第4話 バス(後編)

 いつの間にか、神社の前にたどり着いてた。

 シャボン玉の中に見た大きな神社と違って、古くて寂れた感じの神社。

 鳥居は石造りだけど小さくて、入らなくても敷地とか全部見渡せる。

 そんな鳥居の上に変な人がいた。

 変な人というか、天狗みたいな格好をしてる。山伏って言ったほうがいいの? テレビで前に見たそういう人の姿っぽい。

 夢の中では会ったこと……なかったっけ?

 とにかくそういうのがいる。

 顔も天狗みたいだけど、鼻は長くない。目だけが大きくてぎょろっとしてる。

 それがあたしの前に飛び降りてきた。

「あ……」

 なんかわかった。

 今から死ぬ。

 そうだよって感じで、天狗は頷いた。

 それを受け入れていた。

 逃げられないってわかった。

 それを頭というか、もっと深いところで感じる。

 そして、天狗は突然突っ込んできたバスにはねられた。

「え、えーっ!?」

 へたりこむ。

 走ってきたのは多分ショッピングモール行く時に乗ってたバス。

 天狗をはねた後に降りてきたのは、黒いドレスを着た女の子。

 電車の中で見たあの銀色の髪の子。

「なに、これ? なにやってんの?」

「モモちゃん。5」

 続けて降りてきた巫女の女の子が言った。

「わかってる。そのまま数えててね。ツキコ」

 モモちゃんって呼ばれたゴスロリの子の言葉に、ツキコっていう巫女の子が元気よく頷く。

「それにしても、ハッシュタグとか全然関係なく、こっちで会うなんてね」

 モモちゃんがこっちに言ってる。

 何のことかさっぱりわかんない。

「何故、邪魔をした」

 神社の境内まで吹っ飛ばされてた天狗が起き上がる。

 あいつ、普通に喋れたんだ。

 あと、バスにはねられたけど普通に立ってる。

 ……あ、よろけた。

「それは私の収穫物だ」

 よろけながら、こっちを指差す。

「え? あたし?」

「なーにが収穫よ。そういうとこだよ。わたしが嫌いなの」

 モモちゃんが唇の端を上げて顔を歪めた。

「私の世界で育てたものだ」

 天狗がこっちを見る。

 ……違う。天狗はあたしよりも後ろを見てる。

 振り返るとシャボン玉が浮かんでた。

 さっきママとかが見えていたやつ。

 スタバも、あたしの学校も、確かに見える。色々な風景が浮かんでは消えていくけど、全部全部見たことある。

 来たことがないのに、来たことがあるみたいに感じるこの夢と違って、絶対行ったことがあって、馴染んでる世界がシャボン玉の中に浮かんでる。

「わたしには……誰の世界とか関係ないの」

「4」

 ツキコが手を叩く。

 モモちゃんがバスのほうに戻っていく。

「お前がムカつくか、そうでないかってことだけだよ」

 モモちゃんの行動は早かった。

 バスに乗るとそのまま発車する。

「よせっ!」

 天狗が叫んでも止まらない。まだ足下がぐらついてる天狗を轢いた。

 バックしてもう一回轢いた。

 あたしの近くでその様子を眺めてたツキコが、「うーん」とうなる。

「OKです! 死にました!」

 親指を立てた。

 バスが停車して、モモちゃんが降りてくる。

「よかったー。やっぱり不意打ちが楽だよね」

 ふーと息をついてる。

「あ、あのさ……」

 話しかけてみる。

 バスの下にいるだろう天狗は気になるけど。声も物音も聞こえない。

「なんなの、これ?」

「あー。えっと……」

「どう説明します?」

 二人揃って困った顔をしてる。

「や、あたしもさ。何から聞けばいいのかわかんないんだよね。二人のことか、天狗のことか……ていうか、あの天狗みたいな人大丈夫?」

 バスの下、姿は見えないし、声とか物音も聞こえない。

「それに、この世界のこととか、シャボン玉のこととか……。そもそも、これ夢のはずじゃん」

「だよね。夢のはず」

 モモちゃんはうんうんと頷く。

「なんかそのはずなのにさ……。夢っぽっくないってーか。さっき、あの天狗が……」

 あたしを殺そうとしてるのがわかった。

 理屈なんてなくて、わかってしまったし、逃げられないって思った。

 今はもうそういうふうに感じないけど、あの時は受け入れてた。あたし絶対そういうタイプじゃないのに。

 なんかもう夢って感じもしない。

「何か知ってんだよね。二人ともさ」

「まあ、そうなんだけど」

「え、えーと。この世界が本来の世界で、もうひとつが……」

「ツキコ。やめとこ」

 モモちゃんの言葉で、ツキコは口をつぐんでしまった。

 トンとブーツが地面を踏む音がした。

 モモちゃんがあたしのほうに一歩距離を詰めてた。

 大人っぽい顔がすぐそこにある。

 同い年ぐらいって感じだったけど、こうして見るとあたしより年上にも見える。

 困った顔をして、でも、悪戯っぽく目を細める。

「知らないままがいいよ」

 トンと胸を押された。

「あ、え……!?」

 強く突き飛ばされたわけじゃないのに、後ずさって、思わず振り向いた目の前にはあのシャボン玉が浮かんでた。

 スタバと高校とあたしの家と、友達とママとパパと。

 そして――。


   ◆ ◆ ◆


「夢乃。どーしたの? 眠そうな顔して」

「んあ?」

 高校の帰り、友達とスタバにいる。

 店のガラスにぼーっとした顔が映ってた。

「夢乃ー?」

「うっさいなー。考えてたんよ」

 何を?

 ついさっきまで、なんか別の場所にいた気がする。

 それは山道を走るバスで、古本屋のあるショッピングモールで、海沿いの線路を行く電車で、天狗がいる神社のある駅。

 それに、ゴスロリと巫女の二人。

「……夢?」

「夢乃だけに?」

「それ、ぜんぜんおもしろくねーし」

 なんか覚えがあるやりとり。

 まだ何か適当なこと言ってるけど、さっきまで見てたはずの光景を思い出す。

 だんだん靄がかかっていくみたいに、バスも電車も、何もかも薄れていく。

 ちょっと眠いし、居眠りしてたのかも。や、してた?

 あれは夢。

 目の前で喋ってる友達と、スタバと冷たいフラペチーノがその証拠。

 でも……消えないモヤモヤが胸の中にこびりついてる。

 シャボン玉が浮かんでる。

 その向こうに見えたみんなの姿。

 あの時、あたしがいたところが夢じゃなくて、ここがシャボン玉だったらどうしよう。

 気づけば胸に触れてた。

 モモちゃんって子がトンと押した場所。

 あの時あたしは……。

「ほんとどしたの? 夢乃」

「なんでもないって」

 答えながら、なんだか世界が色褪せてるみたいに感じてしまってた。

 なんでだっけ?


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