はじめての外出 4

 気まずい。

 き、ま、ず、い。

 きーまーずーいー!


 どういう態度をとればいいのか決めかねているうちに、気がついたら城下へと向かう車中だった。

 あれ、私、乗る前に運転手さんに挨拶したかな。それ以前に、螺旋階段を降りた記憶もないわ。


 そんな混乱が伝わっているのか、卵ちゃんも心なしか神妙にしている。

 ごめんね、すぐに気持ちを静めるから。はい深呼吸ーすう、はぁ。


 呼吸を整えそっと横を窺うと、例の彼――ダレンさんが不機嫌そうに腕を組んで、むっすりと前を向いている。


 この人、私のお守りなんてやりたくなかったんだろうなあ……。

 前髪が邪魔で表情は見えない。けれど醸し出す雰囲気が、空気読めなくとも十分に伝わるレベルで「不本意!」って訴えている。


 リムジンほどではないけれど十分に広い車中には、どよーんと音がしそうなほど重たい空気が充満している。

 ドアの窓に掛かっているカーテンは、防犯上開けられない。

 外の景色で気を紛らわせることもできず、かといって会話の糸口も掴めず、すでに数分が経過――。


 ……めんどくさくなってきた。

 こういうの苦手なんだよな。というわけで、よし。


「あの、ダレンさん」


 こんな時は、考える前に動けだ。

 モヤモヤ思っていたって変わらないんだから、さっさと当たって砕けてサッパリしよう。


 そんな勢いのまま話しかけると、ダレンさんの肩が驚いたようにピクリと動いた。

 うん、聞こえてるね。


「ダレンさんは、大聖堂に行かなくていいんですか?」


 もうすぐ収穫祭の神事が始まる時間。この人だって貴族の一人だ。

 覗き込むようにしてじっと返事を待っていると、前を向いたままのダレンさんから、ため息まじりの応えが届く。


「……当主と、家督を継ぐ嫡子以外の出席は任意だ」

「あ、そうなんですか」


 そういえば、三男だってジョディさん言ってたな。そっか、行かなくてもいいんだ。

 でも、家族総出で出席する人も多いって聞いて……。


 あれ。

 もしかして、参加したかったのに無理やり私のほうに来させられたってパターン? 

 楽しみにしていたイベントを仕事で潰された系?

 それで怒ってるんじゃないの、この人。うわあ、どうしよう!


「あっ、あの、私の同行相手にされてしまって不本意、だと思いますが……ご迷惑を掛けないようにします、ので」


 卵と一緒の自分が一人で出歩けるはずがない。同行者がつくのは分かりきっていたのに。

 外出できるのが嬉しくて、誰かに負担を強いるという不都合な事実を、すっかり意識の外に置いてしまっていた。

 あー……自己嫌悪。


「なんなら、着いたら別行動にして、ダレンさんは聖堂に向かわれても……」


 言い募るものの、ふうっとつまらなそうに息が吐かれただけで、返事はない。

 視線も返されなくて、車の中の空気が一層重くなる。

 運転手さんが、私達の話を聞かないように気を遣ってくれているのが丸わかりだよ。これまた申し訳ない。


 ……とはいえ。ねえ、ちょっと。

 ダレンさんだって、社会人でしょ、大人でしょ?

 好きで来たわけでもない上に嫌っている相手からとはいえ、話しかけられて無視はなくない?


 理不尽かもしれないが、なんだか腹が立ってきた。

 腕の中の卵も、ムニムニともどかしそうに動きだす。ね、そうだよねー、そう思うでしょ。


 いいや。この際、気になること全部話しちゃえ。


「ダレンさんって、私のこと嫌いですよね?」

「……は?」

「だって最初に、あ、目……」


 ようやくこっちを向いたダレンさんの長い前髪の隙間から、黒に近い焦げ茶色の瞳が覗く。


 ――あの時私を睨んだ瞳は、元の世界で見慣れた色だったんだ。


 急に込み上げた懐かしさに言葉も忘れていると、ふっと視線だけ逸らされた。

 なんだ、もっと見ていたかったのに。ルドルフさんも茶色だけど、トーンが少し違うんだよね……っていうか、話途中だった。うん。


「っと、あの、私、ダレンさんになにかしました? 不快な思いをさせたなら、知りたいのですが」


 理由はないけど存在が嫌いとかだと詰むけど、それならそれで吹っ切れる。仕方ないよね、そんな相手もいるって。

 蜂蜜色の前髪の向こうで、焦げ茶色の瞳が呆れたように、意表を突かれたように見開かれた。

 おや、やっと表情らしきものが。


「……な、」

「失礼します。到着いたしましたが……」


 ダレンさんが何か言いかけた時、音もなく車を停めた運転手さんが気まずそうに声を掛けてくれた。

 立ち入り制限の区域に入るため、車はここまで。帰りもまた同じ場所に迎えに来てくれることを、運転手さんが説明してくれる。


 これ幸いと言わんばかりに、ダレンさんはさっさと車を降りて……コイツ、逃げたな。

 仕方なく私もドアに手をかけようとしたら、触る前に勝手に開く。


「わっ?」


 見上げると、そこには仏頂面で開けたドアを持つダレンさんが。

 ――これってエスコート?

 されたことないわ、初だよ、人生初!

 それにしても、いつの間にこっち側に回ったの、この人。背が高いと足も長いのか。

 固まる私の頭上から声が掛けられる。


「降りないのか」

「おっ、降ります。はい、すぐ。……ありがとうございます」


 ダレンさんと運転手さんの両方にお礼を伝えて、私は、初めて城の外に立った。


「……わあ」


 石畳の道に、石造りの建物。

 道路に面した建物は揃って四階建くらいの高さの三角屋根。

 それぞれの屋上に近いところから下げられた、大きな細長い旗が風にたなびいている。

 旗はこっくりとした深い赤色に、金のモール……お祭りの飾りなんだろうな。通りに沿ってずらりと掲揚される光景は圧巻だ。


「美しい街並みを楽しむヨーロッパ十日間の旅」とかのコピー付きで宣材写真にありそう。

 異国情緒あふれる、とか、古き良き、といった言葉がぴったりだあ。


「失礼します、許可証を」


 ほえ、と周囲に見惚れていたら、警備の人に声を掛けられた。

 ダレンさんが用紙を渡すと、手元の端末みたいなのでチェックをしている。


 ……こういうのは魔術でどうこうじゃないんだ。

 そういえば、別に魔術は万能でもなんでもないって前にルドルフさんが言ってたな、などと回想しているうちに、入場チェックは終わったらしい。


「こっちだ」

「あ、はい」


 警備の人に軽く会釈をすると、先を歩き始めるダレンさんの後を追った。


 

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