第11話


それから勉強会を開始して私は驚いた。結は学年一位なだけあって何でもすぐ答えてくれるし教え方も分かりやすいしノートは本当に見やすくて完璧だった。

相変わらず言葉遣いは悪いけど特に嫌な顔もしないし私ができるようになると若干笑って誉めてくれて何かいつもより優しい感じがして戸惑ったけど勉強会は順調だった。


「あのさ、私これ読めないんだけどこれは何なの?」


私は強敵古文の勉強に差し掛かった時に以前読めなかった文を結に聞いた。結は横から覗き込むように見るとすぐに答えた。


嗔猪いかりゐ、草中よりあからさまにでて人をふ。意味は怒り狂った猪が草の中から急に出てきて人を追う、だけどこんなのは今も昔もありえない話だからあからさまに、の意味を覚えとけば良いよ」


「うん、ありがとう。結って何でも分かるね、マジで凄いよ」


私はすぐに今言われた事をノートに書きながら言うと結はいつもみたいに舌打ちをした。


「何でもは分かんないから。こんなのやれば誰でもできるし」


「いや、でも私はできないし」


「あんたは元々理解してなかったからでしょ。仲良くなくても誰かしらに聞いたら良かったのに。うちの学校なら大体できるでしょこんな問題」


そんなの私だってとうの昔にやった。でも私が聞くと何か怯えてると言うか明らかに引いて困惑していたから聞かない方がお互いのためだと悟ったのだ。私は思わず苦笑いしてしまった。


「あー、聞いた事はあるんだけど仲良くないから何か相手が困ってて申し訳なくて…」


「は?聞く相手が悪かったんじゃないの?困ってる人がいたら助けるのは当たり前でしょ。そんな事もちゃんとできないようなやつは生き方を見直した方が良いんじゃない?大体困ってたら助けてほしいって思うのは誰だって同じなのにそこに潔く手も差し伸べられないってのは同じ人間として呆れるわ。自分がやられたら嫌でしょ」


「……結って正義の見方みたいだね」


言い方はキツいけど結は本当に良心的で優しい。本当に育ちが良いんだなと染々思う。暴力的で私を本当にぞんざいに扱ってくるけど中身は本当に真面目でまともだ。


「どこが?私は一般論を述べただけだから。まぁ、でも……世の中クズみたいなやつが多いから、そういう事できるちゃんとしたやつはあんまりいないのかもね…」


結はコップに入っているすんごい良い香りの紅茶を飲みながら言った。結については分からない事が多いけど達観して少し諦めてるような言い方からすると結は色々見て経験してきたのだろうか。私は分かってあげられないかもしれないけど聞いてみた。


「何でそう思うの?」


「そんなのパーティーとかに出てたら思うに決まってんでしょ」


「パーティー?」


当然のように言われてもパーティーなんて出た事ない私には到底理解できなかった。結は少しため息をつくと嫌そうな顔をして教えてくれた。


「パパの会社のパーティーとかに出ると私に言い寄ってくるクズしかいなくて嫌になんの。皆うちの会社か私の体目当てって感じで、私を舐めるように気持ち悪い目で見てきて気色悪いの。私が気づかないとでも思ってんのかよって感じ。それで結婚を前提に付き合ってくれとか言われて、付き合う訳ねーだろっていつも思って本当に疲れる。自慢話の一方的なコミュニケーションしかできなくて、気を使う事もできないやつに可愛いとか言われても何の魅力も感じないっつーの」


「あー、なるほどねぇ」


私は結がこんな嫌そうな顔をする理由がよく分かった。つまり社交パーティーのようなのに参加すると金と体目当てのやつしかいなくてうんざりしてるんだろう。それはクズって言われて当たり前だわ。あの表の顔じゃ相手が勘違いしてしまうのは分かるけど、結はそれを何度も経験してるから相当目が肥えて達観しているんだろう。


「あんたも参加すればどれだけダルいか分かると思うわ。食べ物は美味しいけどあんなキモい男に付きまとわれて内心イライラしてしょうがないし」


「結も大変だね。そりゃそう思って当たり前だわ。じゃあ、結って彼氏とかいないの?」


私は少し気になった事を聞いてみた。結ならいそうな容姿だけど結と付き合うってなったら何か色々大変そうだよね。まず生命の危機が常に隣り合わせだし。結は呆れたように舌打ちをした。


「いる訳ないだろ、そんなクズばっかなのに。付き合いたいなんて思った事ないし私は人としてちゃんとしてる人じゃないと無理なの」


「ほぉー。人としてちゃんとしてる人かぁ…。例えばどんな?」


結の理想の人は気になる所だ。だってこんな城みたいにでかい家に住んでる生粋のお嬢様だし才色兼備だし気にならない訳ないよね。態度と口の悪さは置いといて。結は少し考えながら話し出した。


「んー……まずちゃんとコミュニケーションできないと無理。人の話を聞かない自分語りと人見知りとか言うコミュニケーションを人に頼るやつは却下。あとは、ちゃんと相手の事を考えられる人かな…。言わないと気持ちは伝わらないけど最低限の相手を思いやる気遣いはできないと無理だし、強引なやつは嫌い。……でも、最終的には一緒に何でも楽しめる人が良いかな」


今時の女子高生のくせに結は見かけの事を一つも言わなくて私は感心した。結って本当真面目だし先を見てるなぁ。一緒に長くいるとなると外見も大事だけど中身の方が重要になるって考えてるんだろう。


そこは私も同意見だった。私はアルバイト先でたまにナンパされたりするけど、あんな外見だけで好かれても女としてはただヤりたいだけなのかなって思ってしまう。話した事もないのに好きって私としては浅はかって言うか理想と違ったら即別れそうだし相手に失礼じゃないだろうか。



あなたの事は全く知らないけど顔が好みだからヤりたいです。って言われてるのと一緒に感じるのは私だけなのか。確かにそう言う好みは大事だけど他人と長時間一緒にいると言うのは神経を使うし外見がいくら良くても自慢話しかしないやつだったら地獄だ。それでコミュ障だったら一人相撲みたいなもんだし何にも楽しくなくて疲れるだけだろう。


「それは確かに激同はげどうだわ」


私が思わず言った言葉に結は顔をしかめた。


「……ハゲドウってなに?」


あぁそうだった。結はバイト先の友達とかじゃない。あんなお嬢様学校に通ってるし今時の庶民の女子高生が使うような言葉は知らないんだろう。激しく同意を略したとか言ったら呆れるだろうから言わない方が良い。私は慌てて言い直した。


「今の間違えた。ごめん。えっと、すんごいよく分かる。それは同意見だよ私も」


「はぁ。あんたと一緒なのはあんまり嬉しくないけど、そういうやつって世の中広いのにいるのか疑うわ」


まぁ、私みたいな下々代表みたいな女じゃ嫌ですよね。分かります。結が誰かと付き合う日が来たら私はたまげ過ぎておやおやする所かどよめいて頭沸きそう。

私はついでに一応外見の好みも聞いてみた。結のタイプはどんな人だろう、想像できない。


「生きてれば会えるよ。結は見た目のタイプはないの?」


私の問いに結は悩む事なく答えた。


「私より背が高くてキモくないやつ」


随分外見がアバウトだな。百六十センチの私より小さい結はたぶん百五十前半位?だと思うけど結より小さいやつはまずいないと思う。問題はキモくないの基準だ。


「キモくないって……どういう事?」


「はぁ?キモくないは不快にならないって事でしょ」


「あー、うん、それは分かるんだけど……二重が良いとか、眼鏡が良いとかあんじゃん」


これで何て答えてくるのか、結は少し黙ってから口を開いた。


「……良いなと思ったやつ一人もいないから分からない。とにかく私が不快にならないなら何でも良い」


「あー……そう、分かった。把握」


結局分からないこのむず痒さ。だけど頷いてはおく。まぁ、とにかく結は理想が高い訳ではないけど結の心を射止めるのは難しいようだ。理想の人は至って普通の人の特徴だと思うけど普通の人ってバイトして分かったけどあんまりいない。従業員もだけど客に関してはこいつ大丈夫かな?って思うやつが多くて引く。


ていうか、いい人いても結のこの外見で中身これだから初めて目の当たりにしたらお祓いしたくなると思う。顔と言葉遣い合ってなさすぎて幻聴なのかもしれないって疑うし。


「あんたはそういうのあんの?」


結はダルそうに聞いてきた。興味無さそうだなぁ、と思うが私が根掘り葉掘り聞いて答えないなんてダメだろう。


「私は特にないわ。恋愛って全然興味がないし。友達と遊んでた方が楽しいかな」


恋愛の話しは好きだけど私自身は興味がない。好きな人できた事ないし、それよりも私は友達と遊ぶ方が楽しい。私の返答に結は驚いたような顔をした。



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