第63話


その後、やっと起きてきた聡美も混ざってまた海で遊んだ。聡美は泳ぐのもボール遊びも上手いがいつも通り無表情だった。でも珍しく楽しいと言っていた。


聡美本当に楽しいの?と思うくらい笑わないから私は本当かちょっと疑ったけど珍しく滑舌に喋っていたから本当だろう。



「あー、今日は本当に楽しかったね」


「本当だね泉ちゃん。遊びすぎて疲れちゃった」



海から別荘に帰った私達はお風呂に入って広々とした居間で皆でご飯を食べてから寛いでいた。千秋は疲れたと言っているのが分かるくらいちょっと眠そうだ。今日の海の話をしようとしたら聡美がいきなり笑った。


「千秋ボール打つの下手くそすぎ」


「聡美」


即座に少し強い口調で名前を呼ぶ結は怒っているようだ。聡美って二人と長い友達なくせにこういう地雷をよく踏む。結が怒るの分かってるだろうに結に動じてなくて凄いなぁ。


「あぁ、ごめんごめん。あんまり下手くそだから思い出すと面白くて」


「笑わないでよ聡美ちゃん。でも、泉ちゃんが教えてくれた時はできたんだよ?ね?泉ちゃん」



むきになるように言った千秋は私と一緒にボールを打った時のみ成功していた。あの後千秋に一人でやらせたらなぜかまた訳の分からない方向に飛んでいて千秋はちょっぴり落ち込んでいたのだ。


「うん、できたねあの時は。聡美寝てたから分かんないと思うけど普通にできてたよね?結」


「できてたけど遊びなんだから上手くやる必要はないし、楽しかったならそれで良い事でしょ」



穏やかに笑う結は正論すぎて何も言えない。千秋は確かに下手だったけど皆楽しめたのは間違いないし、結は千秋に下手なんて口が裂けても言わないんだろう。本当に千秋に優しいなぁ。私だったら絶対下手くそって笑いながら言うと思うのに。


「ふっ、そうだね。それより明日はいつものマリンスポーツでしょ?明日の方が楽しみだわ」


聡美は鼻で笑いながら言った。明日はお待ちかねのマリンスポーツだ。


「私も楽しみ!バナナボート早くやりたいなぁ」


「そうだね千秋。明日も海に入るから今日は早めに寝る?皆泳いだし疲れたんじゃない?」


結はそう言いながら笑う。確かに今日は遊びすぎて私もちょっと眠いし疲れた。明日も海なら休んどいた方が良いだろう。


「そうだね。私は先に休もうかな?あれだけ遊んだから疲れたし」


私の意見に聡美も同意した。


「私も疲れた。明日朝一に泳ぎに行きたいからもう寝るわ」


「聡美ちゃん明日朝に泳ぐの?私も一緒に行っていい?」


もう立ち上がった聡美に千秋は目を輝かせて聞いたけど聡美はアクビをする。


「別にいいけど、私部屋に戻るわ。じゃあ明日ね」


聡美は眠そうな顔をしてすたすた自分の部屋に戻ってしまった。聡美はどこでも変わらない。マイペースで笑ってしまう。


「あ、うん、じゃあね聡美」


「おやすみ聡美」


「あ!聡美ちゃん待って、明日何時に朝行くの?私ももう寝るね?おやすみ結ちゃんと泉ちゃん」


千秋は聡美を追いかけるように慌てて私達に挨拶すると行ってしまった。残った私達もまだ早い時間だけどもう寝るか。私も立ち上がった。


「じゃあ、私達も部屋に帰ろう結」


「うん」


結も立ち上がる。私達は自分達の部屋に向かった。別荘の二階には沢山部屋があって各自部屋を一つづつ割り当てられた。その部屋はホテルみたいに綺麗でベッドもふかふかで、私は部屋に着いてからベッドに勢いよく寝転がった。今日は本当に楽しかった。

千秋は一番はしゃいでいたし聡美と結はボール遊びが灼熱して途中から試合みたいになっていた。あの二人は何だかんだ仲が良い。


私は寝る準備をして今日撮った写真を携帯で眺めて笑った。明日も楽しくなりそうだ。ちょっと浮かれた気分になったけどすぐに眠気がやって来た私は携帯を弄りながら眠ってしまっていた。








でも眠ったはずなのに微睡みの中で頭を撫でられている感覚がする。随分リアルな夢なのかなと優しい手つきで頭を撫でられながら思っていたら小さな声が聞こえた。


「……すき」


その声に聞き覚えがある。そう思っていたら唇に何か柔らかいものが触れた。私はそれでまだぼーっとしているけど少し目が覚めてきた。これは夢じゃない。うっすら目を開けても部屋が暗くて何がなんだかよく分からない。でもまた本当に小さな声が聞こえる。


「……バカ」


「…ゆい……?」


その声はやっぱり私の大好きな結の声だ。私はうとうとしながら回りに目を向ける。すると結は私のすぐ隣に座っていたみたいで暗い部屋の中で私を見つめていた。


「来てくれたの?……言ってくれれば起きてたのに。ごめん寝てて」


結が私の部屋にせっかく来てくれたのに寝ているなんて惜しい事をした。私は結に片手を伸ばしたら結はその手を握ってくれた。


「携帯で言ったのに……返事が来なかったから」


ちょっと拗ねたように言う結。私はどうやら本当に早く眠ってしまっていたみたいだ。いつ寝たのか記憶にないけど結に悪い事をした。


「ごめん結。いっぱい遊んだから疲れちゃって」


「そうだと思ってたから……別に平気」


私は目を擦りながら上体を起こす。疲れはあるけど結がいるなら話は別だ。暗がりで目が慣れてきた私はベッドの脇にある小さいライトをつけると恥ずかしそうにしている結の体を優しく抱き締めた。


「久しぶりだから話したかったよね。私が先に言えば良かったね、ごめんね」


「……」


結は何も言わないけれど抱き締め返してくれた。結の温もりを感じるだけで嬉しくなる。結も寂しいとか思ってくれていたんだろうか。私達は体を離すと自然にキスをした。キスをするのは久しぶりな感じがする。


「好きだよ結」


「……もう少し小さな声で話して」


さっきと同じ小さな声でちょっと怒る結に笑って従った。


「ごめん。好きだよ結」


「…そんなに言われると、反応に困る…」


「ふふふ、ごめんごめん」


結はあからさまにそっぽを向いてしまったけど、私はそんな結を軽く抱き締めながら髪を撫でた。


「今日は楽しかったね。海行ったの今年初だけど超楽しかった。結と一緒に来られて本当に良かったよ」


「…あっそう」


「結は楽しかった?」


つれない結に聞いてみた。すると結は私の服を掴んで私を睨みながら表情を歪める。いきなりどうしたんだろう。




「泉千秋にベタベタしすぎ」


「え?そう?…私結構普通じゃない?」


ベタベタも何も千秋に優しくしろって言ったの結なのに。私はちょっと困っていた。


「そんな風に見えなかったけど。しかも千秋にヘラヘラしすぎ。千秋に何かしたらぼこぼこにするからね」


「何にもしないよ千秋には。それに千秋可愛かったじゃん。水着も似合ってたし」


「……そんなに千秋が好きって事?」


何だか結の顔が怒っているかのようで焦ってしまう。本当の事を言っているし皆思っている事だと思うのにこの質問をするって、もしかして嫉妬?でも結が?私は心の中で考えながらも正直に答えた。


「千秋は友達なんだから好きだよ」


「……あっそう」


聞いたくせに結は気に入らないかのように答えるとそのまま私に凭れるように抱き付いてきた。よく分からないけどこの前も琴美とお揃いってだけでちょっと怒ってたし、今も怒っている感じだ。こうなったらもっと私の気持ちを伝えてみるか。私の一番好きなものは結だ。私は結の顔に手を添えてこちらに顔を向けさせるとキスをした。


「結、好きだよ。大好き」


私はそう言いながら結に何度もキスをする。千秋は好きだけど結の方が好きに決まっている。キスを受け入れてくれた結は段々表情を蕩けさせてきた。それを確認してから私は笑って結に深くキスをする。結の良いところを舌でなぞってやった。


「あっ!んんっ……い、はぁ……ずみぃ……はぁっ……いずみぃ……!」


「んっ……はぁっ……はぁ……なに?」


私を呼ぶ結の声だけで興奮するけど抑えないとダメだ。私は結から唇を離すと結はとろんとした目で私を見つめる。



「声……出ちゃうから……。深いのは、本当に二人きりじゃないとダメ…」


可愛い言い分だ。だけどこんな煽るような事を言われると欲しくなってしまう。私は結を至近距離で見つめながらちょっと意地悪な事を言ってしまった。


「結が嫉妬したと思ったからしたのに」


「はぁ?私が嫉妬なんか…するはずないでしょ」


自分の気持ちに気づいていないのか、はたまた隠しているのか分からないがここで言い逃れはさせない。私は自分の感情をはっきり自覚させるために結を抱き締めてベッドに押し倒すとのし掛かりながら結の両手を握る。


「私が千秋に教えてたの気に入らなかったんでしょ?私が楽しそうに千秋に笑いかけて千秋に触ってたから、ムカついたからボール当てたんじゃないの?」


結を見つめながら優しく問いかけた。さっきだって千秋の話題を出してきたしこれは間違いではない。もう恋愛感情を結は経験している。結は途端に顔を赤くして抗議するように私の手を強く握ってきた。


「あれは間違ったって言ったでしょ?」


「あんなに正確にボール打ってたのに?それに、だったらさっきの質問はなに?私がさっきの質問に千秋が大好きで、千秋が一番だって答えたら結はどうしてたの?」


いつもは素直じゃなくても察しているけど今日は結の口から聞きたい。さっき好きと言ってくれたのは聞き間違いじゃないんだ。追い詰めるような質問に結は険しい顔をして恥ずかしそうに視線を逸らした。

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