はじめての外出 3

 さて、晴天に恵まれた本日は収穫祭。待ちわびたお出かけの日だ。


 普段は、最低限お城で浮かないレベルを保ちつつも、着やすさ動きやすさ重視の服装をしている。

 だが、本日の目的地は貴族オンリーイベント開催中の城下中心部。


 私自身は大聖堂での神事に参加はしない。

 とはいえ会場周辺を歩くのに、それなりの恰好をしていないと悪目立ちする――ということで、普段よりちょっといい服を着せられて、髪もなんだか凝った結い方をされた。


 いい服とはいっても、神事に出席する貴族の皆さんが着るような祝祭用の礼服ではない。

 今日の会場周辺に多いだろうお付きの人達に合わせた、セミフォーマル。


 シーラさんが用意してくれたワンピースドレスはダークブラウンで、縁どりの細いレースがオレンジ色。秋っぽいというか、熟れたカボチャみたいな配色の収穫祭カラーがおいしそう。


 パリッとしたハリのある布で、足首までの長いスカートが階段を降りるときに引きずりそうで心配だけど、侍女さん達のドレスコードとのことで仕方ない。

 これといった装飾はないかわりに布質とパターンで勝負という、ハイブランドにあるような上品な服に着替えたら、馬子にも衣裳の一丁上がりだ。


「髪飾りはつけなくて本当によろしいのです?」

「なくて大丈夫です。シーラさんがせっかく綺麗に編み込んでくれたのが、隠れちゃいますし」

「まあ、そんなこと構いませんのに」


 いろいろと用意してくれたのだけど、ちょっと若すぎるというか、豪華すぎるんだな……外見はあれだけど、私、中身はアラサーなので。

 フリルたっぷりの太幅リボンとか大ぶりのコサージュとか、万が一似合ったとしても心情的に無理なのです。申し訳ない。


 まだちょっと心残りそうなシーラさんに心の中でごめんね、として、例のアラクネの糸でできた新タイプ抱っこ帯を装着する。

 そうして早速すっぽりと卵を収める。と、すぐに、抱き着くようにむずむず動いて、腕の中に戻ってはしゃいでいるのが伝わってきた。


 あー、可愛い……。

 卵も喜んでいるけれど、私もこうしてくっついているとすごく落ち着く。

 着替えをするような短い間離れるだけでも心配になるなんて、もう母鳥の気分に近いよね。


「帯の具合はどうです?」

「前のよりずっと軽いです。まるで何もつけてないみたい」


 スルスルすべすべしていて、ずっと触っていたいくらいの手触り。

 それでいて、掛けている肩からズレもしないし、卵には吸い付くようにフィットして斜めにしても落ちる気配もない。すごいわ。

 満足そうに頷いたシーラさんは、続けてイヤリングを私に手渡すと、目の高さで鏡を構えた。


「さ、これを着けたら、支度はおしまいですよ」


 イヤーカフと細い鎖で繋がっているタイプのイヤリングは、金に彩られた紅い石がきらりと光る逸品だ。

 鏡に顔を映して耳たぶに挟もうとして、手が止まる。


「やっぱり、大きい気がする……」

「このくらいは小さいほうですよ。リィエ様は控えめですね」


 シーラさんが笑いながら宥めてくれるけど、普段アクセサリーを全くしない私には、たとえ片耳だけの飾りでも居心地が悪いんだ。

 客観的に見れば、同じようなモブ顔とはいえ、前よりは華やかなアクセも似合う顔だと思う。

 でも、顔や体が変わっても好みはそうそう変わらないんだな、これが。


 綺麗な物を見るのは好きなんだけど、自分が着けるのはどうも……なんて心の中で呟きつつ、落ちないようにっていうことだけは十分気をつけて、しっかりとイヤリングを着けた。


「よくお似合いですよ」

「……ありがとうございます」


 鏡の中の私は戸惑ったふうに笑っている。

 そんな私を力づけるようにシーラさんはにっこりと微笑んだ。


「今日だけ我慢してください。使い方は大丈夫ですね?」

「はい、昨日もおさらいしましたから」


 このイヤリングも魔道具だ。

 宝石のように美しくカットされて嵌っている紅い石は、実は魔石。

 基本的にはGPSのようにこの魔石で所在確認ができるのだけれど、緊急時には一度だけ通信が可能になる。


 少し高価だが防犯用の魔具として広く使われているとのことで、他にも指輪とかネックレスとかブレスレットとか、男性用だとカフスボタンのタイプとか、まあ各種ある。

 一番邪魔にならないのはこれかなって思って、イヤリングのタイプを選んだのだけど……図らずも一番目立つものだったかもしれない……。


 気を取り直して鞄を手にしたところで、部屋の扉がノックされる。

 応対をお任せして持ち物を準備していると、「あら」というシーラさんの驚く声が聞こえた。


「リィエ様。こちらの方がお迎えにいらっしゃいましたが……」

「……え?」


 顔を上げた私の目に飛び込んで来た人の姿に、目を疑う。

 取り次いでくれるシーラさんも、意外だという表情を隠せていない。


 ――いつもと同じ、隙のない黒づくめの服。

 違和感の塊みたいな白手袋と、明るい蜂蜜色の髪。見えない目元、読めない表情。

 例のイヤミな子爵の側近が、どうして?


 たしかに「護衛を兼ねた同行者を迎えにいかせる」とは言われていた。

 ルドルフさんやジョディさんは大聖堂での神事に参加しなくちゃだから、別の人……たとえば、フィルさんとか、そうでなくても研究室の他の誰かか、私服警備の人だと思っていたのに。


 なんで?

 なんでこの人?


 え、ちょっと、私がこの人めっちゃ苦手だって、少なくともジョディさんは知ってるよね? 

 人選に私が口を挟むなんて出過ぎだけど、でもっ。


 ……もしかして、あの子爵の差し金とか……ありそうだよね、それ。

 いや、今日のお出かけに別途経費は使わないよ? 

 買い物や食事は、自分のお給料から出すもの! 心配ご無用なのに!


 予想外すぎる同伴者の登場に、頭の中に???が浮かぶ。

 むしろ陛下が神事をサボってここに現れたほうが、驚かなかったかもしれない。


 その人は瞬きを繰り返すだけの私のすぐ目の前で足を止めると、不機嫌そうに口を開いた。


「失礼。城下へは自分が同行させてもらう」

「えっと、あ、はい」

「……ダレン・カーディフェウストだ」

「えっと、あの、リィエです。……ヨロシク、オネガイシマス……」


 あ、初めて声聞いた。

 他人事のように思って、ぎこちなく頭を下げるのが精いっぱいだった。



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