第3話 はつこい

ミツバチみたいな蜂谷さんを思い出すたびなんだか心が浮き立つようだ。私生活は相変わらず静かに糸を紡ぎそしてそれを編んでいるが、なんとなく上の空になってしまう。


蜂谷さんにまた会いたい 女性どころか生きている人間にこんな気持ちになったことってあったかなあ。蜂谷さんはこんな僕を気持ち悪いと思わないだろうか。


思い切って次の週の休みにまた顔を出してみた。僕は客なんだから店に行くのは別におかしいことじゃない、もし蜂谷さんがちょっとでも嫌な顔をしたら、店に顔出すのやめて通販で材料を仕入れればいいさ、材料にさわれなくなるのは不便だけど。


蜂谷さんはとてもいい笑顔で迎えてくれて少し安心した。レジに商品を持っていき、メンバーズカードを出すと蜂谷さんは「細蟹さんってすっごい珍しい苗字ですよね」とまた陽だまりのような笑顔で言う。この苗字のせいでめんどうがいろいろあるんですけどね、と僕は曖昧な笑顔で返す。まず読んでもらえないですしね。それにこんな珍名だと悪いこととかできませんよ。

「ささがにって、蜘蛛の古語だったんですよね。編み物が得意な蜘蛛さんってすごいぴったりじゃないですか〜」と屈託ない笑顔で言われて僕もつい微笑んでしまった。

そうさ、僕は戸棚の隅っこでひっそり編み物をしてる蜘蛛だ。獲物などだれもひっかかりはしない。それなのに。


「わたし紡いでも紡いでもすぐぶっちぎれちゃうんでいい感じに紡げるように教えてください!」と屈託ない笑顔で言われてつい「いいですよ」と答えてしまった。


まて、返事をしたのは本当に僕なのか?ていうかこの女大丈夫なのか?ほぼ初対面の男に何を言っているんだ?

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