第64話



「……どうもしない。千秋は本当に可愛いし、良い子だから……そうなんだって思うだけ」


「……そっか」


私はあっさり手を離した。結がこう言ったのは少しショックだった。付き合う予定でいるのに私の事はそんなに好きじゃないって事なのか。でも、こんな表情までしてるのにそんな風に思うなんて嘘だ。私は内心少しイラついていた。結は頑固で素直じゃないのは分かっているけど、私達は付き合う予定でいるんだ。それなのにこれは酷い。こんな事を言うのなら私を好きになってくれるように素直にさせていくのも手だ。


手を離した私を見つめてきた結に私は笑って言った。


「千秋が大好きだよ私。私は千秋が本当に好き」


「…………」


結はただ表情を歪めるだけで何も言わなかった。さっき言った通りなら別にこう言っても問題はない。私は体を起こすとベッドの脇に置いておいたペットボトルの水を取って一口飲んだ。結は私を上体を起こして見つめていたけど笑って話してやった。


「千秋は可愛いよね。水着似合ってて可愛いって言ったら嬉しがってたし、ボールを上手く打てた時はすっごい喜んでるから私まで嬉しくなっちゃったよ。それに倒れそうになったのを抱き締めた時に分かったんだけどさ、体が本当に細くてスタイル良いし…」




「もう聞きたくない」



結は話の途中で俯いて否定するように言った。今否定しても遅いのには変わりない。


「何で?結も千秋は可愛いし良い子だって認めてるし、そうなんだって思うだけでしょ?」


「……でも、聞きたくない」


自分で言っていた事を改めて言ってやったのに何を言っているんだ。私はムカついた事を言ってやった。



「私が誰かに好きって言ってもどうでも良いんでしょ?なら良いじゃん。そんなに聞きたくないなら部屋に帰れば?」


「……」


結はそう言っても動こうとすらしなくて黙っていた。話したくもないのか、言えないのか分からないけどもう私は何も話す気にならなかった。


「私もう寝るね」


私は黙っている結にそれだけ言って横になった。黙っているならそのままだ。背中を向けた私に結は小さな声で呼び掛けた。


「泉……」


「なに?早く帰りなよ」


「……帰りたくない」


何なの本当に。その言葉にもムカついて無視してやりたかったけど私はもう強く当たれなかった。


「……勝手にすれば」


私はベッド脇にあるライトを消した。すると結もベッドに入ってきて私の背中にくっついてきた。何も言わないくせに、なんだよ。私はそれだけでも汲み取れたけど私が折れたくなかった。



その後、結は本当に何も言わなかった。

結は私が眠っていた時に好きと言ってくれたし、キスまでしてくれた。でも眠っている時だけにそんな事をしたって意味がない。ちゃんと相手に伝わっていないなら意味がないのだ。

私達はそのまま眠って朝を迎えた。



次の日、私は折角別荘に来ているから結とはいつも通り接した。皆には関係ない事だし楽しくいたい。結はそんな私の様子にいつも通り接してくれたけど二人の時は無言だった。それでも午前中にバナナボートに乗ったりシュノーケリングをして楽しんでいた。



シュノーケリングをしている時、千秋は水中の写真を撮るのを頑張っていたし聡美はかなり深くまで潜って一人で楽しんでいた。私は泳げないから浮き輪を持って浅い場所で水中を眺めたり皆の写真を撮ったりしていたけど、少し疲れたから浜辺で座って休んでいたら結がやって来た。結は千秋に付き合っていたのにどうしたんだろう。

私の隣に座った結は少し黙ってから話しかけてきた。



「……浅瀬じゃなくて、もう少し深いところに行かない?私が連れて行ってあげるから」


急な誘いは私を悩ませる。行きたいけど昨日の事があって今は気まずい。結となるべくいたくない私は断った。


「私はいいよ、連れて行くの大変じゃん。それより千秋に付き合ってあげなよ」


「……泉一人じゃつまんないでしょ」


「ん?別に楽しいよ?景色は綺麗だし海綺麗だから見てるだけでも楽しいよ。それにちょっと疲れたからここで休んでるよ」


「……そう」


結はあんまり納得していないようだった。でもこれで逃れられたと思った私は安心していた。結はすぐに千秋の元に行くと思っていたから。しかし、結は全く動く気配がなくて砂に手を置いていた私の手に少しだけ指で触れてきた。結からスキンシップをこうやってしてくるのは珍しいから私は驚いた。



「……怒ってる……よね。昨日はごめん」


私に申し訳なさそうな顔をして気まずそうに言う結。私は謝ってほしい訳じゃないんだ。


「…結は私の事好き?」


「え?」


私は動揺している結にちゃんと聞いた。


「昨日どうでもいいみたいに言ってたから、私の事好きじゃないのかなって思って」


「私は……私が泉を好きじゃないなんてあり得ない」


「じゃあ好きなの?」


「それは……その……」


言い淀む結の反応は言わなくても分かっていた。でも、はっきり言ってくれない結に悲しく思う。


「もう分かったよ。もういいから」


私は話を強制的に終わらせた。たった一言を結が躊躇して言えないのは結を考えると仕方ないのかと思うけどそれでもいい気分じゃない。私は結に笑いかけた。私が引けばいいだけの話だ。


「皆と遊んできなよ。私、別荘に戻るから」


「え?でも……」


「私は部屋で休んでるね。もうすぐ昼だから皆そのうち帰ってくるでしょ?待ってるから」


私は結に何も言われないように荷物を持って立ち上がるとすぐに別荘への道を歩きだした。

何なんだろう。結の気持ちが分からない。私を好きだと言ってくれた結がどうして今その言葉を言ってくれないんだろう。


気持ちは分かっていたはずなのにモヤモヤして苦しかった。



私は一人別荘に着いてからシャワーを浴びて服を着替えた。そして部屋で涼んでいたら皆帰ってきたから昼食を食べて昨日のように居間で皆でのんびりしていた。皆といるけど私はもう結を視界に入れないようにする。結を見ていると胸がざわつく。


「泉ちゃん、いっぱい写真撮れたよ?」


千秋はさっき頑張って撮っていたであろう写真を見せてくれた。色々な魚と水の中の幻想的な景色は本当に綺麗だった。


「凄いね千秋。めっちゃ綺麗」


「結ちゃんが手伝ってくれたんだよ。深い岩場の写真は結ちゃんが撮ったの」


「そうなんだ。あ、これ聡美も写ってる」


写真の片隅に聡美が泳いでいるのが写っているのがあった。それに笑っていたら聡美は横から覗き込んできた。


「千秋盗撮しないでよ」


「してないよ?聡美ちゃんが勝手に入ってきたんだよ」


聡美なに言ってんだと思うが真面目に答えている千秋は分かっていない。聡美は意外にこうやって冗談を言う。


「ていうか、結構下の方に変わった魚いたから私撮ってくれば良かったね。景色見るのに癒されてたわ」


「え?そうだったの?じゃあ今度撮ってきてね聡美ちゃん」


「また来年ね。それよりバナナボートの写真は?」


「私も見たいそれ」


「ちょっと待って」


私もそれは気になるところだった。千秋はバナナボートに乗っている時に写真を撮っていたが危なっかしくて途中で私が代わったんだ。千秋は私の手からカメラを取ると少し弄ってから私に返してきた。


「右を押すと次に進むよ」


「おっ、良いじゃん。千秋が何回か落ちそうになってたから結が驚いてるよこの写真。笑える」


早速覗いてきた聡美は愉快そうに笑った。確かにその写真の結は千秋と同じ驚いた表情をしている。千秋はバナナボートの勢いに一番落ちそうになっていたし落ちてもいた。


「千秋が落ちそうで怖かったから仕方ないでしょ」


結は私の後ろから肩に手を置いて写真を見ながら話に入ってきたけど、それに少し緊張する。


「ごめんね結ちゃん。何かすごい揺れるから」


「千秋いつも我先に落ちるよね。あれ結構笑える」


「聡美ちゃんいつも笑いすぎだよ」


写真を送っていると千秋が落ちて聡美が笑っている写真が出てくる。聡美は千秋で楽しんでいる節があるのでまたそれに結が注意した。


「聡美」


「はいはい。あっ、これ泉が落ちた時の写真?何が何だか分かんないね」


「あぁ、本当だ。あ、ちょっと待ってでも景色が綺麗に撮れてるこれだけ」


私が落ちた時の写真はぶれているし水しぶきがかかってよく分からないけど一つだけ海が凄く綺麗に撮れていた。まさに奇跡の一枚だ。


「本当だ!すごい綺麗だね」


千秋はその写真を見て嬉しそうにしてくれるからバナナボートから振り落とされた甲斐があった。


「確かに」


「この写真も欲しいけど、私千秋が無様に落ちてる写真欲しい。ないの?」


「何で私の落ちてる写真なの?やめてよ聡美ちゃん」


ちょっと笑いながら言う聡美に千秋はちょっぴり怒っていた。私達はその後も写真を見ながら楽しんだ。

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