第76話


進路について考えていたらもうすぐ中間テストの時期がやって来た。

私はまた結に教えてもらおうかなと思ったが、結は斎藤とのセッションが無事終わってから本当にピリピリしている。


琴美の言った通り結はコンクールが近くなってきたから本格的に頑張り始めたんだろう。携帯では話していて普通だけど会っていると考え事をしているみたいだし少し怒りやすい。

こんな結は初めてで、冷静な事が多いのに本当にピアノを真面目に頑張っているんだなと実感する。



それでも私は結の息抜きのために携帯での連絡は欠かさなかった。今日もバイト終わりに結に電話をかけたが、勉強はやっぱり千秋に教えてもらおうかなと考えていた。


「ピアノはどう?順調?」


私は結に尋ねた。


「…まぁまぁ。練習すれば結果が出ると思うからとりあえず練習はしてる」


「そっか。ピアノのしすぎはダメだよ」


「……分かってるし。泉こそバイトしてるんだから休まないとでしょ」


「私は平気だよ」


「こないだ風邪引いてたくせに何言ってんの?」


痛いところを突かれた。結の正論は毎度突き刺さる。


「あー……あれはたまたまだよ。ちゃんと気を付けるから平気」


「だったら別に良いけど。それより勉強は?ちゃんとできてるの?中間テストもうすぐだけど」


結から勉強に触れられるとは思っていなくて返答に少し困った。結は今は大事な時期だし無駄に私の事で時間を割かせたくない。


「え?えっと、まぁまぁ大丈夫だよ。今は結忙しいと思うから、今回は千秋に勉強教えてもらうね」


「……なんで?」


なんで?私は笑って普通に説明したのに聞き返されて困った。今説明したんだけど、何か声のトーンが怒ってそうだしどうしよう。私はもう一度詳しく説明した。


「あの、結は今ピアノ忙しいだろうし私に教えてたら休みが丸々潰れちゃうでしょ?そしたら可哀想だから千秋に教えてもらえば良いかなって思って……言ったんだけど…」


「千秋と勉強したいの?」


「え?いや、そうじゃないけど…」


「千秋に二人きりで教えてもらうの?」


「え、んー……千秋の予定によると思うけどたぶんそうなるんじゃない?」


何だろうこの質問。結を嫉妬させたいとかじゃないんだけど私は疑われているのか?誤解させているならこの誤解は解かないと。私は結に何か言われないように先に口を開いた。


「あのさ、私本当に結がピアノ忙しいと思ったから千秋に教えてもらおうと思っただけだよ?千秋と何かあるって訳じゃないしそばにいて応援はするけど結になんか苦労…?とかかけたりするのは申し訳ないっていうか…」




「分かった」


まとまらない割に頑張ってもっと説明しようとしたら遮られてしまった。結は嫉妬深いからもっと最初から説明すれば良かったと後悔する。これは怒るかもしれない。私は結が何を言うのか内心冷や冷やしていた。





「泉の話は分かったけど……勉強は私が教えたい。……勉強は、泉と二人でいられるし…それは私の特権にしたい」



小さく呟いた結の独占欲にさっきの不安は失くなってしまった。結って何でこんな分かりにくい時があるんだろう。分かっているはずなのに分かってあげられていないのがもどかしい。


「……分かった。じゃあ、いつも通りお願いします」


それでも結は前よりも素直になっている感じがして私はドキドキしてしまった。私といたいからって嬉しくて浮かれてしまいそうになる。結はピアノより私を取ってくれて、何かちょっぴり照れてしまった。


「…うん。またバイトの休み教えて?私もそれに合わせるから」


「うん、分かった。もうすぐシフト出ると思うから待ってて。あっ、もう遅いから切ろっか?明日も学校だし」


「あぁ、もうそんな時間か……」


まだ色々話していたいけど明日も学校だしもう夜遅い。私は切る前に結に気持ちを伝えようと思った。結はこないだ不安だと言っていたし構ってほしいとも言っていた。だからあれから私は頻繁に気持ちを伝えているのだ。携帯の文面でも電話でも結が好きなのを伝えて安心させてあげたい。


「結大好きだよ」


「はぁ?……いきなりなに言ってんの?」


照れていそうな結に私はそれでも伝えた。


「結が大好きだから言いたいの。本当に大好きだよ。今日も結の事考えてた。まぁ、結の事は毎日考えてるんだけどね」


「……バカじゃないの」


「うん、バカだよ?バカだからいっぱい考えちゃった。じゃあ、もう切るね?おやすみ結」



照れ隠しは結らしくて可愛らしいが気持ちも伝えた事だし電話を切ろうと思う。すると結は慌てて止めてきた。


「ま、待って!」


「ん?どうかした?」


「あの、言いたい事……あって……」


「うん。なに?何かあった?」


私には検討もつかなくて聞いてみたら結はしばらく黙ってから口を開いた。




「私も……泉の事、毎日考えてる」


「うん…」


呟くように恥ずかしそうに言ってくれた言葉は胸を締め付ける。私が言ったから伝えようとしてくれてるんだろう。私は嬉しく感じながら優しく聞いてあげた。


「……今日も……考えてた」


「うん」


「……学校で話せて嬉しかったし、…今も……その、話せて……嬉しい」


「うん」


「だ、だから……私……私も……私も……」


「私もなに?」


中々言えない結が言えるように促してあげた。結は素直じゃないけど、素直じゃないなりに頑張って気持ちを伝えてくれる。結は少し間を空けてからやっと言ってくれた。







「……すき…」


「うん。私も好きだよ」


「うん……。私……本当に……好き、だから。だからもう切る」


もう恥ずかしさが限界なんだろう。私は笑って答えた。結らしくて何かくすぐったい。


「うん。ありがとね結。おやすみ」


「……おやすみ」


私達はそうして電話を切った。いつもの素直じゃない結は素直な時に比べると雲泥の差があるけどそんな結も好きで私は電話を切ってから嬉しくて笑っていた。




翌日からまた私は学校に向かう。

結と決めた勉強会まではいつも通りかなと思っていた私はちょっとした情報を得た。



「ねー、テスト終わったら三人でゲーセン行こう?」


それは昼休みに遊びに来た琴美と話している時だった。廊下から私と結を呼んできた琴美はいつも通りおねだりを始めた。


「ゲーセンか、いいね。最終日ならいいんじゃない?私はバイトないし。結は?」


「私は予定あるから無理」


「えー?なんでー!?結も一緒がいい!」


即断ってきた結に琴美は私の腕に抱きつきながら我が儘を言った。だけど結は全く動じずにまたしても断った。


「ママが日本に帰ってきてピアノのレッスンしてくれるから無理」


「え?結のママ帰ってくるの?琴美も会いたい!」


不満そうな顔をしてたくせに顔をもう輝かせている。琴美は表情が本当にころころ変わる。


「はぁ…。琴美は泉と遊んでたら?私はもうすぐコンクールがあるし、ママはしばらく日本にいるみたいだからその間はママにレッスンしてもらう予定なの」


「じゃあ、近いうちに結の家に行くね琴美」


「……話聞いてたの?……全く。まぁ、いいけど」


結は琴美に呆れているがあのピアニストのお母さんが帰ってくるのか。となると、これから結がもっとピリピリしてくるのが自然と分かった。これは私も何かした方がいい。


「私も結のお母さん見てみたいな。凄いピアニストなんでしょ?」


私は話に乗った。いずれ会うだろうけど知っておきたい。


「確かにママのピアノは凄いけどピアノ以外は普通だし、どこにでもいるような人だから見ても楽しくないよ?」


「えー?でも結のママ綺麗じゃん。日本でコンサートしないの?」


琴美の問いかけに結は頷いた。


「うん、しないみたい。休むつもりで日本に帰ってくるみたいだから。休みが終わったらまた海外でコンサートだろうし」


「えーなんでー?折角日本に来るのにぃ…。琴美結のママのピアノ聴きたかったなぁ」


「海外のコンサートならチケット取るって言ってるでしょ」


「飛行機狭くて退屈だからやなんだもん」


結は嫌がる琴美にあっそうとだけ返した。コンサートで忙しいのに休みの間に娘にピアノまで教えるとは本当に忙しい人だ。それにしても私もピアノを聴いてみたかったからちょっぴり残念だった。琴美も結も凄いと言っていたからそれは間違いないと思うのに。


「じゃあコンクール終わったら三人でゲーセンね?でもテスト最終日は泉貸してね?琴美泉といっぱい遊びたいから」


琴美はにこにこしながら私の腕にくっついてくる。嫉妬深い結の前ではやめてほしいが結は穏やかだった。


「勝手にしたら?あんまり泉の事疲れさせないでよ」


「うん!琴美が泉の事楽しませるから平気!琴美今から何するか考えてるから絶対楽しいもん!結はピアノ頑張ってね?」


「はいはい。泉も悪いけど琴美が変な事しないように見張ってて?昔から目を離すと訳の分からない事してるし騒いでうるさいから」


いきなり振られた話に私は笑って頷いたけど琴美は怒りだしてまた二人は揉めていた。


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