第1話 ポールアックス(前編)

「ストーカーっていうかさ。最近なんか視線を感じるんだよね」

 高校のお昼休み。

 悩みがあるなら聞くよって言われて、満を持して喋ったらみんな目を丸くした。

 三秒ぐらい沈黙した後、揃ってケラケラ笑い出す。

 女の子は集まると笑いのツボが緩くなりがち。

「聞いてくれるって言ったから話したのにー」

「ゴメンゴメン」

「でもさ。透夏とうか。前科あるからねー」

「あたしに前科?」

「男子に見られれてる気がするって一日中言ってた時あったじゃん。あれ、スカートのファスナー全開だったからだよね」

「……っ!?」

 思わず確かめる。

 ……よかった。今日はスカートちゃんとしてる。

 セーラー服の他の部分も隙なし。

 コンパクト開いて顔も確かめたけど、お化粧失敗してるわけでもない。

 中途半端に伸びちゃった髪を後ろでまとめただけの、普通の顔がそこにある。

「それより、透夏。次、移動教室だよ」

「えっ! ちょっと待ってよ」

 色々確かめてる間に、みんな教室を出ようとしてる。

「薄情! すごく薄情!」

 でも、あたしも行かないと。

 授業の準備を持って、教室を出る。

 みんな待っていてくれた。

「もー」

「怒らない怒らない。悪かったって」

 ポンと肩を叩いてくれる。

 こっちはフーンと機嫌悪そうに返す。

「悪かったよー。じゃあ、お詫びに」

 なんかスマホ弄ってる。

「これこれ」

 LINEに何か送られてきた。

 どこかのアドレス。都市伝説の紹介サイト?

「巫女とゴスロリ? 何これ」

 かいつまむと、特定のアプローチをするとやってきて、悩みを解決してくれる二人組のこと。

「だからさ。透夏の悩みが霊的なことなら、これ試してみれば?」

「……こわっ! なんで、霊的な話とか言うの!? あたしが気にしてるの、視線なんだけど! 原因、そっち方向にしないでよ」

「あははは。だよねー。ほんとに困ったら警察に言いなよ」

「うちらも一緒に行ったげる」

「ほんとにー?」

 ……不満はあるけど。

 みんながちゃんといいとこあるのはわかってる。

「ありがと」

 話題はいつの間にか全然関係ないことに移ってた。

 来週の映画の話とか今はどうでもいいんだけど。

 ともかく……確かに警察に行くべきだよね。

 視線の主さえわかったら、すぐ行こう。せめて見つけてないと相手してもらえないだろうし。

 そんなことを考えて、移動しながらさっきもらった『巫女とゴスロリ』の紹介記事に目をやる。歩きスマホで。

「なんかめんどう」

 試しに、記事どおりのハッシュタグ#mikogosusirokuroでツイッター検索してみる。

「……うっわ。イタズラばっかり。そうなるよね」

 検索結果のほとんどは『巫女とゴスロリ』をからかう言葉。時々、通報されそうなこと言ってる人もいる。ちゃんと相談事書いてる人もいるけど、匿名だから本当かどうかもわからない。

 そもそも、オカルト的なそういう話信じてないし。

 怖がって損しただけだった。

 あたしもみんなの話に加わる。

 いつものメンバーといつもの会話。

 ふと、視線を感じた気がしたけど……それはやっぱり気のせいだった。


   ◆ ◆ ◆


「ただいまー」

 夕方。家に帰ると二階の自分の部屋に行く。

 鞄を置いて、上着だけ脱いでベッドに横になる。

 スマホを弄りながらゴロゴロする。

 なんだか疲れちゃった。

 視線というか、ストーカーみたいなのを感じてたこと。

 みんなに相談してみたけど、結局思ってたとおりの反応だった。

 あたしはグループ内だと中の下。ちょっと弄られたるする程度の位置だし、あたし自身もそんなものだって思ってる。

 だから、その程度のあたしをストーキングするような人なんてほんとはいない気がする。ストーカーのこと。あたしも信じてないかもしれない。

 ……そもそも男の子と接点自体ないから。

 だからグループの中でも言いたくなかったし、これまで言わなかった。

 それなのに、相談に乗るとか言うから……。

「でも、心配してくれてるのは確かなんだよね」

 それもわかってるのでもやもやする。

 グーとお腹が鳴った。

「夕飯まだかな」

 いつもなら、母さんがそろそろ声をかけてくる頃。

 父さんはどうせ帰ってくるの遅いし。

 夕飯のいい匂いはしてる。これは多分、豚の生姜焼きとかそのあたり。

 とりあえず、小腹は空いちゃったし夕ご飯までにお菓子でもつまもう。

 起き上がって、お腹をつまむ。

 ……大丈夫。まだやれる。それに、カロリーとか糖分控え目のグミとかそういうのもあったはず。

 寝転んでいて髪の毛がぐちゃぐちゃだったから、軽く整えてからキッチンに向かう。

 この時間にお菓子食べたら、また母さんに「太るぞー。太るぞー」って言われそう。

 母さん、歳のわりにぜんぜん衰えないからずるい。お腹周りとか。

 母さんの攻撃を警戒してたけど、肩透かしだった。

「あれ?」

 キッチンに母さんはいない。

 トイレかな? と思いつつ、冷蔵庫からグミを取り出して食べる。

 ジューシー。

 もう一粒だけ……。

 もぐもぐ食べてると、作りかけの夕飯が目に入った。

 やっぱり生姜焼き。うちのものはタマネギを一緒に炒めるタイプ。

 だから、豚肉の匂いと一緒に炒めたタマネギの甘い匂いが漂っている。

「……え?」

 それはフライパンの上にあった。

 タレがからんできつね色になったタマネギと、ほどよく焼けた生姜焼きのお肉。

 でも、冷めてしまってる。

 テーブルの上にはキャベツの千切りやポテトサラダ、トマトが乗ったお皿がある。

 それだけじゃなくて、コンロには冷めたお味噌汁もあった。

 作りかけなのに放置されてて、でも、火はちゃんと消えてる。

 母さんはいつもできたてを食べさせようととあたしを呼ぶ。

 すぐ行かないと怒られる。

 火がちゃんと止まってるのもかえって気持ち悪い。

 あたしが帰った時、母さんは声をかけてきたかな? 記憶が曖昧。

「母さん」

 返事がない。

 トイレの電気はついてない。

 そういえば、テレビも点いてなくて、しんと静まりかえっている。

 いつもの家が途端に薄暗く思えてくる。

 ガタッとどこかで音がした。

 思わず声を上げそうになる。

 どこから聞こえた音かわからない。

 でも、あれを感じた。

 この二週間ぐらい、ずっと感じていた視線。

 みんながありえないって言ってて、あたしもそうだって思い始めてた誰かの視線。

 部屋の中にも誰もいない。窓の外には何もいない。

 それなのに――。

 気のせいだと思っても、でも……。

 ガタッと、また音がした。

 駆けだしていた。

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