第59話
それからお揃いで買った物を琴美にもらってから私達はプリクラを撮ったりカフェに行って過ごした。
さすがに険悪ムードになるかと思いきや結も琴美も雑貨屋を出た頃には普通だった。
琴美に至ってはいつも通り私にベタベタ甘えていてそこに結が注意をしたりする程度で何ら問題がなくてさっきのはいったい何だったんだと思うくらいだ。
それにしても、結は私の事を未来まで見据えていて驚いた。私も軽い気持ちじゃないから嬉しいけど結は私よりも考えているようだ。ずっと一緒なのもそうだが私しか考えられないと言っていたし結の本気な気持ちは私よりも大きいんじゃないだろうか。
結の気持ちは嬉しくて私には喜ばしい事だが、結はまだ気づいていない。
恋愛感情を無意識に募らせている事に。あれは気づいていないだけでもう私を束縛しているのと同じだろう。
結は意外に独占欲とかの類いが強いタイプなんだろう。それでも私は結が好きだけど結はいつ自分でそれに気づくのか、それが待ち遠しい。
これに関しては教えてあげたいけど私が言ってしまっては意味がないと思った。結が自分で自覚する事に意味があるのであって、私が何かを言うのは違う。だから待つべきなんだろうが結が私を本当に好きだと感じた時に、結はいったいどのくらい私を好きになってくれるんだろう。
「結、これあの雑貨屋さんで買ったんだけどどうかな?」
私は結に家まで送ってもらう途中にお揃いで買った音符のキーホルダーを出して見せた。琴美は用があるからと自分の車で行ってしまったから丁度良かった。
「……良いんじゃない」
「本当?良かった。じゃあこれあげるね。どこにつけよっか?」
音楽関連の物なら大丈夫だと思ったのは正解だったみたいでほっとした。結は私があげた音符のキーホルダーをじっと見つめるとなぜか鞄にしまう。
「つけたくない」
「え?」
ここに来て鞄にしまったくせにつけたくないと言われた私は困惑した。あんまり気に入らなかったのか?ピアノをやっているから音符は良いと思ったのに結は嫌いだったのか?一気に不安になった私はとにかく謝ろうと思った。結が嫌なら違うやつで良いしこれは結のために買ったけど気に入らないなら仕方ない。
私が謝ろうとした矢先に結は私の手を握ると窓に顔を向けて小さく言った。
「壊れたら嫌だから…部屋に置いとく。……私のために選んでくれてありがとう」
「……うん。そっか、良かった」
そうだったのか。私の不安はいらなかったようだ。結は照れているだけみたいだし心底安心した。それに大切にしてくれるのは素直に嬉しいから私は結の手を握り返す。
「私も部屋に置いとく。これでお揃いだね。普段は見えないけど」
「……うん」
全くこちらに顔を向ける素振りも見せないけど結の気持ちは分かるから私は笑った。私も壊さないように気を付けないとならない。
「明日から夏休みだね結」
可愛い結に普通に話かけた。明日から会えなくなってしまうからできるだけ話したかった。
「そうだね…」
「明日からさ、たまに連絡とかしてもいい?めんどくさかったから返さなくて良いから」
結はあんまり連絡をしてこない。というより、私達は会って話す以外の話は携帯でほとんどしていない。私はそれで構わないけど夏休みは会えないし、結が好きだから少しでも会えない期間は繋がっていたかった。
「……そんなの勝手にしたらいいでしょ。あんたから連絡がきたらちゃんと返すし……無視なんかしないから」
「うん、ありがと。結もしてくれて良いからね」
素直じゃないのか素直なのかよく分からない返答と態度は私には可愛らしく感じてしまって顔がにやけてしまう。結はもう耳を赤くしてるしこれでバレてないと思っているんだろうか。結はやっと私の方を向いたと思ったら気に入らなさそうに睨んできた。
「私は元からしようと思ってたから」
「うん、ありがとね。明日から会えなくなって寂しいからいっぱいしようね」
「……まぁ、できたらね」
ちょっと目線を逸らしてつれない返事をするくせに私の手を強く握る結は表情と言動が一致していない。これは前からだけど結の気持ちは汲み取れる。きっと結は連絡をいっぱいしてくれるんだろう。それが分かって嬉しく感じた。
私は明日から会えないからキスくらいしたかったけど二人きりじゃないので名残惜しくも送ってもらってそのまま別れた。
家に帰って早速結とお揃いで買った音符のキーホルダーを机の見える所に置いた。ただのキーホルダーだけどこれは大事な物だ。結と一緒なんだなと思うと嬉しくて勝手に笑っていた。
それから夏休みが始まった。
私はほぼバイトと家の往復の日々で休みの日は家でのんびりミュージカルを見たり宿題をして過ごした。それと結と話した通りお互いに連絡を取り合っていた。
結は文面でも変わらない。大体今日は何してるか聞いたりミュージカルの話をしたりして内容は当たり障りないし単文で素っ気ない。私はそれでも結と話せるだけで嬉しかった。
それに結はああ言っていたくせにまめに連絡をくれるから私は浮かれていた。
それでも日々のバイトはやっぱり疲れるし大変だ。
「柳瀬さん九卓の客本当にウザかったですね」
今日のバイトは田村さんと一緒だった。今日は意味不明な理由でクレームが入った。うちは一口サイズのちょっとしたステーキを出しているのだがその肉が固くてちゃんと焼けてないんじゃないか、というクレームがきたのだ。
相手は高齢者で若い人に比べたら固く感じるかもしれないが、その肉はそもそも弾力がある噛み手応え充分なところを売りにした肉だから従業員からすると固いもなにもって感じだが気に入らなかったらしい。
「ねー。説明したしちゃんと焼けてたのにめっちゃ騒いで帰ってったけど本当ウザかったね」
今回はこっちに非がある話じゃないのに私や田村さんにもキレてこられて困ったし面倒だし、正直ダルかった。最後には店長が出たけどそれでもそんなに納得してなさそうだったし、世の中意味分からない人が多い。
「イライラしすぎて頭禿げそうでしたよ私。あんなクレーム初めてだし、あんなジジイなんだからステーキとか無理して食おうとすんなよって話でしたね」
「うんうん。てか、肉が固いって肉はそんなもんだろって思うのによくあんな怒鳴り散らしてたよね。同じ人間として恥ずかしいわ」
「本当にそれ!しかも高校生にあんな怒鳴るってあり得ないし老害の極みですね。あいつのない髪の毛をむしってやりたかったー。あー、もうせっかくの夏休みがあんなジジイのせいでイラつくなんて……」
田村さんの気持ちはとってもよく分かる。それに加えて今日は忙しかったから疲れているし散々だ。
しかし、もうすぐ上がる時間。もうすぐ交代として社員が来るみたいだけど今は店長は店長室に籠ってるしホールは二人。
私はこっそり田村さんに耳打ちした。
「今日の従食ジョッキでパフェ作らない?二人で食べようよ」
田村さんはそれだけで顔が明るくなった。
「ありよりのあり!それしかないですね柳瀬さん!じゃ、私フルーツもりもりの生クリームデブ盛りで」
「田村さん生クリーム好きすぎでしょ。オッケー、一緒に作ろ」
すぐに乗ってくれた田村さんに私は笑いながらハンディを出して従業員割引でパフェを打った。うちは従業員は定価から割り引いてメニューを食べられるのだ。本当はダメだけど今ならバレないから作れるだろう。
「あれめっちゃ久しぶりですね!だいぶ前に遠藤さんと三人で食べた以来ですよね?」
「あぁ、そうだね。私もあれは遠藤さんに教わったし。てか、もう今のうちに早く作っちゃお?」
私達はそれから生ビールのジョッキを出して秘密裏にパフェを作り出した。
このジョッキパフェを考案したのは遠藤さんだけど遠藤さんはかなりの甘党で店長がいない日を狙って一人で食べていたのを私がある日目撃した。
遠藤さんは泉ちゃんも食べる?と普通に聞いてきたけどあんなに美人なのにジョッキでパフェを食べているのに衝撃過ぎて私は開いた口が塞がらなかった。最終的には少し食べさせてもらったけどそれから私達も食べるようになったのだ。
遠藤さんは秘密裏によくそういう事をしているから私達は本当に影響されている。
私達は上がる時間きっかりにタイムカードをきって、バレないように更衣室で食べた。今回は入れたい物を入れすぎてカロリーがヤバそうだけど今日のクレーム対応が辛かったからもう気にしない。
「柳瀬さんこれマジでデブの好物詰め込んだって感じですね」
田村さんは美味しそうにパフェを食べながら笑った。
「だね。これよく遠藤さん食べてるのに何で遠藤さん太らないんだろうね」
「確かに。んー、でも遠藤さんは美人過ぎて新人類って感じだから全てが違うんですよ。たぶん」
適当な田村さんの返事はなんとなく分かった。遠藤さんはいろんな意味で私達とは違う。
「あー、それは分かるわ。てか、めっちゃうまい…。甘さが身に染みる」
「ですねぇ。私デブ代表として世の中にこのパフェの存在を知らしめたいです。これ絶対商品化したらデブは食べますよね?」
「え、絶対食べるし売れるよ。私もデブとして経済を回す勢いで食べるわ」
体重計は怖いから乗らないけどこれを食べるという行為がデブだから私達は己を生粋のデブと認めている。それにしても田村さん面白い事言うなと思ったら更に田村さんは笑った。
「柳瀬さんそれ新しいですね。めっちゃウケる。私も経済回しますわ」
「うん存分に回しな。こうやってプラスに考えれば罪悪感消えるから何か買う時とか私が日本の経済を回すって考えると良いよ」
「本当柳瀬さんウケる。今日のイライラが浄化されますわ。あっ、そういえば私遠藤さんの彼氏の詳細をゲットしましたよ」
「え?その話待ってた!是非教えて」
私達はその後もパフェを食べながら色々な話で笑いあった。
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