第4話 バス(前編)

「夢乃。どーしたの? 眠そうな顔して」

「んあ?」

 高校の帰り、友達とスタバにいる。

 店のガラスにぼーっと油断した顔が映ってた。

 うわ! かっこ悪! せっかくメイクとかしてんのに。

 ちゃんときれいにパーマ当てて、シュシュでまとめた髪とか直す。

 うん。カワイイ。

「夢乃ー?」

「うっさいなー。考えてたんよ。夢がなーって」

「夢乃だけに?」

「それ、ぜんぜんおもしろくねーし」

 いつもどおりの放課後。

 いつものメンバー。

 いつものスタバ。や、スタバは月半ばぐらいからはお金なくて行けないけど。

 でも今日はちょっとだけいつもと違うことがあって、ボーッとしてた。

「聞かせてよ。夢乃」

「どーせ、どーでもいいってなるっしょ?」

「夢の話って、悪夢ばっかり見るとか?」

「そういう感じでもないんだよねー」

 結局、話してしまう。

 まー。誰かに聞いてほしかったってのはあんだけど。

「なんかさ。よく見る夢があんの」

 昨日も一昨日も見た。思い出して見ると一週間ぐらい連続で見てる。

「いつも夢の中で同じ街に行くんだよね」

「どこ? 原宿? 池袋?」

「や。それが行ったことない街」

「いいお店でもあるの?」

「お店ってーか。なんかショッピングモールとかあんだよね。これもぜんぜん行ったことねーの。色々なお店入ってるけど」

「へー」

「そこに行くのもさ。なんか田舎っぽい道とか走るんだよね。乗ったこともないバス亭からバスに乗って。日によっては行ったことない駅から電車に乗ったりとかさ」

「夢乃さ。何度も見たら死ぬ夢の話とか知ってる?」

「ちょっ……!? そういう夢じゃねーし」

「何かに追っかけられたりとかしてない?」

「追っかけられてねーし! こわっ! そういう話、嫌なんだけど」

「あはは。冗談」

「あー。もういいよ。話すんじゃなかった」

「そんな怒んないでよ」

「じゃ、何か別の。おもしろい話して」

「夢の中で死ぬ話なんだけどさ」

「夢はいいって言ってんじゃん!」


   ◆ ◆ ◆


 で、あたしはまた知ってるけど、行ったことないバス亭にいた。

「また夢だわ。これ」

 バス亭があるのはどこかのお寺の前。

 立派なお寺で、周りを見るとけっこう山の中って感じ。

 あたしはボーッと立ってバスを待ってる。

 他に人はいない。

 空はどんよりと曇ってた。

 しばらくしてバスが走ってくる。

 バス自体は現実でも見たことあるようなないような。

 とは言っても、バスの見分けなんか、バスかネコバスかぐらいしかできないけど。

 停車したバスに乗ってみると、お客はまばら。

 夢の中だからか、いるんだかいないんだかってよくわからない感じ。

 こういう夢、なんて言うんだっけ? 明晰夢で合ってる? 前にテレビで見たのを憶えてる。

 窓の外はどう見ても山道。

 曲がりくねった道で見下ろせば川とか流れてる。

 ちょっと天気が悪いから、せっかくの風景もあんまり気持ちいい感じじゃないんだけど。

 ただ……いつもなんとなく感じる。

 夢以外では来たことない場所だけど、すごく懐かしい。

 こんな田舎、好きなんて思えないはずなのに、なんかほっとする。

 ママの田舎に行った時とかけっこうこんな感じだけど、それよりも懐かしさが強い。

「やっぱ、来たことあるかないかわかんないなー」

 バスはあんまり揺れずに走ってくれる。

 短い間だったのか、長いこと乗ってたのかわかんない。

 気づけばバスを降りてた。

「またここかー」

 で、山道を走ってきたはずなのに、そこは街中で、目の前にはショッピングモールがある。

 最近のショッピングモールらしいおしゃれな作り。

 東と西に大きな建物があって、その真ん中にフランスみたいな? 大通りがある。

 振り返れば大きな道路があって、車も行き交ってた。

 バスもあの道走ってきたのかな?

「やっぱ同じとこだよねー」

 入り口近くには外国の古いおもちゃなんかを扱ってる雑貨屋さんがある。

 他にはアパレル関係が並んでて、その先にはいつも入っちゃう本屋さん。

 普通の本屋さんじゃなくて、古本屋さんみたい。

 並んでいるのは子どもの頃ほしかった本とか、そういうの。

 昔、友達の家か、病院で見た絵本をパラパラと開く。

 ここが夢の中とかじゃなきゃ懐かしくて買いに来るのに。

「前世で来たことあるとかだったりして」

 前にそんな話テレビでやってるのを見た。

 うさんくさいけど、あったらおもしろいかも。

 絵本を閉じて、古本屋を出る。

 そのままショッピングモールを抜けると駅があった。

 JRの駅みたいだけど、中途半端に古い感じ。でも、それこそ都市伝説に出てくるほど変な駅じゃない。

 人も歩いてる。

 気づいたら電車に乗ってた。

 いつも途中の時間が飛ぶ。

 ショッピングモールに行くバスは山道を走って来たけど、そこからどこかに向かう電車は海沿いを走ってる。

 まあ、海ってだいたい山が近いからそんな感じか。

 曇り空の下の海は濁ってる。

 別に寒いわけじゃないのに、冬の海みたい。

 電車のお客もまばらだった。

 別に特徴も感じない人たち。

 そんな中、ふと隣の車両を見るとやけに濃い女の子が乗ってた。

 ゴシックロリータとかそういうドレスを着た子が、ぼんやり窓の外を眺めてる。しかも髪が銀色。色を全部落としてしまったみたいにきれい。

 あんなふうに染められるんだ……。

 あたしには似合うかな? 似合わなさそう。

 それはそれとして、ゴスロリの子の隣にはお正月の神社で見かける巫女装束の子。

 そっちはゴスロリの子に何か楽しそうに話しかけてる。

 時々、ゴスロリの子が相槌を打つ。

 ちょっと羨ましい光景だった。

 夢の中であたしはいつも一人だし。

 せっかくなんで、誰か友達と一緒にこの夢を楽しんでみたい。怖い夢の話ばっかりしようとしてたあいつとか、巻き込んだらどんな顔するかな。

「でも……こういうの初めてだなー」

 ああいう濃いファッションの子を見かけたことも、夢の中でこういう気持ちになったことも。

 いつもはなんか最初からルートが決まっていて、勝手にお話が進んでいって目が覚めてた感じ。

 電車が止まる。

 あ、目的地って、思いながら電車を降りてから、目的地ってどこだったっけ? って考える。

 電車は行ってしまって、あの二人の女の子もいなかった。

 駅を出るとどう見ても田舎で、畑とか田んぼがあって、そこにぽつぽつと家が建ってる。

 家も昭和の作りみたいで……や、昭和とかあんまりわかんないけど。なんか古っぽいやつ。

 その一角に神社があって、いつもどおりそこに向かって歩き出す。


   ◆ ◆ ◆


 アスファルトで舗装されてるけど、手入れは行き届いてなさそうなデコボコした道を歩いて行く。

 空はやっぱり曇ってて、暑くも寒くもない。

 いつもの夢。

「なんか違う気がすんだよねー」

 なんか継ぎ接ぎみたいな世界だった。

 最初は山だし、次はショッピングモールで海で田舎。

 いつもはそんな違和感はないはず。だって、夢なんだし。

「なんだろ。この感じ……」

 すごくざわざわする。

 ふわりと何か飛んできた。

 シャボン玉が浮かんでる。

「おっきいなぁ」

 思わず言ってしまうサイズ。

 あたしの顔ぐらいあるんじゃないかなって、ものがふわふわ漂ってる。

 それも十個とか、そのぐらいたくさん。

 ふと、シャボン玉の中に変なものが見えた。

 街がある。原宿? 似てるけど違うような気がする都会の街。

 シャボンの向こうにあるのは田んぼと畑。

 別のシャボン玉には神社が映ってる。

 あたしが目指してるところと違って、もっと大きな立派な神社で、お正月なのか人がたくさん来てる。

 他のシャボン玉には青い空と同じ色の海。

 それ以外のシャボン玉には……。

 ふわふわとシャボン玉たちが通り過ぎていく。

「あれ……今の?」

 なんか、その中にあたしの家が見えた気がする。 

 スタバも、友達も。

 いつの間にか、神社の前にたどり着いてた。

 シャボン玉の中に見た大きな神社と違って、古くて寂れた感じの神社。

 鳥居は石造りだけど小さくて、入らなくても敷地とか全部見渡せる。

 そんな鳥居の上に変な人がいた。

 変な人というか、天狗みたいな格好をしてる。山伏って言ったほうがいいの? テレビで前に見たそういう人の姿っぽい。

 夢の中では会ったこと……なかったっけ?

 とにかくそういうのがいる。

 顔も天狗みたいだけど、鼻は長くない。目だけが大きくてぎょろっとしてる。

 それがあたしの前に飛び降りてきた。

「あ……」

 なんかわかった。

 今から死ぬ。

 そうだよって感じで、天狗は頷いた。

 それを受け入れていた。

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