毎日が予定外です 5

「室長、どうしましょう」

「リィエ、このことはほかで話すな」

「な、なにか問題が?」

「問題というより、面倒は避けたいだろう」


 創造主の厄介な恩恵だ、と呟くルドルフさんの言葉に、ジョディさんも同意する。

 やだ、大ごとっぽい。今からでも誤魔化せ……ないよねえ。

 うろたえつつも笑って流そうとしていると、事情を察したダレンさんにまで困った子を見る顔をされた。


「リィエ、どれだけ大変な能力か自覚がないな。過去も含めた全ての言語に通じる人間など、今まで以上に他国からも注目されるに決まってる」

「ダレンさんってば大げさじゃない?」

「本当よ、研究にも諜報にも使えるし。うちの国でも、特務と礼部は確実に囲いたがるでしょうね。ダメよ、研究室に来てもらうんだから」

「そんな、ジョディさんまで……って、礼部?」


 礼部は、ルドルフさんの研究室みたいな国の機関の一つで、主に祭礼と文書に関わる部署だ。

 歴史書や古い公文書なんかの管理もしていて、魔王に関する資料を精査しているのも彼ら。

 とはいえ、もう何ヶ月も経っているのに、ちっとも使える資料が見つからない。

 もともと有用な文書が存在しないからなのか、彼らの仕事ぶりによるところなのかは正直、微妙だ。


「リィエが礼部にいきたいと言うなら別だが」

「それは絶対ないってダレンさん知ってて言ってるでしょう、全力でご遠慮します!」


 礼部の人達とは二、三回会ったことがある。

 部署柄かどうか分からないけれど、こう、格式とか血筋とか伝統とかばっかりを大事にするタイプの人が集まっている印象なんだよな。

 同じ貴族でもジョディさんのようなフレンドリーさは全くなく、プライドも意識も高い系。

 仲良くするのはちょっと難しそうな人たちだった。


「それなら、読めることは黙っておくんだな」

「うん、わかった」


 念を押されて、こくこくと何度も頷く。

 と、そんな私にジョディさんが目を丸くした。


「リィエ、随分ダレンと仲良くなったのね?」

「あ、えっと、いろいろあったので……」


 仲良く、というのとは違うと思う。

 ダレンさん相手に敬語がめんどくさくなった私が、一方的に気安くなっただけ、というのが正しい。


 驚かされて攫われて、目の前で盛大に転ばれて腕を切ってみせられて、衝撃の告白の後にごはんめっちゃ食べてくれて、天然爆弾炸裂されて……。

 うん、本当にいろいろあった。

 改めて考えると収穫祭からこっち、かなり濃いな!


「……いいこと、ダレン。今は一時休戦にしているけれど、独断専行した挙句リィエを怖い目に合わせた貴方を、私はまだ許していないから!」


 ジョディさんにはかなり心配をかけてしまったようだ。

 ダレンさんの眼前に、ビシッと指を突きつけるくらいには怒っていらっしゃる。そして、そんなキリリとした表情もやはり綺麗で、うっとり見惚れてしまう。

 なのにダレンさんってば、火に油を注ぐような返事を飄々と……。


「当人以外からの許しが必要だとは思わないが」

「ダレン、貴方ねえ、そういうとこよ! ちょっと室長、負けないでくださいね!」

「なんの話だ」

「ああもう、こっちはこっちで自覚がないっ」


 なぜそこにルドルフさんが出されるのか。

 よくわからないが、とばっちりを食わせてしまったようだ。すみません、お騒がせして。

 ジョディさんが頭を抱えつつ何やら目配せをしてくるけれど、ルドルフさんは敬語に値する人ですから、尊敬を持って節度を保ちますよ、私は。


「それはそうと、閣下。なにか見つかりましたか?」

「マートルは室内で育てたもの限定なのか。それに色違いの魔石十二粒、フェンネルのエッセンス……」


 ルドルフさんの声かけにも閣下は目を上げず、ブツブツ言いながら魔法薬の本に没頭している。

 こちらの騒ぎも耳に入っていなかったようだが、少しして閣下は顔を上げた。


「――に、サティリオンの粉末を加え、眠りの詠唱にて調合する』……か。ルドルフ君、この部分について研究室長としての見解を聞きたい」


 差し出された本を受け取って、ルドルフさんがふむ、と思案顔になる。

 そう、たしか卵の殻のほかにも手に入りにくそうな材料が複数必要で、結局は作れない幻の薬なのだろう、と思ったのだ。

 だから、それを読んで卵の殻を諦めてくれれば、なんて期待したのだけれども。


「まあ……手間ではありますが、殻を除けば、入手が絶対に不可能な材料とは言えませんね」


 え、揃っちゃうの? 

 ちら、とこちらを見られた気がして、卵をアラクネの布にしっかり包み込んでホールドし直した。いや、渡せないから!


「その上で問題になるのは、このでしょう」

「やはりそこか。普通に考えれば魔術師の範疇だが、これが書かれた時代を考えると、今の詠唱とは違うもののはずだね」

「ええ。古い詠唱の源泉は、魔女のまじない歌に通じます」


 まじない歌?

 たしか――エドナさんの、訪問先の魔女さんが確かそんなことを言っていた。子守唄代わりにしようとして、エドナさんに止められて……。

 つ、とダレンさんに寄って、距離の近さに慣れていない彼にまたギョッとされながら小声で話しかける。


「ダレンさん、呪い歌って」

「魔女だけが使える呪言歌だ。魔女の発する魔力で言葉を編む」

「へえ、そんなことが」

「呪いか祝福か、どちらになるかは、その魔女と文言次第だ」


 なかなか強烈だ。

 というわけで、より一層声を低くして聞いてみる。


「……エドナさんも使える?」

「ああ」


 そっか、じゃあ、卵さえ使えれば薬ができちゃう……いや、ダメだって。

 閣下の気持ちは痛いほど分かるけど、命は天秤にかけるものじゃない。

 それに、魔女については一切口外無用って約束したんだよな。


 卵の代わりになるものを探すか、いっそ薬から離れて別の手段をーーと、私の知らない単語を飛び交わせながら議論をするルドルフさんと閣下を横目に考えた時、腕の中の卵がピクリと動いた。


「ん、起きた?」


 あ、よかった。

 寝る子は育つ、とは言うけれど静かすぎるのも心配で。

 さっきから君のことが話題に上がっているけれど、誰かに渡したりしないからね。


「おはよう、よく寝てたね……っあああ!?」


 そっと布の隙間から覗いた卵の殻に、小さい亀裂が入っていた。







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