この告白も想定外です 3
「俺は、研究室の臨時助手として、卵の魔力測定と分析を担当していた」
変化し続ける卵の膨大な魔力は、いくら調べても終わりがない。
帰宅もままならぬ現状に、研究員達からは冗談交じりの愚痴が溢れる。
『自分に恋人の一人もいないのに、必死になって
『まったく不毛だ……』
『あ、なあ、この召喚システム使えば、魔力相性最高の相手を見つけられるんじゃね?』
『いいなそれ!』
――耳に入った、たわいない戯言につい思ってしまった。
「世界中を浚って聖女を探せても、自分にそんな相手はいない、と」
忌むべき存在の妖精の取り替え子。
刻まれた印を隠していればこそ、こうして他人とともにいられるが、親でさえ素肌には触れられない。
「確実に触れた者の命を削る。相手以前の問題だ」
そう、諦めた顔でダレンさんは薄く笑う。
「研究室での作業自体は、興味深かったし文句はなかった。だが、『聖女』を探すということ自体、俺にはどうでもよかった」
もともと就いていた財務の部署も、特に希望したわけではない。それを言えば、自分が生きていることそのものに、さほど関心がなかった。
聖女が見つからずに青竜の怒りで国が滅び、自分も死ぬことになったとしても、なんの感慨もない。
その程度の思い入れしか、この世になかった。
行動も人生も制限される不自由さは、誰を責めたところで解消されるわけもなく、疲労もあいまって苛立ちが燻る。
そんな時、測定器に載せようと触れた卵から突然、意識が伝わってきたという。
聞こえたのは、自分だけ。
その時一緒に作業していたルドルフさんでさえ、気づいた様子はなかったそうだ。
「卵の魔力は殻によって遮断されていたし、そもそも言語化されていなかった。それが突然、声として脳内に響いてきた」
「卵はなんて言ったの?」
「『妖精の縁者』、と」
まだ生まれる前とはいえ、相手は魔力的に遥か上位の存在だ。殻も手袋の布も越えて、自分が持つ魔力を見破られたこと自体に疑問はない。
だが、次に掛けられた言葉は、全くの予想外だった。
――お前の『聖女』も探そうか。
「ダレンさんは、それに」
「……できるものならやってみろ、と」
見つかるわけがない。
半ばヤケクソの返答に卵は笑った。
笑って言った――いいよ。ただし、少し遠くなるね、と。
「卵の意志が感じられたのは、その一度のみだ。不安定だった測定値が、まるで目標を定めたかのように安定して増加し始めたが、それが何を意味するかは依然分からなかった」
まさか異世界まで対象が広がるとは、その時は予想しなかった、と悔やむ気持ちを滲ませる。
「妖精や精霊に国境はない。この世界のすべてが彼らの影響下にある以上、そうなるのは必然だったのに」
卵は、自分の望む『聖女』に、ダレンさんのそれも重ねて探させた。
結果――私へと針は定まる。
至近の最小公倍数が異世界って、ちょっと、うん。分かるけどさあ?!
「界を越えるには身体が邪魔だ。なら、どうする?」
「……魂だけ抜けばいい、ね」
「上位の精霊や霊獣なら不可能ではない。創造主に願い、新しい体を得ることも」
『この世界に来るために、向こうでの生を強制的に終わらせられた可能性』
引っ掛かっていたダレンさんの言葉は、そこに繋がるのか。
「異世界に届いた探査網の画面を見た時に、すぐにリィエがそうだと分かった」
「あ、そういえばダレンさんが見つけてくれたんだよね。ほかにもいっぱい人がいたでしょう、どうやったの?」
「なにも。リィエだけがはっきり見えて、ほかは背景だった。間違えるはずがない」
「っえ、っと」
うわ、びっくり。
ダレンさんにそんなつもりはまっっったくないはずなのに、熱烈に告白をされた気分になるのはどういうことっ? やだ、自意識過剰!
どうにか表情を取り繕う私とは反対に、ダレンさんは淡々と話を続ける。
「人生も身体も取り上げて、捨てさせた」
「そ、それはちが、」
「違わない。リィエが聖女に選ばれたのは、俺が原因だ」
ここでどんなに否定しても、通じないんだろう。
それが分かるから、ちょっと切ない。
「その上、室長が探査糸の操作に長けていなければ、魂すら喪失しておかしくない危険な状況だった」
布の中の卵もカヤカヤとなにか言っているけど、待って、一度に両方は無理。ちょっと今そんなに情報処理できない。
「……リィエは、城から出たがっていた」
「え」
待って、どうしてバレてるの。
誰にも気付かれないようにしていたのに。
誰も気付いていないと思っていたのに。
ほとんど会わない、ろくに話もしたこともない人に見破られていたなんて。
「そんなに……分かりやすかった?」
驚いて、カチンと固まってしまった口をなんとか動かす。
「リィエをずっと見ていたからな」
「っ?!」
だから、もーーっ!
言葉だけ聞くと、口説かれてると勘違いするんですけど!?
こっちは免疫ないんだから、もう少し違う言い方をしてほしい。切実に。
「で、でも、シーラさんとか、研究室の皆もよくしてくれるし、言うほど嫌っていうわけでは……」
「少なくとも、城よりはここにいるほうがいいと思った」
セレブな暮らしは分不相応だし、たしかにこういう庶民的な家のほうがしっくりくる。
――けれどさ。
「自分が誘拐犯になると分かってて、攫った理由はそれ?」
「そうだが」
「ええー、本当に……もうちょっと、自分を大事にしようよ……」
当然といわんばかりの返事に頭を抱える。
話の途中から、そうじゃないかと思ったけれど――ダレンさんの一連の行動は、罪悪感からくる贖罪の一環だったか。
……だとすると、やっぱり私が原因か。ごめん!
「あそこにいると、どうしたってリィエは『聖女』としてだけ扱われる。それが負担だと思っていたが」
「いや、それも、嬉しくはなかったけれど」
卵を抱いているだけの一般人なんだもの、特別扱いされても戸惑うばかり。
警備や豪華な待遇は全部
でないと、勘違いしそうで怖かった。
「でも、違った。誰とも関わらず、一人で生きていくつもりだったんだな」
火事のことまで話してしまった今となっては否定もできなくて、ただ、頷いた。
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