第78話



「ムカつく事?なに言われたの?」


涙を拭う結の頭を撫でながら優しく聞いてあげた。結が泣くくらいならよっぽどの事なのだろう。私は結の腕を掴んで優しく引いた。


「ちょっと座って話そう結。ちゃんと聞くから」


いつものテーブルの椅子を引いて結を座らせる。結は黙って座ってくれたから私は体を結に向けてまた頭を優しく撫でて手を握ってやった。


「お母さんになんか言われたの?」


「…違う。……ママじゃない……」


一番考えられる人がいなくなった。じゃあ、誰に言われたんだろう。そもそもどんな事を言われてしまったのか想像ができない。結は何か言われるような要素がないから私の事を言われたのだろうか?結は私の手を強く握った。


「……先生に言われた」



ポツリと言った結は私を辛そうに見つめる。








「ちゃんと遊ぶ友達は選びなさいって。泉は態度が悪くて成績もあんまりよくないんだから……一緒にいるのは悪影響があるんじゃないかって……言われた…」


結がこんなに泣く理由が分かったけれど、私はそれに傷つきながら納得してしまっていた。なんで忘れていたんだと思いながら更に涙を溢した結の頭を撫でる。



私は結に見合うような人になろうと思っていたけど、最初から外見も何もかも見合わなくて話になっていなかったんだ。



「……泉をそんな風に言うからムカついてちゃんと選んでるって言ったけど、……悲しくて、悔しかった。……泉を何も分かってないくせに、見た目だけで判断されて……本当にムカつく。私は何を言われてもいいけど……泉をあんな風に言われるの……本当にやだ…」



泣いている結はきっと酷く傷ついた。ピアノもあったけどこのせいで傷ついて悩んでイライラしていたんだ。

でも、先生の言った事は事実だった。結は本当に勉強も運動もできる優秀な子だ。そんな結の近くに今まで孤立して浮いていたバカで態度の悪い私がいればそうやって言われても仕方なかった。


「……ごめんね結。私のせいで……」


全部私に非がある。結は良いと言ってくれても、私は端から見たらそういう評価を受けている。惨めで悔しいけどこれが現実だ。先生も私に言うのならいいけど結に言われてしまってはどうしようもできない。私の存在が結を苦しめてしまったのか。


「泉のせいじゃない。あんな心ない事言うなんて本当に信じられない。思いやりの欠片もないし……泉は何も悪くない」


結は私を好きだから庇ってくれている。それは嬉しいのに、本当に惨めな気分になってしまって苦しかった。私がもっと良くできていたらこんな風には誰も思わなかった。それに結を泣かせるような事だって起きなかった。


「でも、私のせいだよ。……本当じゃんそれ」


私は結の目を見ながらできるだけ明るく言った。結が傷つかなくて良い事なんだ。


「勉強もそんなできてないし、結と知り合うまで私友達いなくて浮いてたし。だからそんなに泣かないで?これは、私のせいだし…」


「だから違う…!そんなの違う!」


結は泣いて否定しながら首を振った。


「泉までやめて。……私は泉が一番好きなの。……否定しないで」


本当に嫌そうにはっきり言う結は本心から言っているようだった。涙目の結を見ているだけでも胸が苦しい。結は私をしっかり見つめてきた。




「私は絶体泉から離れる気はないから。私は泉といて悪い影響が出るなんて思わないし、私はあんたと一緒じゃないといや。いれる時はいつも一緒にいたい。……でも、泉は私と離れた方がいいって思う?悪影響が出るから一緒にいない方がいいって思う?」



その質問に私は思わず黙ってしまった。

結は私に否定してほしいのは分かる。それに私達は将来を約束しているし離れるなんて論外な話だ。それでも、私は先生が言った事は本当だと思ってしまっていた。


私は今でさえ酷く劣っていている。その私が頑張ったところで、結果が出るかと言われると確信なんかない。結は将来への確証があるのに私は何もない。私は結の重荷なんじゃないだろうか。私達の関係を、私を守るためにピアニストになると言ってくれた結と私は違いすぎて目に見える格差がある。


これは頑張ったってなくならないどころか長く一緒にいればいるだけ大きくなるだけだ。


私は結をこうやって存在しているだけで苦しめてしまうのだろうか。一緒にいるだけで、大切な結を泣かせてしまうのだろうか。



「……何でなにも言ってくれないの?」


結は黙っている私に辛そうに問いかけた。


「……泉もそう思うの?」


「……それは…」


「ちゃんと思ってる事話して!」



結は泣きながら怒鳴った。険しい表情で見つめられると動揺してしまう。私は、私の意見は約束したのに結と違う。私は情けなく思いながら伝えた。


「……私は、……悪影響だって、思う。私は……将来だって進路を決めたからなれるほど何かができてる訳じゃないし、……結を好きな気持ちしかないからそう思うかな。……私は結みたいに色々できないから…私は…」


言いづらくて目を逸らしてしまっていたが、結に目線を戻したらもう先を言えなかった。結は酷く悲しそうな顔をして泣きながら私を見つめていたから罪悪感を感じてしまったのだ。私は結を自分の言葉で傷つけている。それを悟ってしまった。


「ごめん。…ごめん結…」


思わず謝ったってもう遅い。私は大好きな結の気持ちを信じないで赤の他人の言葉を信じた。そんなの裏切られたのと一緒だ。


「泉は私が勉強ができるから好きになってくれたの?」


結は泣きながら聞いてきた。そんなの絶体違う。私は慌てて否定した。


「違うよ。私はそんな理由で好きになってない」


「じゃあ……私がピアノができるから?」


「それも違う」


「じゃあ、私の顔とか体がいいから好きになったの?」


「違うよ。そうじゃない」



結の質問が苦しくて思わず語尾が強くなってしまった。私は結と接していく中で結の心に触れて結を好きになったんだ。見た目や頭が良いからとかそんな理由で好きになったんじゃない。それだけは信じてほしくて泣いている結の手を握った。


「私は外見とかそんな事で結を好きになったんじゃないよ?私は結の中身が好きなんだよ。結の性格とか考え方とか、優しくて思いやりがあるところが好きになった。結の事は全部好きだけど私は見た目で判断したんじゃないよ」



私の好きな結は本当に良いところが沢山ある素敵な人だ。確かに頭が良くて運動もピアノもできて可愛らしい容姿をしているけど、私は結の優しいのに、思いやりがあるのに、不器用で素直になれないところが一番好きだ。






「私も同じ……」


結はそう言って手を握り返してくれた。


「私だって、泉を外見で好きになったんじゃない。……私も泉の優しいところが好き。いつも私に優しくて、私を一番に考えてくれて、私をいつも嬉しくさせてくれるあんたが本当に好き。私達……この気持ちだけじゃダメなの?」


結の言葉にはっとする。好き同士なのに私は難しく考えすぎていた。私達が求めているのはこの止めどなく溢れる好きな気持ちだけだ。何かができる事を求めているんじゃない。



「そんなに何かできてないとダメ?将来だって、社会に出て普通に働いてるなら私は何だって良い。…外見だって、他の人が何と言おうと私は好き。でも、……泉は私の事、何かできてないと嫌いになるの?」


「ならないよ。絶体なる訳ないじゃん」


涙をこぼす結を抱き締めた。もう辛くなるような事は結には言わせない。



「私も結と一緒だよ。結が私を好きでいてくれるならもうそれだけで充分だよ。結の全部が好きだからその気持ちだけあれば私はいい。結も一緒でしょ?」


確信を持って優しく聞いた。私のせいで結を傷つけてしまったけど、この話は単純なんだ。


「うん。私も泉が私を好きでいてくれるだけでいい。他は何も要らないからずっと私を好きでいてほしい。私、泉がそばにいるだけで嬉しいの。だから、そんなに気にしないで…」


「……うん。ありがとう結。ごめんね」


いつも結に優しくしてもらってるのに、結に言われる前に気づいてあげられない自分が不甲斐なく感じる。私は本当にダメだ。すぐに不安になって自信がなくなって結を苦しませてしまう。


こんなんじゃダメなんだ。私は強く結を抱き締めた。



「結も気にしないで」


結に辛い思いはさせない。私は結と一緒に幸せになりたいし結をずっと笑わせてあげたいから苦しませたくない。私は体を離すと笑って言った。


「私達は理解されずらいからそうやって言う人はこれから沢山出てくると思うんだけど、これからは流して無視しとけばいいよ。そんな人に何か思ったりするのも分かってもらおうとするのも時間の無駄だよ。何にも分かってない人の意見より私達の気持ちの方が大事だし。…私のせいで結を不安にさせちゃったけど、私はもうネガティブに思わないようにするから結も不安にならなくて平気」


結の事は私が守る。もう私は結の前で自信のないところは見せない。私が結を包んで慰めてあげるくらいでいないとダメなんだ。結は私の態度や言葉ですぐに察してしまうから私は結の前でもう不甲斐ないところは見せない。


弱い私だけど、結を安心させてあげられる存在でいたいんだ。



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