第44話
その日から私達の関係は気まずくなる事もなく今まで通りに戻った。
私は告白してしまったから結を以前より意識してしまっているけど何とかバレないように平然と過ごしている。でも結を前にすると照れくさいし恥ずかしいし、結が本当に輝いて見えてしまって心臓に悪かった。
結と琴美が和解したのは学校でも皆驚いてどよめいていた。二人はあの日から頻繁に話したり一緒にいる姿を目撃しているからだと思うけど当然結の近くにいる聡美と千秋も本当に驚いていた。事情を説明すると二人は信じられなさそうだったけど二人にも改めて謝ってきた琴美を見て二人はようやく納得した。
千秋に関しては昔いじめられた経験があるから大丈夫か心配だったけど琴美は千秋に少し悪口を言ってからかったりしただけみたいだった。しかし結が優しくしている千秋へのその言動を結が見過ごす訳がなく、琴美は激怒した結に何度も千秋に謝らされたらしい。
皆昔からの仲みたいだから琴美を呆れながら許していたけど琴美の言動は子供と一緒で単純で騒がしい。よく休み時間に私達のクラスに遊びに来て私達を大きな声で呼ぶ姿に結はキレていた。
結はあれからそうやって琴美にいつもキレているんだけど結と私と琴美の三人の時は肩身が狭くて仕方がなかった。
昔からこうだったんだろうけど今現在も車の中で私の腕にくっついている琴美のせいで結は本当に機嫌が悪い。
「ねぇ泉?土曜日結と勉強会するんでしょ?琴美も行ってもいい?」
可愛らしく私に訪ねてくる琴美に、琴美とは反対側の私の隣に座っている結がウザそうに答えた。
「あんたは勉強しなくてもできるでしょ」
「違うよ、琴美が泉に教えてあげるの!」
琴美はいつもにこにこで能天気だけど、結はいつも私と二人の時みたいな態度をしながら蔑む視線を琴美に向けている。しかし琴美はこれに全く動じない。というか気にもしていなくてこっちが動揺する。正直私より酷い対応なのに琴美って慣れてんだなって凄いと思う。
「はぁ?あんたが教えて分かる訳ないじゃん。あんたいつも理解不能な言葉と動詞しか言わないじゃん」
「だって上手く説明できないんだもん!でも泉なら分かってくれるから平気だもん!」
はぁ、私は内心ため息をついていた。最近の朝の登校時間は私を真ん中に挟んでいつもこんな感じで言い合っている。琴美がいきなり朝にやって来た日からずっと朝に私を迎えに来てくれていた事を知った結は琴美の車で一緒にやって来るようになった。琴美が何かしでかさないように監視と言う名目で結は一緒に登校する事になったけどこの二人は本当に幼馴染みなだけあって遠慮がない。
「あんたが来たらうるさくて勉強にならないから来なくていいから。バカが移るし」
本当にウザそうにキツい言い方をする結に琴美はムッとしながら言い返した。
「琴美はうるさくないしバカじゃないもん!琴美学年二位だし結との差だっていつも十点未満だもん!結はどうせカンニングでもしてるんじゃないの?たまに全部満点とかおかしいもん!」
「はぁ?私がカンニングなんてセコい真似する訳ないでしょ?喧嘩売ってんの?」
この言い合いに最近慣れつつある私は口を挟まないように黙って終わるのを待っていたけど琴美の頭の良さに驚いた。琴美って言動が幼すぎて同い年か疑うレベルなのに結と同等くらいの頭の良さって本当か?
「琴美学年二位なの?」
思わず聞いてしまった私に琴美はすぐににこにこ笑いながら頷いた。
「うん!勉強はあんまり好きじゃないけど適当にやるとできるの!だから泉の事教えてあげられるよ?」
適当にやるとできるって、いつも意味分かんない時が多いけど何だかんだ結みたいな天才らしい。そりゃそうだよね、他の皆も凄いし私だけだよね一般人。私が感心していたら結はまた横から言ってきた。
「泉、琴美は感覚で生きてるから私達には理解できないよ」
私にもよく理解できるように教えてくれた結に納得してしまった。確かに結の言った通りだと思う。琴美はいつも私達の理解の範囲を越えている。
「結!変な事言わないで!」
それでも琴美は不機嫌そうに結に言い返すけどとりあえず私を挟むのをやめてくれないだろうか。結はもうキレていた。
「はぁ?本当の事でしょ。あんたと話してると話がいきなり飛ぶしいろんな話が出すぎて訳分かんないから。しかも意味不明な抽象的な事ばっか言いすぎ!昨日もばしゃばしゃばしゃって早く回ったらぐしょーんってなって完成したって何なの?最初にミキサーの話って言ってくれる?困惑しかしないから!あんたもう少しまともに話せないの?国語でも勉強し直したら?」
「はー!?琴美は普通だし!なにそれ!琴美楽しいからいっぱい話したいだけだし琴美の気持ち伝えてるだけだから!結のバカ!泉は琴美の事そんな風に思わないよね?」
「え?私?」
結も琴美も容赦なく言いたい事を言うから私はその度にこうやって巻き込まれる。二人でやるなら良いんだけど私に意見求めるのやめてくれる?どっちの気持ちも何となく分かるから意見しづらいわ。
「泉はっきり言ってやってくれる?私が言ってもいつもこうで話聞かなくて疲れるから」
本当に疲れた顔をする結。しかし琴美は私の腕を胸に抱くようにして私に期待するような眼差しを向けてきた。
「泉は思わないよね?琴美可愛いから平気でしょ?今日も自分で編み込み頑張ったし!」
いきなり髪をアピールしてこられてもそういう話ではない。あぁ、どうしよう、言いづらい。私はとりあえず苦笑いしながら当たり障りのないような事を言おうと思った。
「二人ともさ、そんな言い合わなくても良くない?もうそろそろ学校着くからさ…」
「泉!学校はどうでも良いから琴美の質問にちゃんと答えて!」
なぜか私に怒ってくる琴美に目眩がしそう。何も言わない結からの鋭い視線も横から感じるしどうしよう。これは結が正論だから琴美に優しく言ってあげれば良いか、私は言葉を選びながら口を開いた。
「んー、……琴美は可愛いけどもう少し落ち着いて話したい事をまとめて話したら良くなるんじゃない?」
我ながら良い感じに言えたんじゃね?と思っていたら琴美は嬉しそうな顔をして目を輝かせた。
「本当に?琴美可愛い?」
「え?あぁ、うん。可愛いと思うよ?」
そこなの?とズレを感じながら頷いてみたら琴美はいきなり私に抱きついてきた。
「やったぁ!泉に可愛いって言われちゃった!嬉しい~、ありがとう泉!」
「え?…あぁ、うん」
私の言い方のせいで若干噛み合ってないけど事態は収まったようだ。もう訂正しなくていいか、琴美は嬉しそうだし。
それにしても可愛いって言っただけで上機嫌の琴美は普通に可愛いからいつも言われてそうなのに何でこんなに喜んでるんだろう。異常に好かれてるから?強く抱きついて離れない琴美に疑問に思っていたら結が隣から無言で肩を殴ってきた。
「いっっ!!」
あまりの痛さといきなりの衝撃に驚いて結の方に顔を向けると結は不機嫌そうに私を睨んできた。
「チッ……琴美を調子に乗らすなバカ」
「…はい、すいません」
舌打ちもされた私は痛みと恐怖を感じながらとにかく謝った。いきなり殴らなくてもいいじゃんと思いながら肩を擦る。結はそれから私の体に巻き付いている琴美の腕を掴んで離れさせる。
「琴美も調子乗ってないで早く離れて」
「痛い結!」
結はたぶん私を殴った時と同等くらいの力で掴んだのか琴美はすぐに私から離れて不満そうに結を睨みながら腕を擦った。
「琴美調子に乗ってないし、泉に抱きついただけなのに…。羨ましいなら結も抱きつけばいいじゃん」
「は?……目障りなだけだから。もう本当ウザいから黙って琴美」
また結を煽るような事を自然に言う琴美に少し焦ったけど結は珍しく窓の方に顔を向けてしまった。
ん?この感じは間違ってはいないと言う事?結は若干耳を赤くしている。
「マジ意味分かんない!結ウザいね泉」
「琴美はもう本当に静かにして」
ちょっと怒っている琴美に私は即注意をした。これ以上結の機嫌を損ねたら大変だ。そんな私の言う事を琴美は渋々聞いてくれた。
「泉までそんな事言うなんて…。…はいはい分かりました~」
それでもやっぱり腕に抱きつく琴美は私に凭れてやっと静かになった。でも結は気に入らなさそうに眉間にシワを寄せていたから私は結を呼ぶように軽く手に触れながら口パクで謝った。
「ごめんね」
結が私を少し意識してくれているみたいなのは嬉しいけど機嫌を損ねたのに変わりはない。結は私の口パクが分かったみたいでちょっと不満そうな眼差しを向けてから目を逸らす。だけど軽く触れた私の手を握ってきた。
素直に気持ちは言わないけど結は耳を赤くしているから照れているのに違いない。可愛らしい結に私は思わず笑ってしまった。
前みたいになれたけど前とは違う関係になってきているのが実感できてちょっぴり嬉しかった。
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