第5話 スマブラとご飯(前編)
もういつもなら、おばあちゃんに早く寝なさいって怒られる時間だった。
でも、今日は誰もいないから、ボクはリビングでゴロゴロしながらタブレットでゲームして遊んでる。
ベランダの方からガシャンと音がしたから振り返ると、ハンマーを両手で持ったお姫様みたいな黒いドレスを着たの女の子と、ぺこぺこしてる巫女の女の子が入ってきた。
ここ、アパートの五階。
あと、女の子って言ったけど、どう見ても年上。
「……あれ? なんか聞いてた感じと違う?」
ボクを見て、それから部屋をきょろきょろ見回す。
手に持ってるハンマーは金槌とかそういうのじゃなくて、工事現場で使いそうな両手でやっと持てる大きなもの。
ベランダのガラス、あれで割ったのかな……。
「えっと……。千代ちゃんで合ってる?」
考えてると聞かれた。
「うん。ボクが千代。二人がツキコさんとモモさん?」
「そうそう。わあ、ほんとにボクっ娘」
「リアルでは初めまして。ツキコです」
巫女装束のツキコさんがペコリと頭を下げたので、ボクも慌てて頭を下げた。
「確かに……ドレスと巫女っぽい格好なんだね。入ってくる方法、思ってたのと違ったけど」
LINEで相談した時に聞いていたとおりの姿。
でも、まさか五階のベランダからハンマーで入ってくるとは。
「あはは。緊急事態だと思ってたから。こっちこそ、千代ちゃんがこんなかわいい女の子とは思ってなかった」
「今、何年生なんですか?」
「小学校の四年生って感じかな?」
「感じって」
苦笑しながら、でも、注意深く、モモさんは隣の部屋とかをのぞき込む。
「聞いてたのと違うよね。ツキコが言うには、千代ちゃんにはずっと自分を狙ってる何かがいて。おばあちゃんが行方不明になって、自分は今にも殺されそうって」
「だから、モモちゃんも窓破ったんですし」
「誤解されるとやだから言っておくけど、わたし普段はもうちょっと穏便だよ。いつもは窓破らないもん」
「ゴメンなさい!」
思いっきり頭を下げる。
「嘘ついてた」
「どこから?」
「ほとんど……かな。別に狙われてないし」
「ツキコとのやりとり、すごく切羽詰まった文面だったのに」
ツキコさんがスマホを確かめる。
「嘘、上手だった?」
「嘘を自慢されてもねー。せっかく急いできたのに。ベランダの修理とか、わたしはやらないよ」
モモさんがドスンとハンマーを下ろす。
「そこまでは考えてなかったなー。というか、普通窓から来るって思わないよ」
ベランダのガラスはかなり派手に砕け散ってた。とりあえず、ベランダ側の戸は閉めておく。
「それで……ツキコとモモちゃんを呼んだのは、ただの悪戯ですか?」
「それとも、何かやってほしいことがあって、こういうことした?」
「それは――」
◆ ◆ ◆
「なんでこんなボコボコにされてるの? ちょっとわたし、わかんないんだけど。何? チートじゃない? なんかそういうの」
「モモちゃんかっこ悪いですよ。モモちゃんが下手……慣れてないだけで」
「モモさんの動き単純過ぎるんだよ」
「うっさいな!」
三人でスマブラSPを初めて二時間。
モモさんはだいたい一番に吹っ飛ばされて脱落してた。
「千代ちゃん。ずっとルイージ使ってるんですね」
「ひとつにこだわるほうみたい。ツキコさんは色々なキャラ使うんだ」
「ゲームだから色々やりたいんです」
「モモさんは、その……。なんで使うの難しそうなクセ強いキャラばっかり選ぶの? 人と違うのがそんなにいいの?」
「ゲームができない人ほど、練習が必要なキャラ選んで投げ出しちゃうんですよね」
「うるさいなー。もう、わたしやめる!」
プイと顔を背けて、モモさんはジョイコンを投げ出した。
「スマブラとかリアルに顔合わせて遊ぶ必要とかないでしょ。ネット繋がってるなら、ネット対戦してればよかったじゃない。わざわざツキコに嘘ついて、わたしたち呼んで」
「LINEで話してみたら、これ、本当に来そうかなーって思って」
「ツキコ、うかつ過ぎ!」
「ひどいです。ツキコ、けっこう慎重に調べてるんですよ。ツイッターのハッシュタグ付きの発言見かけたら、その人のアカウントかなりさかのぼって読みますし。DM送ってからも、LINEで少し話して本当にこと言ってるか判別するんですから」
「知ってるけど……」
「千代ちゃんのはやけに真に迫ってたんです」
「上手だったでしょ」
「それがスマブラをやる相手を探してただけとか、能力のムダ使い過ぎる」
モモさんはむくれて、あぐらをかいてる。
銀色の髪と大人っぽい顔立ちが、やけに子どもみたいに見えてしまう。
それを見て、ツキコさんが頬を緩めてた。
「まあまあ、モモちゃん。あとはツキコがやりますよ。本気なんで、サムスを使います」
CPUを外して次の対戦に。
「ツキコ、やられてるよ。かなり一方的に」
「モモちゃんちょっと黙っててください。うるさいです」
ツキコさんのサムスが吹っ飛んだ。
「ツキコやられたね。一方的に」
「モモちゃんならボコボコにできるのに……。あんなに簡単なのに」
「ツキコ、わたしのことカモみたいに思ってたの? ちょっと一対一やっていい?」
「どうぞどうぞ」
「えっ、モモちゃん、ボコボコにされてくれるんですか?」
ツキコさんのヨッシーがモモさんのしずえをボコボコにした。
モモさんが壁に向かって三角座りしたので、ツキコさんは苦笑い。
「えーっと。これで望みはかないました? ツキコたちを呼んだ」
「うーん……」
「一緒に遊びたかったとか。そういうことですよね」
モモさんがこっそりこっちを見てる。
ボクが気づいたら、目を逸らした。そんな気まずくならなくてもいいのに……。
確かに、お願いしたことは終わっちゃった。
嘘までついて呼んで、誰かとしたかったこと。スマブラ。
でもまだ……。
クーって聞こえたのは、お腹の音。
ボクとツキコさんは顔を見合わせる。
「……わたしだけど」
壁を見つめたまま、モモさんが立ち上がった。
「だって、千代ちゃんが危なそうだから、急がないとって。ツキコが言うし。だから、わたし大急ぎで来たし」
「モモちゃん……」
眉を下げて、でも、なんだか嬉しそうな顔でツキコさんがこっちを見る。
「ご飯とか一緒に食べます?」
ボクは頷いてた。
◆ ◆ ◆
「冷蔵庫の中身ほとんどないとは思わなかったよ」
カゴを積んだカートを押しながら、モモさんが言う。
「人の家の冷蔵庫の中身あてにするのダメですよ」
ツキコさんはお肉の値段を比べてる。
ボクたちは近所のスーパーまで来てた。
フリフリの真っ黒なドレス姿でカートを押してる女の子と、巫女さん姿の女の子が揃ってるのはすごく目立つ。
二人はまったく気にしてないけど。
少なくともハンマーを家に置いてきてくれてよかった。
「あれ? 千代ちゃん。もしかして、ツキコたちが目立って恥ずかしいですか」
「目立ってるって自覚あるんだ……」
「こんな服装で目立ってないと思ってるとかバカじゃないですか」
「見られる覚悟を持って着てる。そういうことね」
モモさんがポテトチップスをカゴに入れる。
「モモちゃん勝手にお菓子入れないでください」
モモさんは速やかにポテトチップスを棚に戻した。
「千代ちゃんは食べたいものありますか?」
「わたしに訊いてくれないの?」
「モモさんにはいつも訊いてますから」
「……何かある? スマブラの強い千代ちゃん」
「そこでトゲがあるのかっこ悪いね」
じろって睨まれても……。
「それじゃ……」
ボクはお言葉に甘えることにした。
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