騎空団最強の一角」

「古戦場から逃げないおばあちゃん」

「先は短いけど自由に時間があるから、今のうちになんでもしとくって。そんな人だったよ」

 遺影は自分で一番かっこいい顔を撮るんだって言ってたキメ顔。

「ちなみに、ボクとおばあちゃんのスマブラの対戦成績。ボクが八割負けてる」

「おばあちゃんというか、バケモノじゃないの?」

「そうだったかも。死んじゃったけど」

 ツキコさんが立ち上がる。

「……それで、千代ちゃん。これからどうします?」

「それはもう決めてる」

 ボクは空の食器を流し台に持って行く。

 モモさんが慌てて手伝ってくれた。

「一人の人間と一緒に長い間いすぎたよね」

 おばあちゃんの遺影が気のせいか嬉しそう。

「こういうの何度も経験したけど。人間のことを娯楽だとか、おもちゃだとか。そう思えなくなっちゃうとダメだよね」

「あれ、もしかして……」

 モモさんが置きっぱなしだったハンマーを手にした。

「千代ちゃんって、神様?」

「え? モモちゃん、今気づいたんですか?」

「ツキコ、最初からわかってたの!? 教えてよ!」

「ツキコもこっち来てからですよ。気づいたのは」

「ゴメンなさい。まさか気づいてないなんて」

「なんかわたしが鈍感みたいじゃない」

 モモさんがむくれてしまった。

「でも……。本当にありがとう。二人に嘘はついたけど、こっちに来てからのお願いは本当だったよ。最後に誰かと遊びたかったし、誰かと一緒にご飯を食べたかった。このまま一人でいるには寂しくて」

 前が賑やか過ぎたから。

「スマブラ弱くてゴメン」

「それはツキコさんがそれなりだったから大丈夫」

「弱いことにフォローはない……」

 今度はうなだれちゃった。

「さっきの話ですけど」

 ツキコさんが言う。

「生き返らせないんですか? ここはあなたの世界ですよね」

「うん。でも、おばあちゃん、そういうの好きじゃないし」

「おばあさんはいなくなっちゃった。それで、この世界はどうするの?」

 モモさんの声が鋭い。

「おばあちゃんがいた世界には愛着があるから。だからこのままにする」

「……よかった。消すって言ったら、スマブラ以外の手を使うところだった」

 ハンマー持つのやめてほしい。

「それで……」

 ツキコさんは躊躇いながら続ける。

「千代ちゃんは残らないつもりですね」

「うん。そうだね。このままいてもしかたないから」

 おばあちゃんはもういない。

 この胸に穴が開いてしまったような感じも初めてじゃないし、もう耐えられない。

「消えなくてもいいと思うんです。例えば、ツキコたちと一緒に行くとか」

「嬉しいな。でも、満たされない。二人はいい人だけど、おばあちゃんの代わりはいない」

「……なら、しかたないですね」

 ツキコさんが小さく息を吐く。

 隣のモモさんは何か言いたそうにするけど黙ってくれていた。

「モモさん。ボクのこと殺します?」

「殺さないよ。結局、千代ちゃんは悪いことしてないもん。殺すのは見ててイラっとくる奴だけ」

「よかった。そのハンマー痛そうだから」

「できるだけ痛そうなもの選んでるからね。千代ちゃんの嘘に出てきた神様、悪そうだったし」

「それじゃ……ツキコは最後に食器ぐらい洗っていきます」

「ボクも手伝う。モモさんはスマブラしてていいよ」

「じゃあ、それで」

 モモさんは本当にスマブラを始めた。


   ◆ ◆ ◆


 モモさんとツキコさんは全部終わると帰って行った。

 帰り際、ツキコさんが「気が変わったら、また連絡くださいね」と言ってくれたのは嬉しかった。

 テーブルも、流し台もきれいに拭いた。

 それから、Nintendo Switchの電源も落とす。

 二人が帰ったドアを眺めて、ハンマーで割られた窓を見て、おばあちゃんの遺影を覗き込んで。

 ボクは存在をやめた。

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