その告白は想定外です 4

 エドナさんの台所は、学校の理科室を思い出す白くて四角いシンクで、コンロは蚊取り線香みたいな渦巻きコイルが熱せられるタイプだった。

 配置には不自然な動線もなくて、初めての場所ではあるものの使いにくさは感じない。


 鍋で粗みじんにしたニンニクを炒め、小さめダイスに揃えて切った各種根菜を加えて水から煮始める。

 煮立ったらアクを取って、蓋を少しだけずらして弱火でくつくつ……。

 塩で味を調えて好みで胡椒を振ったら、簡単ミネストローネだ。

 トマトやセロリがあったらもっと良かったんだけど、よいよい。贅沢は言うまい。


 ソーダブレッドのような楕円型のパンをスライスしながら、少し離れてテーブルを片付けるダレンさんに声をかけた。


「ダレンさん、一般的な台所ってみんなこんな感じ?」

「一般的という言葉の定義がまず必要だが」


 ダレンさんは片付けの手を止めたものの、顔は上げないまま返事をする。

 ほう、定義ときましたか……質問を変えよう。


「あー、じゃあ、このコンロの熱源は? 本物の火は使わない?」

「旧型のものには実際の火を使用する機器もあるが、そこのは魔力が使われている。下にあるオーブンも同じだ」

「やっぱり動力は魔石なんだ。でも魔石の魔力って、使えば無くなるんでしょう」

「ああ。定期的に交換が必要だ」


 コンロだけでなく、動力を使う物は大抵魔道具である場合が多い。修理やメンテナンスは、電気店ではなくて魔道具店か魔石専門店だそう。へえ。


「使いにくいか?」

「ううん、知りたかっただけ。お城では見なかったから」


 お姫様生活な私が使わせてもらえた魔道具は、部屋の照明くらいだ。

 私の言葉にダレンさんはそうかと頷いて、また片付けに戻る。テーブルはだいぶ天板が見えてきていた。


 ダレンさんは相変わらず、自分から不用意に話しかけたり、近づいたりしてこない。きっと彼なりに今の状況を気にしているんだと思う。


 本当なら、私と二人きりじゃなくて、エドナさんがいる予定だったものね。

 それでもって、私の相手はエドナさんに任せて、自分は関わらないつもりだったんだろう。当てが外れて残念でしたー、だ。


 でも、こうして聞いたことにはちゃんと答えてくれる。

 行きの車中で無視されたのは、あれはもしかして「その後の計画」を思って緊張していたのかな、とすら今の私は思っちゃうよ。


 ……なんだっけ、こういうの。

 犯罪下で、被害者が加害者に好意的な心理状態に――そう、ストックホルム症候群。

 えー、いや、ないない。

 いや、私そういうタイプじゃないし。違うと思う。


 なんにせよ、ダレンさんの事情がまだわからないし……後で聞こう。聞いて、その上でまた考えよう。

 難しいことは置いておいて、今はごはんなんだってば!

 頭をふるりと振って、意識を手元に戻した。


 スープの鍋がかかっているコンロの隣に、黒鉄(に見える)のフライパンを用意する。

 ベーコンを乗せると、じゅう、と焼ける音とともに香りが立ち上った。

 卵も抱きっぱなしでエプロンもしていないけれど、離すつもりもない。汚れや熱からは、アラクネの布が守ってくれると信じている。


「んー、いい音! ……っと、忘れてた。あれ、換気扇はどこー?」

「かんきせん?」

「料理していると台所が煙くなるでしょ。それに匂いも」

「ならないが」

「え?」


 よく見ろ、と示されたのはコンロの向こう側の端。

 スリットが入っていて、フライパンからの煙や鍋の湯気は、全部そこに吸い込まれていた。


「便利……!」


 なに、これってあの面倒なシロッコファンの掃除とかしなくていいわけ? すばらしい!

 コンロ自体の使い勝手は直火とIHの間くらいかな。火力調節に少しとまどったけれど、慣れればどうということはなさそうだし、こういう便利魔道具なら親しみやすいわー。


 ウキウキで調理を続ける私の視界の隅で、ダレンさんは珍しいものを見る表情だ。

 いいじゃないか、今の私の生活知識は幼児と同レベルなんだから。でもねえ、新しいことを知るっていうのは、楽しいんだぞ。


 そうこうするうちに、ベーコンは両面こんがりと焼きあがった。

 おいしそうになったそれをお皿に移すと、フライパンに残った脂でそのまま今度はパンを焼く。

 一人二枚で、二人分だから四枚ね。


 パンは、中心を丸くくり抜いてある。くり抜いた部分も、フライパンの端で一緒に焼くよ。大きいフライパンだから一気にできて助かる。

 その全部の穴に、目玉焼きイン、な感じで玉子を割り落とした。


「塩をほんの少しと、胡椒……調味料もだいたい同じなんだなあ」


 台所には砂糖やビネガー類など、各種調味料が揃っていた。

 缶詰もあったけど、残念なことに、コンソメやカレールーといった便利調味料や、カップ麺などのインスタント食品は見当たらない。

 エドナさんはマメに料理をする人らしい。ここを出るときには使った分をちゃんと返さなきゃな。


 さて、玉子の黄身がふつふつとなってきたら、そのままえいやっと裏返す。よし、パンの焼き色もいいね!


 ここでバターをひとかけ追加して、反対の面も焼いていく……あああ、いい匂い。もう倒れそう。

 調理を始めてから目を覚ましたらしい卵が、気のせいじゃなく、抱っこ帯の中で動いている。

 ね、そうだよね、おいしそうだよね!


 裏面も焼けたところで火を弱める。

 二枚はお皿に取り出して、さっきのベーコンを乗せて、ケチャップに似た少し辛みのあるソースを軽く振った。

 で、残りの二枚はフライパンに入れたまま、薄切りにしたチーズを乗せて……やだもう、とろんと柔らかくなったチーズの視覚的暴力がすごすぎる!


 ベーコンを乗せた目玉焼きパンの上に、もう一枚のチーズ目玉焼きパンを、チーズが下になるようにひっくり返しながら重ねたら――はい、エッグトーストの出来上がり! 

 あーもう、おーいーしーそーうーーっ!!


 ミネストローネの野菜もいい感じに煮えている。この、複数の品がタイミングよく出来上がった時の達成感ったらないね。

 今日は二品だけだけど、初めての台所で初めての調理器具で、という状況下では十分でしょ。


 そんなふうに、手間なんてかけなくて量で勝負な感じになったけど、久しぶりの料理は実に楽しかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る