第110話


梨奈の進路がもう決まっているという事は結や琴美も決まっているのだろうか。二人とは詳しく話していない。

ふと気になった私は結に電話で尋ねてみたらそれは合っていた。


「私はドイツの音大に去年願書を出して春くらいには合格してたよ。琴美はアメリカの音大に行くから夏休みに試験受けてたし。もう受かったんじゃない?」


「え、早くない?そんな早いの?」


去年そんな事してる様子なかったのにいつの間に?だが海外には行っていた気がする。それにしても海外の学校の試験は日本とはかなり違いがあるようだ。


「学校にもよるけど試験なんか国によってばらばらだからね。しかも始まりは九月からだから私は短期的に違う学校にも入るつもりだけど」


「九月から?!……そうなんだ……。ありがとう教えてくれて」


九月からなのに空いている期間に違う学校にも行くのか…、普通なのか普通じゃないのか分からないが結が凄いのは理解できた。

結ははるかに世界は違うとにかく。


「いきなりどうしたのそんな事聞いて」


「いや、梨奈がもう受験終わってたからビックリして聞いてみたんだよ」


結はそれに動じてもいなくて、普通に返答した。


「梨奈は当たり前でしょ。だってあの子の親は××病院の院長だし。T大も経営してるんだからT大の医学部に行くでしょ普通」


「え?結って何でも知ってるね」


私はなんて無知なのだろう。昔から一人遅れているが皆が違いすぎてついていけない。結はため息をついた。


「梨奈も定期的にパーティーとかには来るからね。うちの学校は親繋がりで顔見知りが多いし。ていうかそんなの気にしてないで自分の受験に専念したら?もうすぐでしょ」


「うん。そうだね。指定校だけどちゃんと合格点取って頑張るよ」


「うん。頑張って」


結の言う通りだ。皆が終わってるからって焦ってないでまずは自分の受験をしっかりやろう。

私が勉強に益々打ち込んで中間テストを乗り越えると受験のために休む人が増えた。


私もそろそろ受験の日が迫ってきている。

私は緊張していた。結が医学部の過去問を教えてくれたし自分でも頑張った。前は分かんない問題が多かったけど今は難なくできる。それでも私は本番に弱いみたいで言い様のない不安が募る。


私は自分に大丈夫と日々言い聞かせながら受験当日を迎えた。受験票をもってS大に向かう。

朝に結や琴美から頑張ってと連絡が来たし親にも言われた。だから絶対合格する。

指定校だからなんか酷い事がない限り大丈夫だけど抜かりはないように。


私は試験を緊張しながら受けた。

今まで頑張ったおかげで全て分かったし面接も上手くいった。あとは一週間後の発表だけどこの一週間は気が気じゃなかった。

結と琴美には大丈夫と散々言われたが結果を見るまでそわそわしすぎて何も集中できない。

一日一日過ぎるのが本当に遅く感じたが合格発表結果を見た時は心底安心した。

私の努力は報われたようだ。

私は一番に結に報告した。結は頑張ったんだから当然でしょと言っていたが喜んでいるようだったし親もとても喜んでくれて嬉しかった。


まだ医者になれた訳じゃないけどスタートラインには立てたんだ。これからもっと頑張って医者になろう。未来への希望は充ち溢れていた。



それからというもの、受験が終わってからの学校はもう浮かれてるんるん気分だった。まだテストはあるが冬休みまでバイトをしながらいつも通りに過ごした。



受験が終わっても私にはやる事がある。冬休みが迫るなか私は考え事をしていた。

冬休み明けから早い段階でうちの学校は自由登校になるのでその期間に車の免許を取りに行きたいがどこに合宿しに行こう。地方になればなるだけ安いがあんまり遠くには行きにくい。


「梨奈は車の免許とか取らないの?」


私は昼休みご飯を食べながら梨奈に聞いてみた。うちの学校は皆お金持ちなので自分で運転するのは親がやらせない気がする。でも、梨奈は持っているかもしれない。


「取る予定だよ。あたしバイクの免許は夏休み取ったから自由登校になったら取り行く予定」


「マジか。通い?」


やはり梨奈は違う。梨奈は少し眉間にシワを寄せた。


「通いなんかめんどくせぇから合宿に決まってんじゃん」


「え?マジ?どこ行くの?良かったら一緒に取り行かない?私も合宿で取りに行こうと思ってた」


これは良い。私は咄嗟に誘っていた。一人で遠くに行くより心強いし楽しいだろう。梨奈は即頷いてくれた。


「いいよ、一緒にいこーぜ。一人じゃ暇だから丁度良かったよ。バイクはど田舎のなんもねーとこで取ったから教習終わるとマジ暇だったんだよ」


「そうなんだ。良かったー。じゃあどこにする?田舎の方が安いもんね免許代」


「あたしの前行ったとこでいんじゃね?おっちゃん達良いやつらだったし」


梨奈はそう言いながら携帯をいじって私に見せてきた。


「ほら、ここ。ホテルの周りにコンビニと聞いたことねーデパートと田んぼしかねぇけど夜空は綺麗だったぞ」


携帯には教習所の情報が載っていた。確かに田舎だから何にもなさそうだが安いし綺麗そうだ。これは意義なしだ。


「え、いいよ私ここで。暇になったらコンビニ行ってデパートふらつこうよ」


「そうだな!泉いたら楽しそうだわ。じゃあ申し込むか」


こうしてすぐに車の免許の合宿は決まる事になった。

とりあえずやる事は決まったしあとは医学部の入学手続きを済ませて買うものを買ってバイトだ。


冬休みに入ってから私は合宿に必要な書類を揃えて合宿の準備もしつつバイトをしていた。忘れている事はないかチェックしながらいろんな事をしていると今年も結の誕生日がやってくる。


今年はちゃんと祝う予定だからバイトも休んだしプレゼントも買ったし抜かりがない。あとは結を喜ばすだけだ。今年の結の誕生日を迎える前には琴美に口酸っぱくちゃんと結を祝うように言われたから絶対頑張るぞ。


しかし、今年は去年度忘れしてしまったロマンチックな台詞は言わない事にする。

私の事だから緊張して忘れて酷い台詞を言ってしまう気がするのでその危険を避けたい。


結へのプレゼントを持って結の家に向かった私は意気込んでいたがまずは結のお母さんに挨拶をした。

結のお母さんは丁度日本に帰国していたので興味ないかもしれないが医学部に受かったとだけ報告した。


すると昔話した時のように穏やかな表情をして良かったわね、と言われるだけで結の事は特に言われなかった。それに頑張りなさいと応援までされてしまって私は戸惑った。

私をあまり良い存在には思っていないと感じていたのに結のお母さんは結の幸せのためにも理解を示してくれたのだろうか。分からないけれど少しだけ認められた気がした私はちょっぴり嬉しかった。



これで一応難関を一つクリアした。あとは私の頑張りにもかかっているがもっと一生懸命やってまた結果を出していかないと。

私はそれから結の部屋に向かって結をお祝いしてあげた。


「結!誕生日おめでとう!」


私は部屋に入って早速ピアノを弾いていた結を抱き締めた。


「きゃあ!…ちょっと!いきなり危ないんだけど!」


小さな悲鳴をあげていつもみたいにキレているが気にしない。今日は特別な日だ。


「ごめんごめん嬉しくて。ピアノは一旦中断してプレゼント交換しよう?ちゃんと買ってきたから」


「はぁ……。まぁ、いいけど。気を付けてよね全く」


「はいはい」


結から離れると私は荷物を置いていつものテーブルに座る。結は隣にやってくるとテーブルに置いてあった包装されたプレゼントをくれた。


「買う時ちょっと恥ずかしがったこれ」


「あ、私も。なんか初めて買ったから照れた」


照れている結に私もプレゼントを渡す。今年はピンキーリングにした。ピンキーリングなら同じのをしていても怪しまれる事はないし可愛いからこれにしたのだ。


「結つけてみて?私もつけるから」


「うん」


結とお揃いの物がまた増える。私はプレゼントを丁寧に開けてピンクゴールドの可愛らしい指輪を小指にはめた。ぴったりはまったそれに嬉しくて笑ってしまう。


「可愛いねこれ。ありがとう結」


「うん。可愛い。こっちこそありがとう」


「いいえ」


結も同じように指輪を見て微笑んでいる。今年もクリスマスプレゼントは結の決定に委ねているが結がこんなに喜んでくれるなら毎回結に決めてもらった方がいいか。気が早い私は来年の事を今から考えてしまった。


「あ、それとこれもね」


私は去年の結の誕生日にあげたピンクのバラの花束を渡した。


「誕生日おめでとう。ずっと大好きだからね結」


「……うん。ありがとう」


ちょっと恥ずかしそうに笑った結に私は去年と同じお菓子も渡す。


「あとこれも。去年と一緒だけど本当に良かったの?」


私は結に比べるとセンスの欠片もないので誕生日に何が欲しいか前もって尋ねておいた。だが結はそれに前と一緒で良いと言ってきたのだ。楽しみがないそれにいいの?とは聞いたんだけどいいと言われた私は去年と同じにしたのだが確認せずにはいられない。


「……これじゃないとやだ」


結は照れているから大丈夫そうだが、花とか沢山貰ってそうだし私が作るお菓子よりうまいお菓子を食べてると思うのだが……。あんまり深く追求すると怒るかもしれないからやめよう。


「じゃあ、いいけど。今回も美味しくできたから今食べてみても良いよ?フロランタン」


今年は一人で作ったがよくできた。しかし折角勧めたのに結は断ってきた。


「今は食べたくない。あとで食べる」


「えー、何でよ?」


結が美味しいと喜んでくれるところを見たいのに結はお菓子をテーブルに置いた。


「一人で味わいたいの」


「なんで?私いてもいいじゃん。あ、もしかして前のやつ不味かったからって事?不味かったらマジで言ってよ?」


「不味くないから」


「だったらいいけど。……ん?じゃあ尚更何で一人なの?」


一瞬焦ったがすぐに否定してくれて良かった。それでも疑問は残る。不味くないのならなぜ一人で味わいたいのだろう。結は耳を赤くしていた。


「……私のために作ってくれたの嬉しいし、普通に美味しいからなんか顔がにやけんの。だから、……あんまり見られたくない……」


「……え、じゃあ食べてよ?私見たいんだけど結がにやついてるの」


恥ずかしがる結に私は必死になって詰め寄ってしまった。そんなの見ないといられないだろう。結がそんな風になってるのを見た事がない私はとにかく必死だった。


「嫌に決まってんでしょ。それより九条がケーキ焼いてくれたからケーキ食べよう」


話を流してきた結の手首を掴む。こんな気になる話をしといてそれはさせない。


「いや、待って流されないよ?今食べてよ結!お願い!」


「ちょっと掴まないでよ。いいからもうケーキ!」


「やだ頼むよ結!お願い!」


嫌がる結と私は誕生日なのに少し揉めた。

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