第13話
結の演奏に聴き入っていたら結はいきなり演奏を止めた。
「これはベートーベンのピアノソナタの月光第三楽章って言うんだけど…」
「結!!めっちゃ凄いじゃん!!私超感動したよ!!結ってマジで何でもできるね!?ビックリだよ!!本当にヤバイよ!!」
私は思わず結の肩を掴んで興奮のまま揺らしながら結を誉めた。数分の出来事だったけどクラシックも聴いた事ない私は本当に感動して興奮した。
ぞんざいな扱いをされてるけど結は本当に天才だ。ちょっとであんなピアノを弾くなんて、結は本当に才能がある。
「ちょっ、……別に大した事じゃないし…」
ウザそうな顔をして私を見る結に、私はそれでも感動したのを伝えたかった。
「いや!めっちゃやばいよ!本当に感動したよ!結って本当に天才だと思う!私とにかく感動した!結ありがとう!!」
「…う、うん……分かったから。体を揺らさないでくれる?」
「あ、ごめんごめん」
少し引かれたから私は慌てて肩から手を離して結が座っている横に座った。他にも聴いてみたいしもっと近くで見たいと思った。
「ねぇ結、結ってピアニストとかならないの?ていうか、他にも何か聴きたい!」
「えぇ?…なる訳ないじゃん。私はピアノは趣味位でしかやってないし」
「趣味でこれなの?!……結本当にヤバイね。尊敬する。どんだけ練習したの?」
ピアノって趣味でこんだけできちゃうの?私はピアノ何か全く分からないけどさっきの曲は何かすんごい難しい気がした。何か指が凄かったから。でも結はどうって事なさそうに言った。
「こんなの適当に練習してたらできるよ」
「適当?!これで適当なの?」
「……うん、そうだけど。ピアノはずっとやってれば弾けるようになるからそんなに難しくないと思うけど」
「あー、そうですか、そうですか。なるほど、分かりました」
やっぱり天才だ。こういう事言うって努力とかじゃなくて持って生まれた才能って事だよね。神様って残酷。負の要素ばっかりの私に比べたら結って本当に勝ち組でしかなくて切ないよ私。
しかし、こんなにできるのに結はコンクールに積極的じゃないのが不思議だった。
「結めっちゃできるのに何でコンクール出ないの?」
結はさっきから私に少し困惑した顔をしていたけど途端に嫌そうに答えた。
「トロフィーとか増えると邪魔だし、あんまり楽しくなくなったから出たくないの」
「…楽しくないの?」
あんだけ弾けるのに楽しくないの?天才の考えている事は全く私には分からなかった。結は自己顕示欲や承認欲求が強くないのは確かだけど、結は心底つまんなそうに呟いた。
「こんなの一人でやってても一緒に楽しんでくれる人とかいないとできたって何にも楽しくないから。弾くのは好きだけど楽譜通りに弾かないと評価されないし、あんな知らない人に誉められても私は嬉しくないから」
結は何だかシュンとしてしまったように視線をピアノに向ける。トロフィーも賞状もメダルも沢山部屋に飾ってあるのに結は一人でやっている事に虚しさを感じたのか、こんなに弾けるのに本当に楽しくないみたいだった。
もったいない気がするけど、結は楽しいとか単純な自分の気持ちが本当に大事みたいだ。でも、分からなくはなかった。趣味を一人で楽しむ人もいれば誰かと一緒に楽しむ人もいるしそれは人それぞれだ。それに、こんな事を言うなんて結は意外に寂しがり屋だからかもしれない。
私は結に密着するように距離を詰めた。こんなに感動して興奮するような楽しい事があるなら私は一緒に楽しみたかった。
「じゃあ、私一緒に楽しみたい。私は結のピアノ聴いてるの好きだからまた聴きたい。それにすっごいワクワクした。ピアノはできないけど私は楽しかったからもっと色々弾いてよ?」
結はいきなり近付いて来た私に少し動揺したような顔をした。
「はぁ?……あんたクラシックなんて分かんないでしょ?ピアノの事だって分かんないのに何言ってんだっつーの」
「確かに分かんないけど、それでもすっごい感動したよ?初めてピアノの演奏をこうやって聴いたけど本当に感動した。凄すぎてもうめっちゃ興奮したし楽しくなっちゃったよ」
「……チッ……分かんないくせにバカじゃないの」
結は舌打ちをして顔をしかめるけどこれはどうやら照れているみたいだ。耳が赤い。しめたなと思った私は両手を結の腰に回すとさらに密着するようにいきなり抱き付いた。
結はそれにいつもとは打って変わって驚いて動揺していた。
「なっ!なに?!あんた、何なの?!離れろバカ!!」
「えー?結がこれからピアノ弾いてくれるまで離れない」
「はぁ?!そんなん私じゃなくても良いでしょ!!」
「結のピアノがいー。結のピアノじゃないとやだ」
私は私を離そうと暴れる結に離れないように抱きつきながら答えた。正直な癖に素直じゃない結は照れてる時は私が優勢だ。結はさらに照れながら私を離そうとしてきた。
「もっ、もう!早く離れて!」
「じゃあピアノ弾いてよ?一緒に楽しもーよー?私よく分かんないけど結教えてよ?」
「……チッ……もうウザいっつーの!」
「良いじゃん結!そんなウザがんないでよ?私が結の家に来た時とかで良いからさ!ね?頼むよ」
私は顔も少し赤くしだした結に笑顔でお願いした。いつもと違う反応はいつもより可愛いくて楽しくなってしまう。お嬢様はスキンシップに慣れていないみたいだ。
「…………チッ」
結はついに舌打ちをすると黙って暴れるのを止めた。相変わらず照れてるけどやっと頷いてくれるのか?結は私をウザそうに見てからため息をついた。
「……たまにね?……あんたが私の家に来た時だけだから」
「やったー!結ありがとう!大好き!」
私は喜びのあまり強く結に抱き付いた。あの演奏がまた聞けるなんて、こんなにも嬉しい事はない。今からワクワクしてしまう。私が浮かれていたら結は私の腕を掴んでウザそうに言った。
「ウザイから離れろ…」
「うんうん、ごめんごめん。結ありがとね、私今からめっちゃ楽しみにしとく。もうワクワクが止まらないよ!」
私は結から離れながらにこにこしてしまった。ピアノって全然興味なかったけど案外良いものだしもっと沢山聴きたい。結はまだ耳を赤くしていたけど私を見て軽く笑った。
「…たかがピアノなのにバカみたい」
照れてるくせに、私は笑いながら答えた。
「バカだから良いんだよ。それよりあと一曲位弾いてくれない?勉強始める前にあと一曲聴きたい」
「はぁ?……全く……」
私のリクエストに結はウザそうに言ったけど何かを思い出したのか得意気な顔をすると鍵盤に指を置いた。
「次はクラシックじゃない私の好きな曲にしてあげる」
「うん!黙って聴いてる!」
結は私の返事を聞いてからまたピアノを弾きだした。
軽快なリズムでピアノを弾きだした結。この曲は私も知っている。シング・シング・シングだ。ワクワクするような早くて明るい曲調は弾いているのを見ているだけで楽しくなってしまう。
結は何度か鍵盤に一気に指を滑らせて弾くといきなり楽しそうに笑いながら立ち上がって弾きだした。
結は本当に楽しそうに口角を上げて歯を見せるように笑いながら軽やかに指を動かして曲を盛り上げるかのように弾いた。
私はそれに目が釘付けになった。
結がこんなに楽しそうに笑うのを私は初めて見た。
早く指を動かしているから私には難しそうに弾いているように見えるのに結はそんな事ないみたいで鍵盤を見ながらただ笑顔で流れるように指を鍵盤に置いて音を奏でている。
その姿に私は衝撃を受けてなぜか胸が高鳴った。結の初めて見た一面に私は心を奪われていた。何なんだこの感覚。自分でも分からなかった。緊張とは違う胸のドキドキは私を混乱させる。曲が楽しくて、結が弾くのを見るのも楽しくてワクワクしていたのに。
私はなぜ曲よりも、弾いている姿よりも、結の顔から目が離せないんだろう。
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