その告白は想定外です 1
言いかけてはやめて、を数度繰り返した後で、ダレンさんは「悪かった」とボソッと呟いた。
「ええと、それは何に対しての謝罪……?」
「街歩きが途中だった」
「そこ?!」
あまりお喋りは得意でなさそうだから、こちらから訊いたほうがきっと話しやすい。
そう思ったんだけど、返ってきた言葉は斜め上。
「いや、正直、もう少し見たかったなーとは思いますけど」
「本当は時間まで見物してからの予定だった」
どっちにしても結果は同じだったよ!
眩暈がしそうな額を押さえる……うん、冷静にね、落ち着いていこう。せっかく話してくれているんだし。
「じゃ、じゃあ、その予定を変えたのはどうして?」
「魔石の店の近くで、こちらを窺っている不審者がいた」
「へ?」
その返事にまた度肝を抜かれた。
「一般入場者を装った見張りが二名、透過魔術で姿を隠した魔術師が一名、擬態の魔術を使用した実行犯と思しき人間が一名、それと逃亡用の、」
「ま、待って、待ってください!?」
ぽかんと口を開けたままの私に向かって、ダレンさんは淡々と指を折って数え上げていく。
――え、ちょっと待って。
「不審者って、窺っていたって、いったい誰を」
「愚問だな」
視線の先は私と卵。
……ですよねえ!
「あの、本当に? 見間違いとか勘違いとかじゃなく?」
「信じなくても構わないが」
疑った私が不満らしく、ダレンさんは椅子の背もたれをギシリと鳴らした。
だって、あの大聖堂周辺は警備も万全って、わざわざ入場者チェックだってしてたのに!
「全然、気がつかなかった……」
「気付かれたら斥候失格だろう」
「物騒っ」
気付いたダレンさんはどうなの? という疑問はごくんと呑み込んだ。
「だから、邪魔が入る前にした」
「そりゃそう……じゃなくてっ」
なに納得してるの、自分!
敬語もどこかいったわ。いいやもう、いらないね!
でも、その話が正しければ、どちらにしろトラブルに巻き込まれたということかぁ……。
それってさ。
「……少し確認していい?」
「ああ」
「会場周辺の警備って、予定通り行われていたと思う?」
「特に不備はなかったな」
「じゃあ、その不審者達って『
「いや。むしろ待ち構えていたように見受けられた」
「ああぁ、そう……私の召喚前にあった暴漢騒ぎも、
最後のは確認するまでもないことだけど、ダレンさんは律儀に頷いてくれた。
……警戒区域内に怪しまれずに入り込むには。
外見情報は公表されていない『聖女』を私と確定するには。
そして、王城内への暴漢者の侵入を手助けできるのは。
今日の不審者と以前の暴漢が同じ目的とは限らないけれど、導き出される犯人像は同じもの。
ダレンさんが、私の心の中を読んだかのように言う。
「貴族の誰かが黒幕だろう」
「だよねー」
棒読みでごめん。
単純すぎる気もするけれど、やっぱりそう考えるのが普通だよね。
手続きでひとつで城内へ出入りができる貴族が裏で糸を引いているのなら、今日何事もなかったとしても時間の問題だったのかもしれない。
警護された部屋に住んで護衛が付いているとはいえ、広い王城には死角も機会もいくらでもあるもの。
警備が厳重な意味を理解しているつもりでいた。
けれど、結果的に危ない目に遭わせてしまった。
本当に
おとなしく腕の中にいる卵は、たしかに今はまだ卵でしかない。
でも、こんなに動いて意思表示もして、ちゃんと生きているのに。目的のモノとしか考えていないだろう犯人が不愉快だ。
私も無傷なのは、アクシデントの中でも「良いほう」と思っていいはず。その点は攫ったのがダレンさんで助かったのかもしれない。
だって、卵を孵すだけなら『聖女』は生きてさえいればいいはず――たとえば意識や、手足がなくても用は足りるのだから。
さらに言えば、孵す必要がなければ、『聖女』など不要だ。
容赦のない現実にくらりとする。
うつむいた顔にかかる横髪を耳にかけて、あることに気が付く。
「……イヤリングがない」
魔石が付いていて、GPSと通信機能の役割もあった。
予想しつつもちらりとダレンさんを見ると、こともなげに教えてくれる。
「壊して捨てた」
「でしょうねえ」
だと思ったけど!
やーもう、お幾らすると思ってるのっ。ていうか値段より、細工師さんの技術の結晶が!
私には豪華すぎたけど、いいお品だったんだよ。
「弁償はさせてもらう」
「いえ、大丈夫」
弁償するなら私でしょう。せっかく用意してくれたルドルフさんにもごめんなさいだ。
ああでも、新しいイヤリングよりも、護身用グッズの必要がない生活が欲しい……。
深くため息をついたところで、もう一つ大事な話。
抱っこ帯の中の卵を両手で抱き直した。
「それで結局、ダレンさんは、
そもそもの理由を、まだ聞いていない。
まあ、ベッドに寝かせた私のそばに置いていったくらいだから、今すぐにどうこうするつもりはなさそうだけど。
当然の質問なのに、当のダレンさんはきょとんとした。
「どうする、というと?」
「だって目的は
「は? いいや」
なんだって?
「卵も魔王もどうでもいい」
「どうでも、って」
「しいて言うなら、不愉快だとしか」
「ええっ?」
ますます分からーん!
思わず腰を浮かすと、ダレンさんは言いにくそうに眉を顰める。
「攫ってきたのは……」
「うん」
「……リィエには、そのほうがいいと」
「わ、わたし?」
なにそれ、まさかの私が元凶?!
なんで?
「どうし……あ、もしかして、私がお城にいるとなにか不都合あったとか?」
「不都合があるのはリィエだろう」
断言されて、視線が泳ぐ。
と、ダレンさんは少し言い淀んで、口の端を歪めて言葉を絞り出すようにした。
「……リィエが召喚されたのは、俺のせいだから」
「は」
なぜ今、唐突に召喚の話?
脈絡のないことを言い出したはずのダレンさんは、驚くほど真剣で、ふざけたり誤魔化したりしているようには見えない。
――やだ。ちょっと嫌な予感。
「あの、ダレンさん?」
「リィエは……この世界に来るために、向こうでの生を強制的に終わらせられた可能性がある」
そう言うダレンさんの声が、遠くに聞こえた。
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