みなさんは虫です

頓服

第1話 出会い

男の癖に と言われながら編み物を隠れた趣味として生きてきてそろそろ20年、彼女居ない歴イコール年齢でもう35年になる。それなりの大学を卒業、そこそこ堅い仕事にもついて、親が「結婚は…孫の顔が見たい…」と焦り出す年齢になってきた。自分はまだ全然一人でやっていけるように思うんだけど、僕を高齢出産で産んだ母が最近少し弱ってきたような気がして、婚活をはじめなくてはと思うと気が重い。


高校も大学の時も、好きなことに打ち込んでいたし僕は目立たない方だったので何事もなくすぎてしまった。正直、心動かされるような人間が二次元にも三次元にも居なかった、ということもある。僕はひたすら編み物を編んでいた。最初は自分の小物から始まり、自分のセーター、親の着るもの、友達にもあげた。最初は喜んでもらえてたのだが、あまりに気合いを入れたからか、「誰からもらったかなんて誰にも言うな」と釘を刺しながらセーターをあげた親友からも「いや、お前の気持ちはありがたいんだけど重いんだ…」と言われる始末。 てめーなんかとだれが恋に落ちるんだバーーーーカ!と捨て台詞で絶縁してしまった。それいらい趣味のことを話す相手もほぼいない。


僕はただひたすら編み物がしたかっただけなんだ。アランニット、ノルディック、フェアアイル、クロシェ編みやレースなど、糸を作って編むことに取り憑かれていた。

そのことに特に後悔はない。面白いので糸を紡ぐところもやってみた。初めての給料で、自分のために糸車さえ買った。自分のために高さ調節までしてもらった「新車」は面白かった。仕事が面白くなくても羊の毛を糸に紡いでいると心が静まった。心が乱れると一定の太さに紡げない。そうやって僕は心をコントロールする方法を覚え、穏やかな人として職場でも影がうすいながら認められていった。


僕はこのままでいいのに。でも気がついたら親が弱っていた。「孫の顔って見ることができるのかしら」という母に、そう言う搦め手は嫌だと思いつつも心は揺れる。落ち着いて考えようと思って紡いだ糸はすぐにでこぼこになってしまった。「これはこれで味がある編み物になるんだが」と考えてしまう自分が痛い。


そんなある日、突然その出会いはやってきた





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