その告白は想定外です 2

「で、でも私は電車の事故で……」


 生命活動を止めた体から抜け出た私の魂が、召喚された。

 魂って本当にあったんだ、っていうのも驚きだけど、それに加えて、この世界の「創造主」と呼ばれる神様的なものから新しい肉体うつわを与えられる、などという奇跡的な出来事を経て今の私がいる。


『物質は、界を超えての移動はできない』

 そう教えてくれたのは、ルドルフさんだ。

 形ある物の召喚はこの世界のことわりに反する。したがって、召喚が成功しても、存在し続けることはできないのだという。


 それを知った時は、なかなか衝撃だった。

 生きたまま塵になるとか、二百年前とはいえ消失の事例が怖すぎる。


 偶然が重なった結果とはいえ、この一連の経緯は結果的に「私」というなかみをもったまま、この世界で存在し続けるための唯一最良の解だったはず。

 私自身、不幸中の幸いだと思った。


 でも、ダレンさんはそれを自分のせいだと。


「えっと、それってまるで、召喚するために……つまり、私の体と魂を離すために、あの事故にっていうふうに聞こえるんだけど」

「そう言っている」


 苦々しく返された。

 ……ちょっと待って。だってそんな。


 何度か瞬きを繰り返してダレンさんを縋るように見上げると、目を逸らされる。

 ちょっ、やだ! 信憑性が増しちゃう!?


「どっ、どういう……」


 ――ぐきゅるる。

 まさにその時。盛大な音で言葉を遮ったのは、空腹に耐えかねた私のお腹だった。


 ~~っ、コラ自分! 

 今、すっごく深刻な雰囲気で大事な話をしていたところなのにっ!


 ダレンさんはびっくりしたような、気が抜けたような顔をしてこっちを見た。私と卵をそれはもう、まじまじと。


 この人、だいぶ表情が出るようになった気がする。

 それ、今はちっとも嬉しくない。


「あ、はは……」


 そういえば、今日は昼食も摂らず外出の支度をして、結局なにも食べなくて今はすっかり日も暮れて、要するに、


「……お腹、すいてるみたい……?」


 熱くなった頬を押さえて白状する。

 あー、もう、開き直るよ、だってお腹すいてるもん!

 お茶を飲んだら、胃袋が刺激されて空腹を思い出したんだよ、そうだそうだ。私わるくない。ほら、外もとっぷり暮れてるし!


「食事ができる店はあるが、外には……」


 師匠がいる予定だったし、とダレンさんは口ごもる。

 外出させたくないというのは、まぁ、そうだろうなあ。


 まだ話は途中だけれど、どうでもいいと言うくらいだから、ダレンさんは卵に危害を加えるつもりはないと思う。

 だから今、気をつけるのは、卵を狙っている「貴族の誰か」のほうだ。


 それなりの規模の町だから、犯人の仲間がいる可能性は十分にある。

 いくらアラクネの布で幻覚の魔術が施されているとはいえ、卵を連れて歩き回るのは控えたほうがいいだろうな。私の外見は把握されているみたいだし。


「なにか買ってくる」

「お店って近く?」

「いや」


 ここは町外れだそうで、行って買い物して戻るまで小一時間くらいだろうと。

 えー、ムリ。そんなに待てない。


「それなら作るけど」

「誰が」

「私が」


 ここに住んでいていい、とエドナさんから言われた時に、好きに使え的な許可もあったはず。

 図々しいのは承知だけど、そう思わせて。


「帰る時に精算させてもらうということで、当座の食材と調理器具等を借りてもいいかな」

「……料理できるのか?」

「うん。一人暮らしだったし」


 そんな意外そうにしなくても――ああでも、お城では調理も洗濯も掃除も、他人任せな生活をさせてもらっているなあ。

 それに今の私の外見は、年齢不詳推定十代。なにもできない「お嬢さま」だと思われていても仕方ないか。

 あいにく中身はアラサーの社会人です。


 料理の腕前は胸を張れるほどではない。けれど、食材や調味料は知っているのとそう違わないはずだから、家庭料理なら大丈夫。たぶん。


「あ、でも、ここの世界の調理器具はよく分からないから、教えてもらわないといけないけど」


 水道は同じ上下水のシステムで、蛇口をひねるタイプと、手押しポンプみたいなタイプがあるのは知ってる。

 あいにく、調理コンロは見たことがない。カマドじゃないとは聞いているけれど、ガス火なのかIH系なのか、はたまた魔法系なのか。


 ……そういう、日常生活のことってまだまだ知らないことが多いなあ。

 上げ膳据え膳はラクだけど、自活にむけてその辺も解禁してほしい。

 ずっとお願いはしているんだよね。なんだかんだと理由をつけて延び延びになっているから、前向きに考えればこれはいい機会かも。


「それは構わないが、いいのか?」

「なにが? あ、ダレンさんの分も作るよ、嫌じゃなければ」

「そうじゃなくて……俺は、リィエを攫った張本人だが」


 すっかり台所に向かう気で立ち上がりかけていた私は、もう一度すとんと腰を下ろした。


「そういえば!」

「おい」


 本気でうっかりしていた。

 がっくりと頭を抱えたダレンさんから、呆れ気味の声が聞こえてくる。


「普通は、犯人に近寄るのも話すのも嫌がるものだろう……その警戒心のなさは、元からか?」

「え、わりと防犯意識は高いほうだよ。火の元とか戸締りとか、すごく気にするし」

「そうじゃない」


 だって誘拐されるなんて初めてで、距離の取り方もわからないし。

 ダレンさんは私の思った「犯人像」と違うみたいだし。


 とにもかくにも――卵が無事なら、それでいい。


「そう言われても、ほかにお願いできる人もいないし。それともダレンさんは、後ろから刺したりする?」

「人を何だと……するわけない」

「じゃあ問題ないよね。それに、お腹が空いている時と暗くなってからは、ろくな考えにならないの。続きは後! なんなら明日!」


 これは経験上の真実。重くなりそうな問題を考えるのは、陽の下がいい。

 釈然としないようだけれど、今もお腹は小さくぐーぐー鳴っているし、話し合いの一時休止を切に希望。

 

「あ、それともダレンさんが作る?」

「……師匠に『危険だから二度と料理をするな』と言われている」

「へ、へえー」


 危険なのは手際か味か。

 気になるところだけど、選択肢は潰えました。


「私の料理が心配なら、見張ってればいいんじゃないかな」

「逆だろう」


 そう不愉快そうに呟いて、ようやくダレンさんも立ち上がった。

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