毎日が予定外です 3

 卵だけでも安全な場所に連れて行かなきゃ。出入り口も窓も少ない書庫なら――そう思ったのだけれど。


 ぐい、と強く腕を引かれ、反対の手で肩を抱き込まれる。反射的に両腕で卵を庇ったものだから、なすすべもなく簡単に拘束されてしまった。

 くぅ、身長差がそのままリーチの差になるよねっ、知ってた!


「逃げてはダメだよ、リィエ」

「……っ!」


 うわぁ、背後から耳のそばで囁かれるイケボの威力、こんなことで知りたくなかった!

 くるりと向き直させられて、息を切らして駆け寄ってきたダレンさんとルドルフさんが正面になる。

 私と卵を人質のように扱う閣下に、ルドルフさんの眉間のシワはこれ以上ないくらい深くなってるし、ダレンさんも普段に増して無表情……うう、冷気が見える。


「閣下、これは一体どういうことかご説明いただいても?」

「おや、ジュリアンから聞いているのだろう」

「一応確認をと」

「ならば今、君たちに見えているのが答えかな」


 苦々しげなルドルフさんの問いに、公爵閣下は動じることなく……ちょっと待て。

 今の言いようだと閣下が卵を狙っていたことに、陛下は前から気付いていたということ? 

 だとすると、勉強タイムにいつも乱入してきたのは、もしかして監視というか牽制というか?!

 それならそうと一言ほしかったよ、陛下……っていうか、どうしてこの国のロイヤルは自分自身が動いちゃうのかな! 


 ルドルフさんがちら、と目を合わせる。


「リィエ」

「だ、大丈夫、怪我とかないです、卵も寝ているけど無事!」

「そうか」


 あ、ちょっとだけ冷気が収まった。いきなりいなくなったから、やっぱり心配かけたよね……とは言っても、現在進行形でトラブル中ですが!


「さて、逆に訊こうか。どこまで知っているのかい?」


 何のことはないように言って、閣下はすい、と銃を取り出す。こちらへ踏み出そうとしたダレンさんを片手で制して、ルドルフさんが淡々と言葉を続けた。


「陛下が仰るには『閣下が魔王の卵に著しい興味を持っているらしい』と。ですが、王権が欲しいわけでも国を潰すお気持ちがあるようにも見えず、理由が不明だと。そこまでですね」

「なるほど」

「ミルトラのほうで間者を捕えたそうですが、閣下の口から直接お話しいただけると助かります」


 自白を促すルドルフさんに、閣下は薄く笑む。目の端に映る端整な横顔は、何かを諦めたような色をしていた。


「聖女と魔王を解放してください。この場に関しては私が権限を一任されています。今ならば、穏便に済ませるように計らいましょう」

「説得は無駄だよ、ルドルフ君」

「貴方が連れてきた配下のうち二名は、庭に仕掛けられた魔術結界により弾かれ、地元警備隊が収容しています」


 え、結界ってあの薬草畑に無断で入ると全裸で町中に……とかいうやつ? うーわ、かわいそー。

 ドン引き半分、同情半分で現実逃避をしてしまうのは、引き金に指をかけた銃が視界に入り込むから。

 ルドルフさんもダレンさんも、銃口を向けられてなんでそんな平然としていられるの、もしや日常なの? 異世界、実はハードだったりする?


「この付近にいる残りの者も、私の部下が間もなく拘束し終わるでしょう。援軍は来ません」

「さすが研究室の職員は優秀だねえ」

「……収穫祭の会場にいた奴らも、貴方の指図ですね?」

「ああ、君か」


 まるで意に介さない話しぶりに、ダレンさんが苛立ったような声をあげた。それでようやく、閣下の視線がルドルフさんから離れる。


「不思議だね。腕利きの術者で、決して見破られないと豪語していたんだよ。それとも君のほうにがあるのかな? 普通の人間とは違う何かが」

「っ、」

「カーディフェウスト家の三男がずっと姿を見せないでいたのは、どうしてだろうねえ? そうそう、ミルトラは『妖精の取り替え子』の被害に遭ったということだよ」

「なっ?」

「王太子殿下はそれは憔悴していてね。君なら、子を奪われた親を慰める言葉の一つも持っているんじゃないかと思うのだが」


 匂わせる物言いに、ダレンさんが言葉を詰まらせる。――どこまで知っているんだろう、この人は。


「この世の理不尽に対する憤りがあるのなら、愛する者を救いたいと願う私の気持ちも分かるんじゃないかな」


 視線と銃口を二人に向けたまま話す閣下の、私の肩を抱く腕に力がこもる。


「この卵は、貴重な魔法薬になる。それがあれば、オルフェリアを救えるかもしれない」


 ――ああ、やっぱり目的は薬。

 予想が当たって嬉しいのか悲しいのか、複雑な気持ちになる。


「卵が薬の材料に? 初めて聞きましたが」

「だろうね。今では失われた知恵だ」


 知らないと言ったルドルフさんに、視線で問われたダレンさんも首を横に振っている。


「必要なのは殻の部分だけだよ。ミルトラで旧時代の古書が見つかった話は聞いているかい?」

「先年のことですね、話程度には。閣下はそれを信じられたのですか」

「話を持ってきたのは信用ならない人物だったが、情報そのものには信憑性があったからね。ああ、見せられた原書は部分しか残存していなかったが、古代語に改ざんはなかったよ」


 古代語? 古書? もしかしてさっき見てたあの本も、思ったのより何倍も貴重……いやでも、同じものとは限らないし、あれは写した本っぽかったし。お、落としちゃったけど、大丈夫だよね?

 そして歴史に詳しいと思っていた閣下は、古代語も読めるハイスペック持ちだったのか。どうりで授業が分かりやすいわけだ、とまた現実逃避したくなる。


「閣下の博識さを疑うわけではありませんが、礼部にも確認を取らず、ご本人の判断のみでその書と情報を真とし、国と奥方様を天秤にかけたのですか。王族である貴方が」

「王族であろうとなかろうと同じことだ。可能性が少しでもあれば逃すわけがない」

「……奥方様のお体の弱さは、生まれつきと聞いております」

「それがなんだ? 諦めて見殺しにしろというのか」

「いいえ。薬を求めるにしても、ほかに手がなかったのかと」

「手は、尽くしてきた」

「存じております」


 そう言って、ルドルフさんは肩を落とした。






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