はじめての外出 5
足早に先を行くダレンさんを追って警備の人達の間を抜け、通りの中へと入る。
向こうに見える広場のさらに先には、収穫祭の神事が行われている大聖堂が見えた。
建国とほぼ同じ頃に建てられたという大聖堂は、離れて眺めても重厚で美しく、とても立派。
尖塔が何本かついているが形は左右非対称で、あの大きいほうの塔のてっぺんに鐘があるのだと聞いた。
そこかしこにいる警備の人の中に、そんなに緊迫している様子はなさそう。今の時間、警護の対象人物がみんな聖堂内にいるからだろうな。
お城では見かけない制服の人もいて、彼らは城下の警察官的な人達だ。
そして、大聖堂へ至るまでの目抜き通りには、様々な店舗やしゃれた雰囲気の飲食店が軒を連ねる。
神事が行われている今、貴族達を待つ従者さんや侍女さん達が束の間の休憩時間を楽しんでいた。
見かける女性の服装は私と似たり寄ったりの濃色ロングワンピースで、中には同じように抱っこ帯で子守りをしながらの人もいる。
うん、これなら私も特別浮くことはなさそうだね。
安心してまた視線を周囲に戻すと、道の脇にある花壇や植栽も、秋色の花や野菜でデコレーションされている。
オーナメント的にあちこちに飾られた麦の穂束とともに、ザ・収穫祭な雰囲気を盛り上げていて、目に楽しい。
ここに明日は屋台がずらっと並ぶんだ……壮観だろうなあ。
庶民向けの催事もあるって聞いたし、来年は来られたらいいな。
「っ!?」
きょろきょろしながら歩いていたら、石畳の小さな段差に足を取られた。
とっさに両腕で卵を庇った私の体は、地面に倒れ込む前に、がくん、と宙で止まる。
先を歩いていたはずのダレンさんがいつの間にか戻っていて、支えてくれていた。
「気をつけろ」
「あ、りがとうございます……」
ふわ、危ない。転ぶところだった。
と、憤慨するように、帯の中でもっきゅもっきゅと卵が動く。
「ああ、ごめんね、怖かったよね」
これでもかと撫でてあやすと、ようやく卵の動きも落ち着いてきて……ああ、周りの景色ばっかり見ていたから怒った?
くぅ、ヤキモチなんて、かわいいぞっ!
人目がなければ、取り出して頬ずりしたいくらいだ。
心配しないで大丈夫、いつだって一番気にしているのは卵ちゃんのことだから!
「……自分より
「え? あ、つい」
――暗に、どんくさいと言われた気がする。
仕方ないよ、ハイスペック抱っこ帯で衝撃吸収されるって知っていても、体が動いちゃったんだから。それに、卵も自分も両方なんて器用なこと、咄嗟にできないし。
転びかけたことがきっかけで、ダレンさんは並んで歩くことにしてくれたらしい。
……もしかして、今なら会話できるかも?
さっきの質問は置いておいて、気になったことを聞いてみようかな。数時間とはいえ、一緒にいて話もできないのは、やっぱりちょっとね。
「あの、警備の人達から私は何も聞かれませんでしたけど、よかったんですか?」
魔王と聖女のことは、もう国全体に周知されている。
とはいえ、聖女としての私がちゃんと公の場に出たことは、まだない。
この収穫祭の神事に出席させろ、という話は実際あった。
だけど今日は他国の……卵襲撃事件で関与疑惑のある、ミルトラ国からも来賓がある。
陛下自身は、あの事件にミルトラが関与しているとは全面的には信じていないよう。とはいえ、事実関係が明らかになっていない以上、私達を表に出すのは控える、と決まった。
さらに、要人みんなが聖堂に集まっている今の時間なら、ミルトラの客人と鉢合わせすることもない――というのが、外出許可が下りた背景。
陛下やルドルフさんが不在の王城で、万が一のエンカウントを予防しようという意図もあるらしい。
だからこうして出歩けるのは神事の間だけで、大聖堂の鐘が鳴ったら、シンデレラよろしく帰らなくてはならない。
ま、「初めてのお出かけ」にしたら十分だよね。
でも、お城で会う人以外には顔バレしていないとはいえ、さすがに卵を抱いていたら分かっちゃうだろう、と思っていた。
ところが警備の人からも「これが魔王の卵」とか「あなたが聖女か」なんて一言もなく、すんなり入れてしまったじゃないか。
その上、周りを歩く人もほとんどこちらを気にしていない。
ホッとしたのは本当だけど、不思議なのは不思議。
「アラクネの糸には、同化させて見せる性質がある」
「なんですか、それ?」
よかった、ちゃんと返事してくれた。
今までは守秘義務でもあるのかと思うほどの口の重さだったけど、もしかして、こういうことなら話してくれるのかも。
「周囲に擬態しカモフラージュさせる性質だ。その布にはさらに魔術を織り込んであって、一見、普通の赤ん坊を抱いていると錯覚させるようになっている」
「うわ、なんと手の込んだことを」
そんなことを考えつくのは、ルドルフさんだな。でなければ、凝り性でチャレンジャータイプのフィルさんかもしれない。
アラクネの糸があってこその魔術だとダレンさんは言うけれど、それにしたって、なんだかすごい。
「とはいえ、さすがに剥き出しの状態では効果がない。分かったならしまっておけ」
頷いて、さらにしっかり布でくるんで手を添える。うん、卵ちゃんも落ち着いたね。
しかし……そうか。
私は今、赤ちゃんを抱いたお母さんに見えるんだ。
なんだか妙な感じがして、ダレンさんを見上げる。
「……なんだ」
「ダレンさんにも、この子は赤ちゃんに見えています?」
「俺はそれが卵だと知っているし、召喚前の魔力解析で散々触れてもいるから幻覚の魔術は通用しない」
あ、なるほど。事情を知らない人が見ると、っていう前提ね。
「だが、もともとアラクネの糸に備わっている同化の魔力は効いている。何かを抱いているのは分かるが、はっきりとは見えない状態だ」
「へえ、面白い……そうすると、今の私達ってきっと、子連れの夫婦に見えるんでしょうね」
「こっ……、な?!」
「冗談ですよ。あ、あっちにも行ってみたいでーす」
ふふん、動揺させてやったし!
そんな顔が見られたから、ちょっとだけ気が晴れた。すまんね、心狭くて。
くるりと向きを変えて歩き始めた私に、息を一つ吐いて、ダレンさんも後ろからついて来てくれたのだった。
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