収穫祭の長い一日 1
(※ルドルフ視点)
大扉の両脇に立つ紅い祭服を纏った神官の間を抜けると、モザイク画の高いドーム天井の下に荘厳な御堂が広がる。
収穫祭の神事は毎年、創造主を祀るこの大聖堂で行われる――とはいっても、あらかたは奥の斉所で王族による非公開の儀式だ。
集められた者は、こうして神官の説教や聖歌隊の歌を聞いている時間のほうが長い。
「ミルトラの王太子妃は欠席か」
「社交がお好きでいらしたはずなのに、最近は国内の催しにもお出にならないとか」
貴族達の囁き声が耳に入り、奥側の来賓席へそっと目を向ける。
そこには、隣国ミルトラの王太子と宰相が澄ました様子で掛けていた。
自国トラウィスの陛下とミルトラの王太子は年齢も近い。長年の対立解消への布石として、幼い頃からそれなりに交流が図られている。
……陛下から聞く限り、友人というより折に触れて張り合うライバル、といった間柄だが。
王太子が結婚した時には、先を越されたと悔しがる陛下の愚痴に延々と付き合わされたこともある。あれは実にいい迷惑だった。
「ますます御懐妊の噂の信憑性が増しますわね」
「そうだな、大事をとって公務を控えられているのだろう。ミルトラは第二王子のご成婚も決まったというから、お子がないとまた次代の火種になりかねないしな」
正確さはさておき、公開前の情報が「噂」として伝わる速度には感心する。
しかし……王太子妃の懐妊か。今度は先に父親になられたと愚痴られそうだ。そして文句を言いながら、国一番の祝いの品を探せとか指示してくるのだろう。面倒なことだ。
その後も続く隣国の
自分も退出しようと席を立つと、人波の中に、ベールを付けた巫女姿の部下を認めた。
「ジョディ。ご苦労だな」
「あ、室長もお疲れ様です」
神事の補佐役に任ぜられていた部下は、この後は慰労という名の宴があったはずだ。
それを言えば苦笑して、気疲れしたから抜けてきたと小声で打ち明け、それより、と外を気にする。
「リィエは、そろそろ城に戻った頃でしょうか」
つられて見回すが、御堂のステンドグラスの窓越しには外の様子は窺えない。
「楽しめたかしら……もう少し気軽に外を歩けるようだといいのに」
「まあ、そうだな」
今日は、短時間ではあるがリィエにとって初めての外出だった。
一体彼女は、こちらの指示に驚くくらい従順に従い、大した不満も口にしない。
未知の世界に突然連れてこられたら思考停止にもなる、とジョディは言うが、それなりに日が経ち、環境に慣れたはずの現在も態度は変わらない。
監禁に近い生活を強いているのに、不満はないかと尋ねても、いつも困ったように笑って「十分よくしてもらっています」とだけ。
たまに口にする要望も、こちらの世間を知りたい、とかいった当然かつ些細なことばかりだ。
だが、外出許可を伝えた時は随分と嬉しそうにしていたから、今の状態はやはり本意ではないのだろう。
『魔王』の生育は、『聖女』の精神的、身体的犠牲の上に成り立っている。
ほかの手段が取れない、その事実が今更ながら不愉快だ。
「あっ! 室長にジョディ先輩、見ぃつけたぁー!」
混雑を避けるように大回りをして出口へ向かう途中、また声を掛けられる。こちらに向かってぶんぶんと手を振る人物に、目を疑った。
「フィル? どうしてお前がここにいる」
「そうよ、リィエは?」
今日はこの大聖堂周辺に警備の手が割かれるため、リィエ個人に護衛が付けられない。
だが彼女の散策に許可された範囲は、厳戒態勢が敷かれた制限区内のみだ。防犯の魔道具と、それなりの人間の同行があれば問題ないと判断した。
だというのに、なぜ肝心の同行者が一人で
こちらの質問の意味を察したフィルが、さっと顔色を失くした。
「え? 配置変更になったから、僕は聖堂に行くようにって指示書が……」
「なによ、それ?! 誰がそんなっ」
焦りを浮かべたジョディが、掴みかかるようにフィルの襟元を握って問いただす。
「け、今朝、ダレンさんが……って、ええーっ!? もしかしンモゴッ?」
「二人とも騒ぐな。ジョディは奥に戻って、直接陛下に伝えろ……周囲に気取られるな」
「は、はい。了解です」
事態を理解して声が高くなり始めたフィルの口を手で塞ぎ、ジョディに平静を装わせて報告を指示する。
――面倒なことになった。
ふと、刺さるような視線を感じて、振り向かずにそちらを窺う。
御堂の奥からは、ミルトラの王太子がこちらを静かに見つめていた。
*
リィエが身に着けていた魔石は、取得できたデータが示した最終発信地で発見された。
粉々に破壊されており、犯人により故意に外されたということは明らかだ。
「……さて、チャットウィンデザール卿」
「わ、儂は知らん! 聖女や魔王をどうこうしろなど、言ったこともない!」
それ以上の痕跡やめぼしい目撃証言はなく、ダレンの官舎にもメモの一つも残されていなかった。
国の存亡を左右する聖女と魔王だ。攫われたなどと公表することは現段階ではできず、それゆえ大規模な捜索も難しい。
第六議場には陛下と公爵閣下、事件を知る研究室の我々、そして推定犯人であるダレンの上司の六人だけが集められた。
陛下達の同席が可能なのは、晩餐会までの短時間のみ。前置きや勿体は省き、単刀直入に話に入る。
「だが実際、私の部下が見せられた指示書には貴殿の署名があった」
「知らんものは知らん!」
「室長。ダレンの性格からいって、命じられてとか、誰かと協力してということはないと思います。彼が犯人ならば単独行動かと……行動の理由は分かりかねますが」
「そ、そうだろう、彼女の言う通りだっ」
ジョディの指摘も一理ある。
この子爵にしても、小言程度ならまだしも、実際に拐かし危害を加えるなどといった大それた企みには手を出せないだろう。
「私は、子爵に責任がないとは申しておりません」
「ぐっ」
管理不行き届きを淡々と指摘するジョディは、額に汗を浮かべ否定ばかり続ける子爵を、さらに問い詰めていく。
「署名の真贋は鑑定中ですが、卿ご自身の文字と瓜二つの筆跡でした。まさか普段から、ダレンに代筆をさせていらした?」
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