第65話


楽しい時間はあっという間に過ぎる。

一泊二日の別荘のお泊まりはすぐに終わってしまった。

私はバイトしか予定がないけど皆習い事や家の事情で色々あるみたいで夕方に帰って解散になった。


沢山撮った写真は千秋が夏休み明けにプリントして持ってくると言っていて、それは楽しみだった。




だけど結とは気まずいまま別れた。結は気まずそうにしていたけど私に最後まで何か言いたそうにもしていた。

でも、私は汲み取る事もせずにただ笑ってあの話には触れなかった。


もう言う気がないならどうでも良いし、掘り下げたくなかった。



私はそれからまたバイトの日々を過ごした。琴美の事も考えていたけど結の事も考えてしまって正直気分が晴れない。

モヤモヤした気持ちは消えないしどうしたら良いのか分からない。結とはあの日からたまに連絡はしているけど気まずくて話す気にならない。結が何を考えているのか分からなくて、私はずっと浮かない気分だった。




「ねぇー泉ちゃん。今日の従食なに食べる?」


今日もバイト中に遠藤さんが聞いてきた。最近はずっとバイト先でご飯を食べているけど今日は何を食べようか。


「んー、パスタは昨日食べたしドリアも食べたし…でもやっぱいつものドリアとティラミスですかねぇ」


「えー、またそれかぁ。私何食べよっかなぁ……今日もやっぱりパフェかなこの感じは」


遠藤さんはメニューを見ながら悩んでいた。最近遠藤さんはずっとパフェを食べているけど何でそんなにスタイル抜群なのだろうか。この人の体は謎だ。



「ピーンポーン」


その時、オーダーを呼ぶベルが鳴った。私と遠藤さんは卓番が表示される電光掲示板を見る。


「うわ、二十五卓。あそこ一番遠いから行きたくないなぁ…」


「ですよねぇ。じゃ、ここは公平にじゃんけんと言う事で」


「たまには年上を気遣ってくれても良いんだよ泉ちゃん」


「いつも気遣ってますよ。さ、早くやりますよ」


「ちぇー」


二十五卓は一番遠い角にあるテーブルだ。疲れているから私達はそれにすら必死だった。


「泉ちゃん、負けないからね」


「私も負けませんよ遠藤さん」


私達は拳を出しあった。


「「じゃんけんぽん!」」



よし。勝負は一瞬で決まったようだ。


「泉ちゃん、ほんの一瞬私より後だししたでしょ?」


「え?してませんよ。こんなそばにいるのにずるなんかしませんよ」


遠藤さんの気持ちは非常によく分かるけど遠藤さんはパーで私はチョキだ。それに不正は全くない。遠藤さんは悔しそうに顔を歪める。


「泉ちゃん酷い。私先輩なのに老体に鞭打つなんて」


「いつもじゃんけんじゃないですか」


「だって遠いから行きたくないじゃん。しょうがないからゆっくり行ってくるね」


遠藤さんはハンディを出しながら幾らかゆっくり歩いてホールに出ていった。二十五卓は皆遠くて嫌だからよくじゃんけんをするのだが私は今日運が良かった。


私はそのあと料理の提供を行っていた。

バイトが終わるまであと一時間か、時計を見ながら暇になってきたところで私は少し中で休憩していた。もうある程度やる事は終わった。今日は夜までじゃなくて昼から夕方までのシフトだから帰って何しようかな。私がのんびり考えていたら遠藤さんは慌ててホールから帰ってきた。


「泉ちゃん!今日結ちゃん来るなら先に言ってよ!結ちゃん生で見たら可愛いすぎて頭から食べたくなっちゃったよ!」


「え?結来てるんですか?」


興奮気味な遠藤さんの発言も驚いたけど結が来ているのに本当に驚いた。今日来るとは一言も言われていない。しかし、バイトはあるかどうかは聞かれていた。あれはそういう意味だったのか。


「うん、さっき来たよ?一瞬で結ちゃんって分かったからいっぱい話しかけちゃった私。そういえば泉ちゃんの事呼んでたから行ってあげなよ。五卓に通したよ」


「あ、はい。ちょっと行ってきますね」


遠藤さんこの感じだとすんごい色々話してそうだけど変な事言ってないといいな。それより何だろう。こないだの今じゃ会いづらいけど来ているのに会わない訳にもいかない。私は少し急いでホールに出た。


遠藤さんが言った通り五卓に向かうと結は一人で座っていた。


「結、来てくれたんだね」


「泉…」


結はあの日と同じように気まずそうな顔をしている。私だって気まずいけど私は明るく話した。もうあれは話したくない。


「来るなら言ってくれれば良かったのに。何か頼んだ?」


「いや、頼んではないけど」


「お腹減ってない?デザートだけでも良いから食べていきなよ。うちのティラミス美味しいから」


「じゃあ、ティラミス…食べる」


結にしてははっきり喋らないから何か悩んでいるのだろう。今日来たと言う事は私の事を考えているのか。私はハンディを出してティラミスとドリンクバーを打った。ドリンクバーは私の奢りだ。


「おまけにドリンクバーもつけとくからあっちにあるの好きなの飲んで良いからね」


「うん…。あの、泉?」


結は少し不安げな表情で私を呼んできた。



「ん?なに?」


「バイトが終わったら、予定ある?」


「いや、ないけど」


「じゃあ……ちょっと話したいんだけど、バイトが終わるまで待ってていい?」


やっぱりまたあの話か。私はそれだけで予測できていた。もう流したつもりだったのに何を話したいんだろう。私に好きとすら言ってくれない結が分からない。本当は気まずいし話したくないけど結が暗い表情をするから私は頷いた。


「いいよ。あと一時間位で終わりだからちょっと待ってて」


「うん……ありがとう」


少しだけ笑った結はまた暗い顔をする。私は何だかいたたまれなかった。まるで私が悪い事をしたみたいじゃないか。


「じゃあ、あとでね」


私は返事も聞かずに結から逃げた。なんなの、本当に。もういいって言ったし、自分が気にしないって言ったくせに何であんな顔するんだろう。意味が分からない。私は結と話さなくちゃならない事が憂鬱で仕方なかった。


遠藤さんは色々結について聞いてきたりしたけど私はそれから結のテーブルには近付かないようにした。結を見ていると落ち着かないし無駄に話したくない。


それでもバイトの終わる時間がやって来てついに結と二人きりになってしまう。

会計を済ました結と二人で外に出ると、結は何も言わないから自分から提案した。



「私の家に来る?」


気まずいけどもう逃げれない。私の提案に結は私に顔を向けた。


「……いいの?」


「うん、うちの親は夜遅くじゃないと帰ってこないし。私の部屋はちょっと狭いけどね」


「……じゃあ、行きたい」


「うん、分かった。今日は車?」


「うん、あっちに停まってるから行こう」


歩き出した結に頷いて私も歩き出した。結はまた謝ってくるのだろうか。私達は結の車で私の家に向かう。こんな時になんだが私の部屋に高校の友達を呼ぶのは初めてで、少し緊張する。私の部屋はベッドと小さなテーブルとテレビくらいしかない。


私の家に着いて部屋に案内すると私は荷物を置いて話しかけた。


「飲み物用意するから適当に座って待ってて」


「う、うん…」


私は結をおいてリビングに向かうとお茶を用意してトレーに乗せて持っていく。結の隣に座ってお茶をテーブルに出しても結は暗い表情のまま黙っていた。



「今日はバイト先に来てくれてありがとうね。普通のファミレスだけどティラミス美味しかったでしょ?」


私は気まずく思いながら結に話を振った。結が何を話したいのか分からないけどこの気まずい空気をどうにかしたかった。


「うん」


「ふふ、良かった。あれだけはとびっきり美味しいんだよ。あ、そういえば遠藤さんと話したんだよね?結を案内してくれた人が遠藤さんなんだけど喜んでたよ結に会えたの。可愛いって誉めてた」


「……うん」


「遠藤さんみたいな美人に誉められるなんてさすが結だね。遠藤さんすっごい美人じゃない?あんなに美人なのにいつもちょっとふざけてて面白いんだよ。こないだなんかね、店長がいない日に…」


「泉はあの人の事が好きなの?」


話さない結を笑わせてあげようとしたのに結は私の話を遮って不安そうに見つめてきた。この質問はいったいどういう意味だろう。結は更に続けた。









「……私よりも、あの人が好き?」


そう言った結は泣きそうな顔をしていた。

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