その告白は想定外です 3
案内された台所にテーブルは二つあって、予想通り天板は物で埋まっていた。
「これはまた」
「言いたいことは分かる」
肩を竦めるダレンさんに苦笑いだ。
でも、この台所。リビングや二階の寝室よりは、散らかり度が低い。
床はちゃんと見えているし、シンクやコンロ周りは片付いている。誰のおかげかといえば、さっきまでここにいたダレンさんしかいないだろう。
「いやむしろ、あの短時間でよくここまで」
「……慣れているからな」
「ふふっ、それもどうかと思うけど」
子弟関係が想像できて笑っちゃう。
エドナさんが散らかして、ダレンさんが呆れながら片付けて回ってたんだろうなあ。
しかし、どこも物で溢れていても汚部屋的な印象を受けないのは不思議。
汚れたままの食器や食べ残しといったものは見当たらないし、使ってなさそうなガラス器のくもりもなくて、逆にすごい。
それを言えば、魔術を使って清浄な状態を保つことはできると教えられた。なにそれ便利。
でも、片付けそのものを魔術ですることはないという。
「魔術で物を動かすことは可能だが、効率も費用対効果も著しく悪い。たとえば本一冊戻すだけで、通常は最低二種類の魔法陣が必要になる」
「なるほど……?」
杖を振ったら、あら不思議! ではないんだ。
具体的に魔法陣にどの程度コストがかかるのかは知らないけれど、面倒そうなのは分かる。
魔術や魔力は万能ではない説、ここでも。
元の世界でもAIがなんでもできるわけじゃなかったし、そんなものかもしれない。
私自身にしても、魔力だけはあるらしいが使うほうはサッパリだから、魔法や魔術でどうこうされすぎないほうが安心だ。
改めて見ると、テーブルにはあきらかに食事とは関係のなさそうなものも所狭しと置いてあった。
不思議な色の粉の入ったガラス瓶とか、黒く焦げたなにか(なにかの元の姿はあまり考えないことにした)が入った器とか、大小の乳鉢とか。
あ、この計測針がついたクラシックな秤は好きな感じだな。
エドナさんは薬屋さんだと言っていたし、ここで薬とかを作っているのかもしれない。ちょっとワクワク……こういうのにテンション上がるのは、亡くなった母親が薬剤師だったせいかもしれないなあ。
「こっちが貯蔵室だ」
「あ、うん」
卵を抱いたまま飽きずにきょろきょろ見回す私を、ダレンさんは台所のさらに奥にある小部屋へと案内する。
細い扉の向こうの貯蔵室は、驚いたことに少しも散らかっていなかった。
窓はなく、壁に灯る明かりが二つ。温度もひんやりとしていて、パントリーというより地下に作られたワインカーブみたいだな。
壁には棚がずらりと並んでいて、いくつかの扉は鍵付きだ。
「薬品棚もここにある。あんなふうに鍵がかかっている場所以外は、この家の中はリィエの自由にして構わない」
「え、そこまでしなくても」
「師匠の『ここにいろ』というのは、そういうことだ。なんでも好きに使えばいい」
「……じゃあ、ありがたく」
着の身着のまま、大事な卵のほかは小さいカバンだけ。持っているお金も小遣い程度。
正直、助かるというのが本音だ。
今頃はお友達魔女さん宅にいるだろうエドナさんに、お借りした分は後日ちゃんとお返しします、と心の中で手を合わせた。
まあ、半分くらいは弟子のダレンさんが原因なんだけどねー?
床に置いてある木箱の中からは、玉ネギなんかの根菜と粉や玉子、それに硬くなりかけたパンが見つかった。
よかった、知っているのと色も形も同じ。
「足りるか? 庭に畑はあるが」
と言いつつ、ダレンさんは行き渋る。
「なにか問題?」
「師匠は、毒草も一緒に植えている」
「うん、やめておこう」
ちょ、そんなの見分けられないよ!?
不要だと言えば、ダレンさんはほっとしたようだ。
実は、庭には防犯対策で魔術的な仕掛けをしてあるそうで、日が落ちてからは行きたくないと言う。
「盗みに入る人がいるんだ」
「ここの毒草を勝手に使われると厄介だ。日中なら侵入者避け魔術の解除もできるが、夜は無理だ」
「いいよいいよ、これで十分。ちなみにどんな魔術なの?」
「俺がここにいた頃は、首まで土に埋められたりとか、全裸で町の大通りに飛ばされたりとか」
「うん、ますますやめておこう!」
エドナさーん!?
バリケード的なものかと思ったのに!
でも、フィルさんなら嬉々として自分から引っかかりに行きそう、とか思っちゃった。
「あとはそこの保存箱で、食材は全部だ」
「あ、これね」
「生鮮品が入っている」
なるほど、冷蔵庫。
反対側にあるミカン箱程度の大きさの青い箱は、ほかと違って丸いかまぼこ型の蓋がついている。
ゲームなんかで目にする「宝箱」みたいだな。
「開けていい?」
「ああ」
ワクワクしながら蓋を開けると、瓶入りの牛乳やチーズなんかが入っていた。
箱の中は冷蔵庫みたいに冷えてはいない。でもなんとなく、違う空気が詰まっている感じ……?
「これってどういう仕組み?」
「その箱の中は、時間の進みが遅い」
「へえ!」
すごい、魔法っぽい!
あ、でも、時間が止まるわけではなくて、あくまで「遅くなる」んだ。うん、そのほうがリアルかも。
「私のところには冷蔵庫っていうのがあったよ。中を冷たくして、腐敗や劣化を防ぐっていうのだったけど」
「目的は同じだな」
「でも、時間をどうこうするっていう発想がやっぱり違うよ」
常識というか、科学のベースが違うから当然だろうけど。
そういうものか、と納得するダレンさんを横目に心はメニューへと移る。
「なにが作れるかなぁ」
今まさに腹ペコな私が求めるのは、とにかくすぐできるもの。
あと、多少ボリュームもほしい。
醤油や味噌に近いものはあるけれど、この国では一般的ではないからエドナさんの家にもないだろう。和食は排除して、洋食レシピに思いを巡らす。
パンと玉子。ベーコンにチーズもある。
「これとそれと……よし。ダレンさん、戻ろう!」
選んだ食材を持って、早速台所へリターンだ。
出してもらった調理器具は、どれも形は大体同じ。サイズが大きめで重たいけれど、私が使い慣れているのは一人用の小さいサイズだから、家族用だと元の世界でもこんなものかもしれない。
そうして私は、嬉々として料理を始めたのだった。
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