この告白も想定外です 4
事故に遭い召喚されて、と、今回二度目の喪失を経験した私は改めて実感した。
なくして悲しむようなものは、いっそ最初から持たないほうがいい――と。
物や場所に執着しないようにするのは、別に難しいことじゃない。必要以上の興味を持たなければいいだけ。
人間関係もなるべく浅く平易に、特別な誰かを必要としないように。
離れたときに「ちょっと」寂しい以上には感じないように。
親切で差し伸べてくれた手すらも素直に取れないのは、臆病だと自分でも思うけれど、モノよりも人のほうが失くしたときのダメージが大きいからね。
空いた穴は、埋められないし。
そんな私の脆弱な人間関係で唯一の例外が、この卵。
この子だけは、たとえ離れても絆は切れないと無条件で信じられる。これが「魔力属性が近い」ということなのかはよく分からないけれど。
物理的に他人と距離を取らざるを得ないダレンさんと、心理的な壁が崩せない私は多分、根っこが同じような気がする。
とはいえ、なるべく心を揺らさないようにして過ぎるのを待つだけの私と、手段はともかく行動に移したダレンさんとの違いは大きいのだろうな。
「なんにせよ、元凶は俺と
「んー、被害者っていうのはピンとこないけど……それに今の話って、ダレンさんの推測でしょう」
「証拠はない」
聖女召喚の成功後はすぐに元の部署に戻されてしまい、改めて問いただそうにも卵に接触できなかった、と不本意そうだ。
「昨日この子に触ったよね、その時は?」
「……なにもなかった」
「だったら」
「ほかに説明がつかない」
「こだわるなあ」
苦笑いで否定するものの、実は私も、ダレンさんの考えはそう間違っていないと思う。
だって――さっきから卵が、すっごく気まずそうに震えているからね。
『えっ、ダメ……だったの……?』って、涙を溜めた上目遣いでプルプルしている姿が眼に浮かぶんだもの。
これだけ具体的に伝わってくるのだから、もう、そういうことなんだろう。
それで、今のダレンさんの話が事実だったとして……うん、うちの子やっぱりかわいい。嫌いになんてなれない。
なにをされても愛しいだけって、初孫に浮かれる祖父母か。
こんなふうに思っちゃうくらいだから、やっぱり、生まれたら距離を置かなきゃね。
「もしダレンさんの言うのが正しいとしても、この子に悪気はなかったと思うんだ。異世界まで探させたのは、『妖精の取り替え子に、なにかしてあげたい』っていう素直な気持ちからじゃないかな」
この切り返しは予想外だったみたいで、ダレンさんは意外そうに目を見開いた。
「好意からの申し出だとは考えてみなかった?」
「……悪意がなければ許される、というわけではないだろう」
「まあ、そうだけど。善悪って場所や時代で正反対になったりもするし。でも、卵のしたことは罪になる? この国の法律で、その行為は裁けるの?」
「……」
言いよどんだダレンさんは、ハサミに目を落とした。
天気に文句を言っても意味がないのと同じで、精霊や妖精に人間の常識は通用しなくても仕方ない。
取り替え子と今回と。二重に当事者である彼にとっては、割り切れることではないだろうけれど。
「それに、あの時召喚されなくても、別の日に線路に落っこちたかもしれないし。もしかしたら私のいた世界は今頃、隕石が降ってきて世界中で大変なことになっているかもしれないし」
「さすがにそれはないだろう」
「わかんないよー、『絶対』はないんだから」
『たられば』も『もし』も、可能性の一つではあるけれど、『今現在』は
こうだったらいいのに、と悔やむよりも、どうしたらいいのかな、のほうが気分的にいいよね、きっと。
「正直、体が変わっちゃったのは残念だけれど、そのままだったら生きていられなかっただろうから、それよりはいいかなあ、とも思うし」
最期のあの状況からいって、きっと即死、運がよくて瀕死の重傷。
治療がうまくいっても、元通りの生活に戻れるとは思えない。
こちらの創造主さんに排除されるだろう未来も併せると、なんにせよ詰んでいる。
「だから、ダレンさんが責任を感じることはないよ」
まだ納得していなさそうな彼の背後に回ると、地面に置いてあった収穫カゴを取り上げた。
ルッコラみたいな青菜や、小さめのナス、まだ土がついたままのカブなんかが入っている。おお、採れたてでおいしそう。
「おい、話はまだ」
「そろそろ朝ごはんにしようよ。ここの庭や畑って、エドナさんが手入れしているの?」
「……師匠と、ほかのやつらが」
「ほか?」
あれ、同居人がいたんだろうか。私、挨拶もしてないよ?
ちょっと焦ってキョロキョロと探すと、話を打ち切った私にむすっとしつつも律儀に教えてくれる。
「家付き妖精がいる」
「え!? さすが、魔女さん
「別だ。種族というか、妖精にもいろいろいるから」
ああ、それならよかった。
なにがよかったのかはよく分からないけれど、なんとなく安心。
聞けば、妖精にしては少し大きめの、膝下くらいの身長で、ここには数人いるそう。
「あいつらは家人に見られるのを嫌う。もし姿を見かけても、気づかないフリをしておけ」
「うん、わかった」
シャイなのか。ここにいる間にちらっとでも見かけたらいいなあ……あ、もしかすると、さっき私に洋服を出してくれたのは、彼らなのかもしれない。
しゃがみこむと、畑に向かって両手でメガホンを作る。
「はじめましてー、リィエと卵です。昨日からお邪魔してます!」
「……なにをするのかと思えば」
「挨拶は大事だよ。さ、戻ろう」
立ち上がり、さくさくと家へ戻る私の少し後ろを、諦めたように歩く人に振り返って呼びかける。
「あ、そうだ、ダレンさん」
「なんだ」
「方法は問題ありだし、先に話してほしかったとは思うけど」
そっぽを向いていても聞こえているよね。
「でも、ありがとう」
この人なりに、私のことを思ってくれたことには違いないから。
驚いたように足を止めたダレンさんの向こうには、高くなり始めたお日さまがあって、表情はよく見えなかった。
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