その告白は想定外です 5

「よーし、完成!」

「手早いな……」


 空腹が原動力だけど、二台のテーブルの片付けをあらかた終えたダレンさんも十分早いと思う。

 あの大量のモノはいったいどこに。


 それはそうと、スープを味見したおかげで、さっきから腹の虫が活動を再開しているのだ。静寂は危険とばかりに動き回って配膳を終える。

 対面で食器が並べられたテーブルを見て、ダレンさんが固まった。


「なにしてるの? ほら座って、一緒に食べよう」

「いや、同席は」

「え、なんで?」


 食事は男女別、とかいう決まりはなかったはず。

 気まずそうに目を泳がすダレンさんは、また何か気にしてるっぽいけれど無視だ無視。


「いいから早く、もう限界」


 再度促して、ようやく席に着いてくれた。

 ほっと息を吐いて、両手をぱちんと合わせる。


「いただきます」

「……それは?」

「食前のお祈りと似たようなもの、かな」


 シーラさんにも不思議がられたけれど、習慣なので。

「創造主」の奇跡を目にする機会があるせいか、この世界は宗教戒律的なものは厳しくない。

 お祈りをする人もいればしない人もいて、私のこの説明で皆納得してくれていた。


 カトラリーを持ち、さっそくトーストにナイフを入れる。

 さっくりと焼けたパンを切ると、中からは目玉焼き、カリッと焼いたベーコンが層になって現れた。

 フォークを刺すと、柔らかくなったチーズがゆったりと糸を引いて持ち上がる。


「……はう、おいしー」


 うん、塩加減も大丈夫。素朴な味のスープにもほっとする。

 ぱくぱく食べ進める私に少し遅れて、ダレンさんも食べ始めた。


 しげしげと眺めてから丁寧に切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。

 ……きれいな食べ方するなあ、この人。

 そっと窺っていると二口目から少しペースが上がったから、どうやら口に合ったらしい。

 安心していたら、珍しくダレンさんが話しかけてきた。


「……本当に料理できるんだな」

「信じてなかった? まあ、手の込んだものは作れないけど」

「これくらいできれば、十分だろう」

「いや、全然。私が育ったのは、世界各国の料理を楽しむタイプの国だったし」


 半信半疑なようだけど、日本ってレストランだけでなく、家庭料理でさえバラエティーに富んでいるよね。

 今日は和食で明日は中華、明後日はパスタで週末はカレー。チーズフォンデュの翌日には、たこ焼きパーティーだ。


「私が作れるのは簡単なのばかりで、レパートリーも多くないし。はい、あーん」

「……リィエ、何を」

「だって、仲間外れはかわいそうでしょ」


 フォークに刺したパンを卵のそばに持っていってたのを、見とがめられた。


「食べるわけないだろう」

「でもこの子、喜ぶんだよー。ほら」


 食べ物を近づけると、ぷるぷる震えて嬉しがるんだもの。匂いくらいは分かっていると思うんだ。


「大丈夫、コーヒーとお酒はあげてないから!」

「……」


 カフェインとアルコールは、大人になってから。

 ダレンさんは私に分かるほど肩を落とすと、もくもくと食事を続けたのだった。



* * *



 薄いカーテンから差し込む朝日のおかげで、目が覚めたのはまだ早い時間だった。

 初めての場所で眠れるかしらー、なんて、しおらしい心配は無用だった。

 ええ、ハイ。ものすごく熟睡できちゃいまして、体調もバッチリ。


 連日お出かけ着は厳しいので、なにかエドナさんの服をお借りできたら――と思ったけれど、エドナさん、さすが魔女。ワードローブが見事に黒ワンピースばかりだ。

 しかも、エドナさんって私よりずっと背が小さいから、私が着るとミニ丈になってしまう。いろんな意味でアウトだ。


 どうしたものかと悩んでいると、カタンと音がして背後のベッドの上に服が落ちてきた。

 広げてみれば、これもやっぱり黒のワンピース――ただし、私の身長にぴったりサイズ。


「え、どこから?……もしかして、これを着ろってこと?」


 不思議―。でも、魔女さんのお宅だし深く考えないほうがよさそう。


 着替えて卵も抱っこ帯に入れる。カーテンを開けると、窓からは庭が見下ろせた。

 昨夜の話題にも出た庭は、緩い仕切りで花壇や畑になっている。


 ……あのヒマワリみたいな花、なんであんな毒々しい紫色なんだろ。

 しかも気のせいじゃなければ揺れているよね? 風とかじゃなくて、楽しそうにくるくる頭振っているよね!?


 うわうわ、と珍しい植物達を見ていると、背の高い植物が生えている一角にダレンさんの姿があった。

 ――あれ、侵入防止のヤバい魔術は?

 思わずバン、と窓を開けると、ダレンさんに向かって声を張った。


「だ、ダレンさーんっ! 平気ー?!」


 声にぎょっとしてダレンさんはこちらを見上げたけれど、一向に庭を去ろうとはしない。

 慌てて階段を駆け下りると、台所の裏口から外に出る。


 ダレンさんは足元に籠を置いて、普通に野菜の収穫中だった。


「あれ、侵入防止のえげつない魔術は?」

「昨日言ったはずだが。夜間でなければ、庭の魔術は解除可能だ」

「あ」


 そうだった!

 お仕置きのインパクトが強すぎて、すっかり忘れていた。


「あーっと……朝からお騒がせしまして……」

「適当に採るから、リィエは中に」

「え、手伝うよ」


 入っていいなら、この不思議な庭も見てみたい。


「手は足りている」

「まあ、そう言わず」


 つれなく却下されたけど、遠慮は無用だ。

 妙な花や、知らない果実に目を奪われながら、ダレンさんにざくざく近づいていく。


 と、ハサミを持つダレンさんの腕の、軽く捲った袖から入れ墨のような模様が覗いていた。

 手首から肘へと続く、数本の蔓のような線。


「それ……」

「っ」


 私の視線に気づいたダレンさんは、ぱっとシャツの袖を下ろそうとする。

 もしかして見せたくないものだった? でも……。


 私は自分の腕をまくって肌を出してみせた。

 今はきれいな、傷一つない私の腕を。


「……私も、同じところに似たような痕があったよ。今の体になる前の、元の世界にいた時の体だけど」


 そう言う私に、ダレンさんは訝しそうな――戸惑うような瞳を向ける。


「そんなふうにきれいな模様じゃなかったけどね。もっと傷の幅も太かったし。でも、大事な思い出だったんだ」

「きれい?……傷が、大事?」

「うん。火傷の痕。私、子どもの頃に火事で家族を亡くしているの」


 一人だけ助かった私に残された、痕だった。



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