はじめての外出 6

 

 表通りには飲食店だけでなく、服飾雑貨の店も多い。

 一等地なだけあって高級店ばかりだから買う予定もないけれど、綺麗に飾られたショーウィンドウは目の保養だ。


 楽しく眺めながら歩いて、ある店の前で足が止まった。

 ガラスの向こうの店頭ディスプレイには、私が着けているのと同じような、魔石付きのアクセサリーが並んでいた。


「あー、なるほど……」


 このイヤリングを「小さめ」と言ったシーラさんは正しかったようだ。

 どれもこれも、今着けているのより大きくて華やかなものばかり。綺麗だけど、私には無理だなあ。


「そっちのほうがよかったのか?」


 そっと自分の耳に手を当てて確かめていると、頭の上からダレンさんの声がした。

 え、珍しい。話しかけてきた! 

 しかも、欲しがってると思われた? 

 いや、見てるだけ!


「ち、違います、逆です。アクセサリーとか、実は苦手で」

「苦手なのに、それか」


 ぐっ。クールに痛いところを突いてくる。

 違うもののほうが隠せるのに、と言いたげに人差し指で耳を示されて、妙な顔しちゃったよ、もう。


 でも別に、私も考えなしに決めたわけじゃない。


「……だって指輪やブレスレットだと、卵を触るときに邪魔でしょう」


 魔石を使っているから、それなりに大きさや厚みがある。それに第一、硬いんだ。

 撫でた拍子にぶつかって割っちゃうんじゃないか、割ることはないまでも傷つけるんじゃないかって、気になって仕方ない。


「傷って……卵なのに?」


 あ、「そこ気にするのおかしいんじゃね?」って副音声が聞こえた。

 そりゃあ、赤ちゃんの柔肌と卵の殻じゃ違うけれど。


「卵だって、こんな硬いのが当たったら可哀想でしょう。あと、ネックレスは首が絞まる感じがしちゃいますし」


 長めのペンダントにして、服の中にしまってもよかった。

 けれど、アクセサリーである以上に防犯具でもあるこれは、着けていることが外から見て分かるほうが抑止にもなると言われて諦めたんだ。


「だから、今のこれでいいんです。って、あ、いい匂い……」


 ふわん、と風に乗って美味しそうな匂いが漂ってくる。

 急に話題を変えて辺りを見回す私に、ダレンさんが肩をすくめた。


「そこの店だろう」

「あー、違います。そうじゃなくて、もっと香ばしい……なんだろう」


 隣のクレープとパフェのお店からは、お砂糖とクリームのまったり甘い香りがしている。

 それとは別の、こんがり焼いた感じの匂い。

 鼻をきかせてきょろきょろと探す――うん、あっちが怪しい。


「あの、ちょっと早いですが、休憩しても?」

「……好きにしたらいい」


 せっかく外に出たのに観光も早々に食べ物かよ、と自分でも笑っちゃう。けれど、正直な足はふらふらと向かってしまうし、仕方ない。


 トリュフを探す豚さんよろしく、鼻をくんくんさせながらたどり着いたお店は、落ち着いた雰囲気の、いわゆるおしゃれカフェだった。

 そしていい匂いの元は、入り口近くのカウンターの一角で焼いている栗だった。


 大きくて浅いフライパンで、小粒の栗をこんがりとローストしていて……うっわ、ほかほかと上がる湯気と香ばしく甘い匂いが堪らない。


「栗だ! 焼き栗ですよ、ダレンさん! わ、お店の中もすてき……!」


 大人っぽくウッディーな店内は、午後のお茶を楽しむ人達で六割ほど席が埋まっている。

 ちらりとそちらをみれば、ふんわりクリームの乗ったケーキセットも美味しそうだし、窓際なんて陽の入り加減もよくて、長居したくなる雰囲気。

 いいね! こういうのは、もれなく好きだよ!


「うわー、か、買っていいですか? あと、なにか飲み……って、ダレンさん買ってるし!」


 ちょっと待って!

 興味なさそうにしていたくせに、なに自分だけ先に注文しちゃってるの? 

 やだもう、私も買う―! 食べる―!


 鞄から財布を出そうとしていたら、買ったばかりの栗の袋をずい、と押し付けられた。


「……?」

「これでいいだろう」


 わあ、おいしそう!

 ――って、違くて。そうじゃなくて。


「私、自分で買うつもりでしたけど」

「今度にしろ。……黙ってそのまま店の奥に向かえ」

「え?」


 限りなく小声で、だけど私には聞こえる距離と声量で。

 今までも不愛想ではあったけれど、突然、有無を言わせない雰囲気に豹変したダレンさんに、正直戸惑う。


 抱っこ帯のなかの卵が、なにかを伝えるように震えて――その卵のすぐ下の死角、腰のあたりに金属の塊ようなものがゴツと押し付けられた。


 どくん、と胸が鳴る。


 ――どういうこと。

 見上げても、また前髪で隠された表情からは何も読み取れない。


「ダ、ダレンさ……?」

「急げ」


 持たされたばかりの焼き栗が、現実感なく手の中でほかほかと湯気を立てる。

 ごくりとつばを飲み込むと、促されるまま店の奥へと歩き始めた。



 客席の間を通り、奥の個室前も通り過ぎ……たどり着いたのは厨房。

 そんなに広さはないけれど、コックさんやウェイターさんが忙しそうにしている間を、硬い物を背中に押しつけられた私がよろよろ通る。


 ちょっと、どうして誰もこっちを見ないし、何も言わないの!?


「……視認妨害の魔術をかけている」


 振り返ってちらと向けた視線に返事がくる。

 あー、そういうのは教えてくれるんだ。

 視認妨害って、かなり高度な魔術の一つじゃなかったっけ。たしか勉強した時にはジョディさんが……じゃなくて、なんてこったい!


 すっごく嫌な予感しかしないんだけど!

 なんなの、もう、もうっ!


 卵を抱く手に力が入る。

 狭い厨房は、あっという間に裏口へと行き着いた。無言で強制されるまま扉を開けると、そこは狭い裏道。


 交通規制のおかげで、路地の向こうにスモーク張ったワンボックスカーが待機とかはないようだ。

 けれど大勢いるはずの警備の姿もない……だよねえ。巡回程度だよ、こんな細道!


 振り向こうとした時、背中に当てられた硬いものから、パシュ、と冷たい空気が流れ込む。

 全身に走った痺れに卵をさらに深く抱え込んだ。


 ――この子は、絶対に傷つけさせないから。


 支えを失ったように崩れる私の体は、そのままダレンさんに抱えられたようだった。魔道具のイヤリングが躊躇いなく外されて、捨てられる。


 意識が途切れる直前。

 パキン、と聞こえたのは多分、踏みつけられた魔石が割れる音だった。



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