第2話 音姫(前編)
きららはめちゃくちゃカワイイ! 大丈夫! カワイイ!
鏡の中のきららに言い聞かせる。
今日着てきたのはきららが持ってる中で一番かわいらしいブラウス。
きららは中学生にしては童顔だと思うし、色々育ってないけど、ブラウスはちゃんとサイズも合ってる。お母さんもカワイイって言ってくれた。
真夏の日差しがきつ過ぎて、ここに来るまでに汗だくになっちゃった。でも、ちゃんと汗拭きシートも持ってきてたし、制汗スプレーもした。
もう肌もそんなに汗ばんでない……はず。
汗の臭いもしない。
むしろちょっとスプレーの匂いがきつい?
ブンブン首を振ると、鏡の中できららのツインテールが勢いよく振り回されてた。
フツー。ぜんぜんフツー。
言い聞かせて、ショッピングモールのトイレを出る。
それから待ち合わせ場所の入り口に戻る。
うっかり走って汗とかかかないように。
でも、遅れないように。
「あ! 先輩!」
手を振ると、浜崎先輩も大きく手を振り返してくれた。
「もしかして、きらら遅れちゃいました?」
「ううん。俺も今来たところ」
「よかったー」
なんだかこのやりとりだけで照れちゃう。
「それじゃ……いきましょうか」
「うん。行こう」
並んで歩き出す。
きららより一つ年上、三年の先輩は身長が高い。見上げてしまうほど。
男の子だしバスケ部だからすごく大人っぽい体つきもしてる。
こうして一緒にいるだけで幸せだし、気恥ずかしい。
今日は初めてのデートだった。
男の子とデートすること自体初めてだし、浜崎先輩と二人だけで出かけるのももちろん初めて。
だから、どうしたらいいのかわからない。
浜崎先輩はどうなんだろ……。
隣を見ると視線が合っちゃって、思わず不自然に逸らしてしまった。
浜崎先輩は何も言わない。横目でチラと見ると、日焼けしたほっぺたが赤い気がする。
それはきっときららも。
何か話さなきゃ……。
昨日たくさん話題とか考えたはずなのに、何も出てこない。
「あのっ! 先輩」
「なに?」
「えっと、その……。学校、最近どうですか?」
「夏休みだね」
「あ……」
そうだったー。
先輩が口元を押さえてる。笑ってる。
「去年ならずっと部活してたんだけど。今年はもう俺たち引退しちゃったから」
「ですよね! すみません!」
「ううん。思い出した。いつも応援に来てくれてたこと」
「そんな。先輩、すごく……」
かっこよかった……って言えなかった。
あの頃からきららは浜崎先輩が好きで、でも言えないままで。
この夏によ色々あって、友達にも応援してもらってようやく恋人になることができた。
「ゴメンね。きららちゃん」
「何がですか?」
「前から一緒に遊びに行きたいって言ってくれてたのに、遅くなっちゃって」
「そんな。先輩、受験で忙しいのわかってます」
だから、夏休みにあんまり遊ぶことができなくてもしかたない。
こうして時間を作ってくれただけですごく嬉しい。
でも……先輩はあと半年で卒業してしまう。
「きららもがんばります」
「きららちゃんが?」
「きららも勉強がんばって。先輩と同じ高校に入ります」
先輩は学校でも成績がとってもいい。
きららはかなりアレ。だから、このままじゃ同じ高校になんていけない。
でも、高校生になっても一緒にいたいからがんばる。絶対がんばる!
「俺、まだ合格できるかもわからないよ」
「先輩なら大丈夫です!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、俺もがんばることができるよ」
喋っているうちに、目的の場所にたどりついた。
ショッピングモール内のシネコン。
今日は夏休みらしい映画を見る予定。
あんまりよく知らないけど、大きくて強いスキンヘッドと、スリムで強いスキンヘッドが改造人間と戦うような話らしい。
「じゃあ、チケット並びますね」
「あ。予約しておいたから、俺が買ってくる。待ってて」
先輩がチケットを発券して戻ってくる。
「今日は俺がもつね」
「ダ、ダメですよ! 別に男の人だからそういうことしなきゃいけないとか。そういうのじゃないですよ」
先輩は首を横に振った。
「初めてのデートだし。お願い」
そう言われてしまったら受け取るしかない。
「……ありがとう、ございます」
すごく嬉しかった。
映画のチケットって中学生にとってはすごく高いもの。
だから、先輩がきららのためにがんばってくれたことが嬉しくて。
映画とか見る前から泣いてしまいそうに嬉しかった。
◆ ◆ ◆
映画の内容は正直ぜんぜん頭に入ってこなかった。
なんかスキンヘッドが半裸だった。
隣にいる先輩をチラチラ見ちゃって。でも、暗がりの中で目が合って。
やっぱりスキンヘッドが半裸だった。
思わず二人で笑ってしまったところで、映画で大爆発が起きてビクッとなって。それで声を出してしまいそうになっちゃった。
そんなことを、映画館のトイレ、鏡の前で思い出す。
「楽しかった……」
先輩と一緒にいられたこの時間が幸せだった。
鏡の向こうにいるきららはとても幸せそうな顔をしてる。
「おまじないって効くんだね」
そんなきららの姿を見て、一ヶ月前の夜を思い出す。
それはすごくよくあるおまじないらしい。
どこで見たかも思い出せないけど、確かネットで見たもの。
満月の夜、夜中の三時に合わせ鏡に自分を映す。
月の夜の合わせ鏡。
それは月が持つ強い魔力を鏡と鏡で増幅させるって儀式らしい。
薄暗がりの鏡の中、何人も何人も並んでいるきららに、きららはお願いした。
先輩と仲良くなれますように。おつきあいできますように。
そして、色々あってがんばったけど、ちょっとしたことがきっかけで、きららは先輩と恋人になった。
おまじないなんて嘘だと思ってたけど、ちゃんと効果があるんだってビックリした。
もちろん全部偶然かもしれない。
「ちょっとだけ怖かったけどね」
月の夜の合わせ鏡。
鏡の中のきららが喋った気がした。
『願いごとかなえてあげるね』
きっと気のせい。
頷いた覚えはある。
『お礼にきららの命をちょうだい』
あるわけない。
眠かったからそういうふうに見えちゃったりしただけ。
「お礼にきららの命をちょうだい」
声がした。
鏡の中のきららの、きららと同じ声。
きららと同じ姿の女の子が、きららと同じ幸せそうな顔をして、鏡の向こうから出てくる。
顔が首が胸が出てくる。
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