第42話


「結?私、泉だけど入るよ?」


そう声をかけて少し待ってみるけど結から返事がないから私は遠慮がちに部屋のドアを開けた。


中に入ると結は大きなテレビの前にあるソファの隅に座っていた。結はテレビをつけていないけどテレビの方を向いていて私に反応も見せなかった。

私はそんな結に意を決して近寄った。私がうじうじして逃げてちゃんと謝らなかったからまた結を傷つけた。もう逃げないしちゃんと謝る。私は結の隣まで来ると足を止めた。


「連絡したんだけど勝手に来てごめん。それと、こないだも昨日も……本当にごめん」


「……別にもうどうでもいいから」


結は開口一番に私を見もせずに話す事を拒否してきたけど私はそれでも謝った。ちゃんと言わないと気持ちは伝わらない。


「よくないよ。結に言い過ぎた。本当にごめん。私、聡美から結の事聞いて嫉妬して勘違いしてたんだなって思って悲しくなってた。結が友達を大事にしてるのは分かってたけど琴美は特別で私はちょっと仲良くなっただけに過ぎないんだなって。それで色々考えて、むしゃくしゃして言わなきゃ良かったって思った事いっぱい言っちゃって……本当にごめん」


「もうどうでもいいって言ってるでしょ」


「でも、聞いてほしいから。結が私の事友達として大事にしてくれてるの分かってたのに勝手に色々考えてキレて……ごめん。昨日も心配して来てくれたのに怒らせてごめん」


顔を下げてしまっている結に謝ったけどまだ私の肝心な気持ちを言っていない。これから言わないとならないのか、私は緊張した。今の時点で結は私にもう関心なんかないんだろうけど言って終わりにしたい。泣かせて傷つけた報いを受けたい。


「それで……」


「ごめんごめんって、何なの?」


私が改めて言おうとしたら結は怒っているような口調で言いながら立ち上がった。結は私の目の前に来ると昨日と同じように険しい顔をしていた。


「分かんないから……。謝っても意味分かんないから。昨日琴美が説明して謝りに来たけど、あんたは優しいから琴美と仲良くしたんだなっていうのは分かる。琴美がもう何もする気がないのも分かった。でも……なに?私に何を隠してるの?琴美とじゃないと話せない事なの?」


「そうじゃないよ。その事もちゃんと話そうと思ってたんだよ。……私、私は……」


私の秘密を、想いを言わないとならないのに初めての事に緊張して言い淀んでしまう。言って、謝って、この関係が終わる。その流れが分かっていて受け入れているのに私は上手く言葉が出てこなかった。

結はそんな私を見て私の手を控え目に掴むと悲しそうな顔をした。


「……私の事はやっぱり嫌いなの?私がウザいから琴美と仲良くしだしたの?……私、何かした?……私は泉と仲良くなれて、泉が沢山思い出作ろうって言ってくれて本当に嬉しかった。でも、嫌いなら嫌いって言ってくれていいから。……泉が嫌ならあの約束も全部なかった事にするから、別にいいから」


繊細な結は勘違いをしている。もう泣きそうな表情で俯いてしまう結に胸が締め付けられる。私がまさか恋愛的に好きだ何て思ってもいないから結がこんな風に考えてしまうのは当たり前だった。


私が言った事を嬉しく思ってくれていたのは本当に嬉しいけど、その約束は私のせいでダメになりそうだ。結と一緒にもっといたかったけど私のこの気持ちは友達として好きになってくれた結を思うと最低だ。

私は拳を強く握りながら言った。私の隠していた最低な気持ちを。


「……ごめんね結、そうじゃないよ。……私、私は、結の事が好き。結を恋愛対象として好き。前からずっと結が好きだった」


「……どういう意味?」


私の手を強く掴みながら私を見つめた結は困惑しているようだった。無理もないか、女の私が好きだって言ってるんだから。私は結の目を見ながら話した。


「結と一緒にいたら結の事好きになってた。結の真面目で優しいところが本当に好きだなって思ってた。結は何でも真面目にしっかり考えてて態度とか口は悪いけどいつも優しくて……最初の方から結が好きだった」


言いながらもうこれで最後になるかもしれないから私は黙って聞いてくれる結に笑ってしまった。全部言うけど結に気を使わせたくない。


「本当にごめんね?友達として結が私を好きでいてくれてるのは分かってた。私に友達として接してくれてたのに私は結を友達って見れてなかった。本当にごめん。でも、分かってるから。ダメなの分かってたし、私は結に何かしたかったから約束したりしたんじゃないよ。私、結が笑った顔が好きだからもっと笑ってほしくてあの約束した。結にもっと笑って楽しくいてほしかったから約束したけど……あの約束はなかった事にしていい?……いきなり告白とかされても困るだろうし、女の私に言われてもキモいと思うから、これから結と関わらないようにするから」


「………何で?私は…」


「全部話すから聞いて?これで終わりにするから」


困ったような動揺したような結の言葉を止めた。あぁ、もう終わりだ。自分で勝手に始めた事だ、自分でちゃんと終わりにする。結に優しくしてもらう権利はない。もう結と一緒にいれないんだなと思うと私は思わず涙をこぼしてしまったけどそれでも笑った。


「私さ、下心持って結と接してたんだよ?キモいでしょ?結が好きだから勝手に結の事で色々悩んでモヤモヤして結を避けて、結に酷い事言った。本当にごめんね。もうそんな事ないから。私、ちゃんと諦めてるしこれから結をそんな風にも見ないようにするし関わらない。私を友達として好きでいてくれたのに最低な事思っててごめん」


結の顔を見てられなくなった私は目線を逸らして勝手にこぼれてしまう涙を拭った。諦めるって言ったのにこの恋心はちっとも薄れてくれない。私は本当に結を好きな事を自覚してしまって苦しかった。でも、情けなく泣いてる場合じゃない。結が困ってしまう。私は鼻を啜りながら涙を一通り拭った。


「ごめん泣いて。もう平気だから」


「…平気じゃないじゃん」


私の強がりに結は切なそうな顔をする。最低な私にも優しい結に嬉しくて切なくなる。


「平気だよ。もう本当に平気……結?」


同情しなくて良いから笑ったのに結は私におもむろに抱きついてきた。強く抱きついてきた結に私は理解できなくてどうすれば良いのか分からない。何でこんな事をするんだろう。私の決意が揺らいでしまう。


「あの約束をなかった事になんて私はしたくない。あんた破らないって言ったじゃん」


ごもっともな結の言葉に困ってしまうけど私はそのまま思った通りに答えた。


「そうだけど……私じゃなくて千秋とか聡美とかとしなよ。皆結が言えば喜ぶだろうしきっと楽しめるよ。私は、その……レズだし、キモいじゃん……」


「泉はキモくないから」


本当の事に結は否定してきた。そして私から体を離すと私の服を強く掴みながら結は私を怒ったような、辛そうな顔をしながら見つめた。


「私は泉とじゃないと嫌なの。約束破るなら最初からしないで。あんた最初から……私に告白するつもりなんかなかったんでしょ?だから約束してくれたんじゃないの?大体、全然私に下心なんてないじゃん…。あんたいつもそんな風に私を見てないじゃん。いつも私に優しくしてくれて助けてくれて……今だって私に触りもしない。……そんなんじゃ、私だって気づかないし嫌われたって思うに決まってんでしょ!」


怒鳴って言い切った結には全部バレてしまっている。今まで私は結に明確なやましい気持ちを持って触れた事はほとんどないのは確かだし結にバレないように過ごしていた。でもそれはただの自己防衛に過ぎなくて、私はただ結に嫌われたくなくて自分を守っていた。


「それは……だって……結に嫌われたくないし、私じゃ全然ダメだし……結に嫌な思いさせたくなかったから。……結の事、裏切るみたいで……そんな風にできないよ」


私の言い訳のような言い分に結は引き下がらない。結は私に訴えるように言った。


「私、私って……私の事考えてくれてるのは嬉しいけど泉はどうしたいの?そんな一方的に縁を切られるような事私は嫌。私は泉の告白には驚いたし、正直今は何て言えば良いのか分からないけど別に嫌いじゃないし軽蔑もしない。だから今まで通り仲良くしたいけど泉は、泉自身はどう思ってるの?」


こう言われても私は最初から諦めていたし無理だって分かっていたからどう言えば良いのか分からなかった。もう何もかもダメだと思っていたけど結は真面目で優しいから私の事を考えてくれている。だったら、ちゃんと答えないとならない。私はずっと隠して逃げていたけどもう気持ちを言ってしまったし今更隠さなくても良い。だけど、申し訳なくて後ろめたくて、怖かった。


もう自分の気持ちを言ってしまったけど結に何かを望むなんて、私なんかがそんな事をするなんて身の程知らずも良いとこだ。私の大好きな優しい結を困らせてしまう。


「私は……私は……別に……さっき言った事と……同じだよ。私の事は別にいいよ。私の気持ちなんか…」


「何で言ってくれないの?!言わないと分かんないでしょ!私は泉の本音を知りたいの!それとも、それとも……私には…言いたくないの?」


結は私の気持ちを見抜いたように怒りながら悲しそうな顔をして最後には涙をこぼした。そんな結の顔を見ていると私は切なくて苦しくて、思わず結を抱き締めてしまった。結をまた苦しめてしまって自分が本当に嫌になる。いつまで私は逃げてるんだ。

私は結を優しく抱き締めながら背中を擦った。結にちゃんと言うんだ、自分にそうやって渇を入れながら私は緊張しつつ恐る恐る口を開いた。


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