第77話
将来の職探しをしながら勉強に勤しんでいたらテスト期間が迫ってきた。私はいつもみたいに席の近い千秋に教えてもらいながら、進路が決まらない事にまだ悩んでいた。
三年生になる前には決めたいところだがどうしたものか。
そんなある日、私は休み時間に話しかけてきた千秋にそれとなく聞いてみた。
「千秋ってさ、将来何になるとか決めてる?」
千秋はお嬢様だし決まっていると思うが何になるのか想像がつかない。千秋はすぐに答えてくれた。
「私は通訳の仕事をしたいと思ってるよ」
「え?通訳?」
意外な回答に本当に驚いた。親の会社に入ったりするのかと思ったけど違うみたいだ。
「うん。私は外国語を生かした仕事をしたいと思ってたから。でも、私のお父さんはシェフだからシェフも良いなぁって思ったんだけど、絶対やめなさいって言われてるから通訳になりたいんだ」
「はー、なるほどねぇ。通訳かぁ…」
通訳も結の隣に立つならありなのか?私はここでも結の事を考えていた。結がピアニストになったら結のお母さんみたいに海外を拠点に活動しそうだし、日本語以外で話せるなら利点だ。私が頭で色々考えていたら千秋は私に聞いてきた。
「泉ちゃんは?泉ちゃんは決まってるの?」
「私は決まってないよ。悩み中。どうしようかなって思ってる」
「そうなんだ。でも、大事な事だしいっぱい考えた方がいいと思う」
「うん、ありがと千秋。本当にどうしよっかなぁ…」
とりあえず外国語を使う仕事も良いと感じた。でも、私がそんなペラペラに話せるようになれるのか?悩みの渦にいたら千秋は明るく言った。
「泉ちゃんは人の役に立つ仕事が良いんじゃないかな?泉ちゃん優しいしそういうのに直結した仕事が合いそう」
「えー?そうかな?でも、そうか……それもいいね。そういうのも考えてみるよ」
「うん。泉ちゃん頑張ってね」
人の役に立つ仕事か。それもそれでありだ。新たにヒントを得た私は何だかやる気が出た。もうすぐ答えが見つかるかもしれない。帰ったらまた携帯で検索してみるか。
最近はなんかモヤモヤした気分が続いていたけど千秋のおかげで今日は全然違った。帰る時までにあれはどうか、これはどうか、と考えている私は気分が上がっていた。
それから帰って散々調べた結果、やっと無難かなと思うものが見つかった。なんとなく自分に合っている気がするし、結の隣にいるならこれくらいなれれば大丈夫だろう。私はもうそれで進路を確定しようと思っていた。この学部は頭が良いけど足りない訳じゃないし、結のおかげで二年になってから成績は上がっている。だからこれから更に頑張ればどうにかなるはずだ。
やっと結のために将来が確定して安心する。私が内心喜んでいたら見ていたかのように結から連絡が来た。本当に丁度良く来た結からの連絡を見てみたらちょっぴり笑ってしまった。
[今日は千秋と何話してたの?]
私はあれだけの事で結を嫉妬させたみたいだ。女の子にまで嫉妬してしまう結に私は相当好かれている。よく私を見ているなと思いながら私は嫉妬をしなくていいように話してあげた。
[進路の話だよ。千秋は何になるの?って話してた]
私の返信にすぐに返事が返ってきた。
[それだけ?]
[うん、それだけだよ。私は人の役に立つ仕事がいいんじゃない?って言われた]
[あっそう]
聞いてきたくせに素っ気ないのは前からだけど納得してくれたみたいだ。私は結に更に返信した。モヤモヤさせてしまったんだ、愛情は伝える。
[好きだよ結。勉強会楽しみ]
[はぁ?前より分かってなかったら怒るからね]
その返事に顔が笑ってしまう。照れていると焦ってしまうのか、矛盾が生まれるのが可愛らしかった。結は分からないからって怒った事は一回もない。
[うん。大丈夫だよ。ちゃんと頑張ってるから。勉強会終わってコンクールも終わって落ち着いたらまたスフレ食べ行かない?デートのついでにどうかな?]
勉強会のお礼と前の結の要望を叶えるには良いと思って提案してみた。回りに人がいるといちゃいちゃできないけどそれでも結とデートは私もしたい。結は少し経ってから返信してきた。
[別に良いけど、全部終わってからね]
良かった。その返信に安心する。私はその後も笑いながら結と話をした。
勉強会が迫る中、私は自分なりにも勉強をちゃんとしていた。進路も決まったし、あとは勉強に勤しんでいかなければならない。それでも結とは前よりも頻繁に連絡を取り合いながら恋人らしく好きと言い合ったりして幸せな時間を過ごしたが、今日の結は今まで以上にピリピリしている感じだった。
「うるさいんだけど」
朝の三人での登校中に結は琴美に本気なトーンで怒りだした。琴美は朝からうるさいのは前からなんだけど話している最中にいきなり怒りだした結に私も琴美も驚いた。
「もっと静かに話してくれる?耳障りだから」
「うん。……ごめん結」
いつもと違う結の雰囲気を感じ取った琴美は素直に謝ってしゅんとしたように私の腕にくっついて黙ってしまった。これはピアノが煮詰まっているのだろうか?表情も普段より険しい。
「結、どうかしたの?」
私は敢えて明るく聞いたが結は変わらずに答えた。
「…うるさいからイラついただけ」
「だからってもっと言い方があるんじゃないの?そんな言い方じゃ何も思わないはずないと思うよ?」
私は結の手を握る。結が八つ当たりなんて珍しい事をしているんだ。色々思う事が必ずあるはずだ。結は私の手を強く握り返すと顔を逸らした。
「……ごめん。……ちょっと考え事してて、イラついてるだけ」
「あんまり考えすぎるとよくないよ」
「……」
結は黙ってしまったけど私の手は離さない。この様子じゃ勉強会の時にでも聞いてあげた方がいい。私は内心そう考えながら黙ってしまった琴美に明るく話しかけた。
「琴美、今度また琴美の家に遊びに行ってもいい?琴美のヴァイオリン聴きたいしエレクトーンも聴きたいんだけど」
「うん、いいよ?琴美はいつでも大歓迎だよ」
顔を上げた琴美が笑ってくれて安心する。私は結と繋いでいた手を少し引いた。
「結も一緒に遊びに行こう?」
「……私は、別に…。…二人で遊んだら」
さっきの今で気まずいのは分かるけど私達の間でこの重い空気は消しておきたい。私は険しい顔をする結に笑いかけた。
「いいじゃん。三人の方が楽しいから結も遊ぼうよ?」
「……うん」
「じゃあ決まりだね。琴美あの馬の被り物結に見せてあげたら?あれ驚くんじゃない?」
琴美に話を振ると琴美は顔を輝かせた。
「うん!あれも見せたいけど琴美最近新しい被り物買ったんだよ?それ被りながらエレクトーン弾けるようになったんだ!」
「えぇ?何それ?琴美何してんの。どんなやつ買ったの?」
「面白いやつだよ!今度来た時に見せてあげる!だから楽しみにしててね泉」
「うんうん、分かったよ」
結は何か思っているだろうが空気を戻せた私は幾らかほっとした。
私達三人が気まずかったから結にもろに影響が出てしまうのが目に見えていたから良かった。琴美は学校に着くまで楽しそうにいつもみたいに話をしてくれた。
その間結は何も言わなかったけど今はこれで良い。
その日から結は前以上にピリピリしている事が増えた。怒鳴ったりはしないけど結が怒鳴ってから三人でいる時は少しぎこちない空気になる。だけどこれは私がどうにかする。
結の一番近くにいるのは私なんだ。私が何かしなくてはダメだ。
私は勉強会当日に直接聞けば良いと思っていたから、結には特に携帯で何か聞いたりはしなかった。携帯とかで聞いたんじゃあまり意味がないと思ったから、普段はいつもみたいに連絡をしていた。
だが、それじゃ遅すぎたのかもしれない。勉強会当日に結の家で勉強をして片付けをしていたら結は突然私に抱きついてきた。
「結?どうしたの?」
私はいきなりだったけど然程驚かなかった。結は勉強中も険しい顔をして何か考えているようだったから都合が良い。今日しっかり聞いてあげよう。私は荷物を鞄の中にしまってから、横から抱きついてきた結に向き直ったのに結は顔を上げないで私に強く抱きつくだけだった。
「結?……なんかあった?ピアノ?」
私は結の頭を優しく撫でながら抱き締めてあげる。分からないけど結が話しやすいようにしてあげればいい。
私は黙って抱きついてくる結を待った。
しばらくしてから結は強く抱きつくのをやめて私を見つめてきた。しかし、表情を歪ませている結は泣いていた。
「……ムカつく事……言われた」
泣きながら怒ったように呟いた結は涙を拭った。
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