この告白も想定外です 2

 ぱちぱちと瞬きを繰り返して、もう一度ダレンさんの腕を見た。

 そうしている間にも、まるで録画の逆戻し再生のようにして傷は治っていく。


「へ、平気なの?」

「ああ」


 肌に血は残っているけれど、傷口はぴったりくっついて模様も元通りに見える。

 どうやら大丈夫らしいと分かったら、体から力が抜けて、へにゃりと膝が折れてしまった。


「心臓に悪い……!」


 うわあ、気が緩んで朝から涙が出そう。

 しゃがみ込んだまま顔を卵に埋める私の頭上から、庭木に止まる鳥の鳴き声と一緒にダレンさんの声が降る。


「取り替え子は妖精の影響を強く受ける。この治癒は、人ならざる魔力の発露だ」

「そんなこと知らないし」


 顔を上げてダレンさんを見たけれど、逆光で表情はよく分からなかった。


「あれ、もしかして昨日の、頭ぶつけた時も?」

「……まあな」

「えー?!」


 こんなふうにすぐ治るなら、自分で手当てとかしないよね! そりゃ、やり方を知らないのも納得だ。

 むしろ、よく私の言うことに付き合って冷やしてくれたなあ。案外いい人か。


 ――でもね、でもですよ。


「……痛みは?」

「痛覚は影響を受けない」

「痛いんじゃん!」


 それなのにわざわざ傷つけるなんて、はっきり言ってやめてほしい。

 インパクトは十分にあったから、言葉で聞くより理解が早かったのは確かだけれど。ほんと、ないわー。

 涙目で睨みつけたら、バツの悪そうな空気が漂った。反省しなさい、反省っ。


「もう少し、自分を大事にしてよ」

「……」


 ふう、と詰めていた息を吐いて立ち上がり、もう一歩近寄ってよく腕を見せてもらう。

 うわ、もうかすり傷程度に薄くなってる……不思議。

 確かめるように指先でつ、と触ると、ダレンさんが分かりやすく動揺した。


「っ、おい!?」

「あ、ごめん、痛かった? 本当に治ったかなーって」


 ちょこっと触れたくらいで、そんなに驚かなくてもいいと思う。

 いきなり目の前で自傷行為をされた私のほうが、よっぽどギョッとしたんだけどな。


「痛くはないが……フォルトリディアーナは、何も教えてないのか?」

「ジョディさんたちは、ちゃんと教えてくれているよ。ペースが遅いのは、生徒わたしの問題」


 魔力関係は基礎がゼロどころか、マイナススタートな気がすると言ったら、ダレンさんは模様のあるほうの腕を額に当てて天を仰いだ。

 呆れられるのは慣れたけど、ため息ばっかり吐いていたらダメだって。幸せが逃げるぞー。


「……皮膚接触を通して魔力が感じられる、ということは?」

「知識だけね」


 お互いの素肌が直接触れ合っている時に魔力を流すと、自分の魔力を相手に伝えることができると、習ってはいる。

 ただ、私は魔力の感度が鈍いらしく、何度試してもよく分からなかった。


「俺の中にある人外の魔力は、意図しなくても、触れた相手に強制的に流れ込む」

「そうなの?」


 え、さっきは何も感じなかったよ。指先だけだったから?


「健康な人間でも気分が悪くなるが、病人や子どもには微量でも致命的な刺激だ……妖精の取り替え子が、別名『死の使い』と呼ばれる所以だ」


 そう言うダレンさんの表情は、抜け落ちたように何も浮かんでいなくて――

 ああ、そうか。

 だからこの人は自分から距離を取ろうとしていたし、手袋もずっと着けていたのか。


 ……なんだか、もう。

 赤ちゃんの頃に攫われて、戻ったら死神扱いって酷くない?

 ちょっと、妖精さんに物申したい。関係者全員、そこに正座だ。


「その、取り替え子って頻繁にあること?」

「公式の記録はかなり昔の例だけだ。自分がそうだと公表する酔狂な奴はいない」


 ――ちょっと待て。


「ダレンさん。どうしてそれを私に?」


 そんな大事なことを、よく知りもしない人間に教えるのはそれこそ「酔狂」だ。

 まあ、聞かされた今もピンときていないから、別に態度は変わらないというか、変えようがないけれど。


「リィエだけでなく、師匠も知っている」

「あー、エドナさんは、そうだろうね。でも本当は、わざわざ言いたくなかったんじゃないの?」


 多分、エドナさんはダレンさんの家と何か繋がりがあって、妖精の元から戻った彼を引き取ったのだろう。

 王都の貴族家の息子が、地方の、しかも集落から外れた魔女の家で長く過ごしていたというのも、そう考えるとしっくりくる。


 口外なんてしないけれど、一般論に疎い私では相談も乗れやしない。秘密なら、広めるようなリスクを取らないはずなのに。

 背の高い彼を見上げると、どうしてか卵がふるふると震えた。どうどう、落ち着いてー。


「……このことがなければ、リィエは事故にも遭わず、この世界に来ることもなかったはずだ」

「それ、昨日も言ったね」

 

 もしかして、その「妖精の取り替え子」うんぬんが、私の召喚に関わりがあるということだろうか。

 ふと浮かんだ考えを肯定するかのように、ダレンさんは口を開く。


「リィエと、ソイツの魔力属性の一致率が限りなく高いのは事実だ」

「うん」


 だからこそ呼ばれたわけで。

 卵ちゃんのことをそいつって呼ぶのは気になるけど、今はスルーだ。話を聞こう。


「だが、率はリィエより低くとも、魔王を育成できる程度に魔力が合致する人間は、この世界にもいる。あえて異世界から連れてくるような危険を冒す必要は、ない」


 実際、過去の『聖女』は全員この世界で見つかっている。

 ええと、それは、つまり。


「……『聖女』は、私でなくてもよかったということ?」

「そうだ」


 忌々しそうに卵に向けるその強い視線は、いつぞや私を睨んだのと同じ。……あれは、もしかして私じゃなくて卵に対してだった?

 いやでも、そんなに怖い顔はしないでほしい。

 卵は別に怯えたりしてないけれど、私がいい気分しないでしょう。


「……ダレンさんは、この子となにがあったの」


 両手で隠すように卵を抱くと、吹いた風で上がった前髪の向こうで、ダレンさんの瞳が気まずそうに揺れた。


「召喚の準備を手伝ったってジョディさんから聞いているけど、その時?」


 ほかに機会はないはず。だから、質問というより確認だ。

 言いにくそうにするものの元から隠す気はないようで、ダレンさんは鳥の声が途切れるのを待って話し始めた。


 ――研究室で、卵の魔力を調べていた日のことだ、と。




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