第111話


結の誕生日はお泊まりはできなかったが前回同様に充実した時間だった。

ケーキを食べて結といちゃいちゃしながらミュージカルを見たりピアノを弾いたりするのはとても楽しかった。


結はピアノを前言った通り少し教えてくれて、私は本当に少しだけフレーズを弾けるようになった。結の好きなシング・シング・シングのフレーズを弾けるだけで嬉しいので次回まで絶対忘れないようにしたい。


結はまたコンクールがあるみたいだからあんまり一緒には弾けないかもしれないが次も楽しみにしておく。



結の誕生日が終わって正月が終わると学校が始まる。うちの学校は三年の二月から自由登校になる。各個人の学業に専念できるような計らいらしいがありがたい。私は一月が早く終わらないかうずうずしていた。

一月が終われば二月は二週間ちょいくらい免許の合宿だ。合宿が終わって三月の卒業式がきたら結や琴美は海外に行ってしまうので、早く終わらせてできる限り一緒に過ごしたい。


私は授業を受けながら合宿から帰ったら皆となにしようかなとワクワクしながら考えていた。

いつもの三人でカラオケに行ってみるのもありだが結は歌うのだろうか。あんなつっけんどんなのにガチガチの恋愛ソングを歌ったら私は笑ってしまうかもしれない。


もう既に頭の中がハッピーな私はバイトでもハッピーな気分だった。

疲れて大変でも楽しみがあるからいつもより疲れた感じはないし頑張れてしまう。

私はその日もバイト終わりに休憩室でご飯を食べていた。医学部に入ってもバイトはしたいがバイトができるほど余裕があるのだろうか?バイトもどうしようかなと考えていると渡辺さんがやってきた。


「あれ、泉ちゃん?ご飯被るの久々じゃん」


渡辺さんもバイト終わりのようでご飯を持っていた。


「あぁ、お疲れさまです。本当ですね」


「泉ちゃん医学部受かったんでしょ。おめでとう」


「ありがとうございます」


渡辺さんは隣に座ってご飯を食べだした。もう遠藤さんは皆に言ったようだ。


「もう受験終わったら学校暇でしょ?」


「暇ですね。もうすぐ自由登校になるから行かなくて平気ですし」


「あぁ、そうだね高校生って。自由登校になったら遊び回るの?」


「いや、車の免許を合宿で取りに行きます」


「うわー、そうだね。その年じゃもう取れるんだっけ」


渡辺さんは苦い思い出のように話しだした。


「行けば分かるけどクランクっていうのあるんだけど、それが最初できなくて脱輪しまくってめっちゃキレられたよ私。縦列駐車もできなくて仮免も卒業検定もギリ合格だったし。てか、卒検二回落ちたからね。本当お金かかったよ~」


「そんな難しいんですか?」


どんなものか想像ができない私は不安になった。渡辺さんできていない感じしないのに。というかまず用語が分からない。


「んー、あれは人によるんじゃない?ていうか最初は皆下手だから平気。慣れればできるようになるから」


「そうなんですか。ちょっと怖いけど頑張ります」


「うんうん。できなさ過ぎるとブレーキ踏まれてめっちゃキレられたりするけどクレームよりはましだから。泉ちゃんは平気だよきっと」


笑顔の渡辺さんはさっきから不安になりそうな事を何度も言ってくる。大丈夫かな私。私はそれから詳しく渡辺さんに車の免許について聞いてみた。


そんなこんなで若干不安を感じていた私は梨奈と車の免許を取るために合宿に来ていた。

ホテルはとても綺麗だけど梨奈が言った通り田舎だ。周辺には田んぼと畑ばかり。免許を取るだけだからそこまで苦じゃないが頑張ろうと思う。


不安に感じていた合宿は思ったよりも淡々と事が運んで順調だった。

脱輪は確かに最初はしたけど慣れれば脱輪する事はなく仮免もすんなり取れたのに、いざ路上に出る日は信じられないくらい霧がかかっていて運転するのが怖かった。

先生は車が少ないから大丈夫と言ってくれたが全然前が見えなくて嫌なドキドキを感じて疲れた。


あんなに霧が出る日は中止にしてよと思いながらホテルに帰って部屋で休んでいたら教習から帰ってきた梨奈はすごい笑顔だった。


「泉今日の初路上楽しかったな!」


「霧やばかったじゃん。全然前見えなくて怖かったよ」


「そうだけどやっと教習所から出れて良かったじゃん。あ!そういや今日鹿見たんだよ!田舎なだけあるよな」


梨奈は合宿に来てからいつもこういう感じで楽しそうだ。今日は霧がすごかったのに鹿を見つける梨奈の視力はある意味すごい。


「鹿なんか私見た事ないよ。さすがだね」


「だよなー。でもわき見してたからめっちゃキレられた」


衝撃的な発言にど肝を抜かれた。


「危な!事故るよそんな事してたら」


「それな。ちょっとグラッときてビビったわ。あたしも気を付けるけど泉も気を付けろよ」


わき見はしないようにって言われてたのに梨奈らしいと言うかなんというか。梨奈はそのあとも楽しそうに運転の話をしてくれた。

仮免許を取ってからそれなりに教習をして卒業検定はすぐだった。私と梨奈は特に苦手に思う事はなかったからあっさり合格したが霧が本当に怖かった。

田舎だからよく出ると言っていたが田舎の人ってすごいと思う。



無事に家に帰った私は免許を発行するための手続きをして免許を取った。免許の写真が最悪だったけどこれでもうやるべき事は終わった。あとは卒業式まで皆と過ごして終わるのだが結とももうすぐお別れだ。

結と会えなくなるのは寂しいのでいれる今はできるだけ一緒にいたい。


私は合宿から帰ってきてから結がピアノを練習するそばに時間があればいる事にした。そして琴美とも時間があれば遊んで二人といれる時間を増やした。



結のコンクールが終わって、卒業式が終わった私達は最後の時間を一緒に過ごしていた。





卒業式後、私は結の部屋にいつものソファに二人で座っていた。

結とはもうすぐお別れだ。お別れなのに私はなんの話題を出せばいいのか分からなくて黙ってしまった。さっきまで話していたのに、いきなり黙った私に結は控え目に尋ねてきた。


「泉?」


「ん?」


「……私と付き合って良かった?」


「え?そんなの良かったに決まってるよ」


なぜ今さらそんな事を聞くんだろう。結は私から目を逸らして小さく笑った。




「そう……。前に琴美にも告白されてたでしょ?私、琴美とキスしてたのも知ってるから……琴美じゃなくて良かったのかなって……今さら不安になっちゃった…」


「えっ……?」


結には言ってなかったのに知っていたのか。私は琴美に迫られていた事を思い出した。琴美は自ら私の気持ちを理解して身を引いてから普段と変わらずに仲良くしていたが結は気にしていたのか。結は私の手を握ると私を見つめた。



「琴美が全部話してくれてたから私は知ってたよ最初から。琴美とキスして、デートして……恋人のふりをしてたのも」


「そうだったの……。その気はなかったんだけどごめんね」


正確に付き合ってはいなかったが結と私は付き合う前提に話を進めていた。それを思い出すと私は琴美を大切にしたいあまり結の気持ちを裏切っていたのに変わりない。結は穏やかに否定した。


「ううん。別にそれはいいから。琴美には嫌な事ばっかりしてたし……琴美なら私は……嫌だけどしょうがないのかなって思えるし」


「なんで?……琴美に後ろめたいの?」


結と琴美の間には相容れない期間があった。二人は今だから仲良さそうにしているが出会った時は不仲だった。でもこの言い方をするのは結が自分に非を感じているようで気になった。私は知らないんだ。

二人といても二人の本当の事は。



「当たり前でしょ。仲が悪くなったのだって私のせいなんだから」


「なんで?」


結に劣等感を感じていたのは琴美の話を聞いて理解したが結が直接なにかをしたとは考えずらい。結は私の肩に凭れてきた。


「琴美には昔から気を使わせてたの。パーティーもピアノも学校にいる時も、琴美は周りに合わせて笑ってたから。私はいつも一緒にいたからそれが分かってたの。皆が誉めるのに合わせて誉めてくる琴美は辛そうだったからいつも琴美には何でも譲ってあげてた。琴美が私にキレて仲が悪くなっても琴美には私から何かする気は全くなくて、琴美に嫌な事してたから自業自得だなって思って受け入れてた。それでも泉のおかげで仲良くなれて今まで通りになったと思ったけど……違った……」


結は手をぎゅっと握ってきた。結は琴美が感じていた気持ちを感じ取っていた事に苦しく感じた。誰も悪くないのに責任感の強い結は気にせずにいられなかったんだろう。結はさらに続けた。


「琴美に言われたのに私は態度に隠せなかったし気持ちも違ってた。いつも自分の好きなものでも平気で譲ってたのに……あんたは、泉は平気じゃなかった。琴美があんたとしてる事教えてくれて好きだって話してくれた時、いつもならじゃあ琴美にあげるって言えたのに……動揺して苦しくて悲しくなって、うまく言葉が出なかった。私はただ琴美にそれがバレたくなくて、目を逸らして……あっそうって言うのが精一杯だった。……そしたら琴美は気を使ったみたいに笑って、でも遊びはもう飽きたから私に泉をあげるって言い出して……。仲良くなれたのに、また嫌な思いさせて……。それがずっと気になってて……」


複雑な胸中は思い当たる事があるから苦しかった。結は私を譲らなかったって、結の態度だけでそう察した琴美は元から引くつもりだったんだ。琴美の優しさには切なくなった。琴美は私にもそうやって笑っていた。でも、今はそんな風に笑わない。いつも楽しそうに私達と一緒にいてくれるんだ。それは琴美を苦しめているとは思えない。


「……琴美は私にも気を使うみたいに笑ってたけど、私はそれからそうやって笑う琴美見た事ないよ。結は見た事ある?」


「……ないけど、またどっかで気を使わせてるのかなとは思ってる…」


暗い表情の結の手を私は強く握った。琴美はきっと私達にそんな風に思ってほしいとは思っていない。あの性格なんだ、きっと私達が楽しくいてくれるのを望むはずだ。


「琴美は今嬉しいと思うよ。恋愛とかになると必ずそういう事は起きちゃうけどそれは別だよ。二人の時も三人の時も嬉しそうだし。ていうかさ、琴美は結の事大好きだからもうそこまで気にしてないと思うよ?」


私は今までの琴美の事を考えながら琴美が結に話してなかった話を教えてあげた。


「私に話してくれたんだけど琴美は結のピアノの事気にしてたよ。いつもお母さんに怒られて可哀想って、コンクールになるとピリピリする結を見てられないって言ってた。だからいきなり結の家に行ったりしてるんだよ。あれは琴美なりに結の様子を見て気にしてあげてるんだよ。それに結の話する時は嬉しそうだし、結の好きなもの私より知ってるし、琴美はもう結に対して何か嫌に思ったりしてないよ」


仲が悪かった時は嫌だったって話していた琴美の態度は今じゃまるっきり違う。琴美はもう振り切れている。結はにっこり笑った。


「……ありがとう泉」


「本当の事言っただけだよ。今は結と私と琴美の三人で仲良しだから喧嘩したとしても平気だよ。私は仲直りさせる自信あるから」


この先も三人じゃないと嫌だ。結と私は付き合っているけど琴美は欠かせない存在だ。笑う私に結はおもむろにキスをしてきた。だがそれと同時に結の部屋のドアがいきなり開いた。



「あぁー!!チューしてる結!!」


ノックもせずに中に入ってきたのは琴美だった。見られてしまった私はそんな恥ずかしいとは思わなかったが結は一気に顔を赤くして恥ずかしそうに立ち上がるといきなり怒りだした。


「琴美!なんでいつもノックしないの?!」


「えー、だってノックしたらサプライズにならないもん。それより結も嬉しそうにチューとかするんだね!!いいもの見ちゃった琴美!」


琴美は嬉しそうに笑っているが結は全く違う。突然来たにしてはある意味タイミングが良すぎる琴美に結は怒鳴っていた。


「本当ありえないから!!信じられない!あんた本当にいい加減にしないと窓から投げ飛ばすよ?」


「窓から投げられたら琴美骨折れちゃうよ。なんでそんなに怒ってるの結?もうすぐ日本出ちゃうから会いたかっただけなのに琴美」


「だから連絡しろって前から言ってんだろ!あぁ!もう本当にバカ!もう最悪!よりによってあんたに見られるなんて…」


「結そんな怒んなくても…」



キレまくっている結に対して琴美は不思議そうにしていた。温度差がありすぎる二人はまた揉めそうなのでとりあえず間に入ろうと思う。二人の時間もあったし、最後くらい三人で仲良くしたいものだ。


私はその後、結を刺激する事を言う琴美を止めながら怒っている結をどうにかなだめてから三人で楽しく過ごした。




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