第2話 みつばち

いつものように吉祥寺の羊毛屋へ、誰とも会わないよう開店直後を狙っていったらその人はいた。いつもいる店員さんは白髪を天然染料で染めているなんだか魔女みたいな雰囲気の女性なのだが(編み物をやっていると染めや紡ぐことに興味を持ち始め最終的に自分の白髪まで天然染料で染めだし、オレンジ色の髪の毛の魔女みたいになってゆく。仕事もできるし技術もあるので人としては嫌いじゃないが、なんというか近寄り難い感じがするのであまり話もしたことがない)

「いらっしゃいませー!!!!」勢いが良すぎて店を間違えたかと思って辺りを見回してしまった。棚に天井まで紡いでない染めた羊毛や原毛が積んである、まちがいない、いつもの店だ。


「何かお探しですか!!!!!!!!!!!」明るすぎる声に後ずさりつつ、「店長さんは…?」と聞くと「今日はお休みです!私は新人バイトの蜂谷と申します!」とやや食い気味で返事が返ってきた。ほんとは苦手なはずなのに、なぜか春の光の中を飛んでるミツバチってこんな感じかな、とつい思ってしまった。首に巻いてるモヘアのふわふわしたマフラーがそう思わせたのかもしれない。やや暗い店内でそこだけ光が差したみたいに明るい。


「シェットランドのモカと灰色を500ずつ、コリデールトップを500、あとネットでみたんですが新入荷のアルパカをみせてもらっていいですか?」と答えると蜂谷さんは目を輝かせて「詳しいですね!!!もしかして紡ぐのからやるんですか?」と聞いてきた。小さい声で「ええ、まあ」と答える。こういう手合いとあんまり関わるとろくなことがな「すてき!私ここに入って初めて紬車触ったんです!スピンドルってことばもはじめてきいたくらいなのにすごい!」とおっかぶせるように言われてしまった。いや君と僕たぶん結構歳、違うし…


と思いつつも「紡いでると心が安らぎますよね」と口からスルスルと言葉が出てきた。蜂谷さんは弾けるような笑顔で答え、そしてそれ以上はこちらに詮索されるようなこともなく買い物を終えて出てくることができた。


なんだろう、心になんとなく春の日がさしたような気分だ。

男性なのに編み物するなんてとかうざいことを言われなかったのもはじめてだった。



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