勉強もしています 4
陛下の訴えは止まらない。
「その代わりに『魔王』が来たけどな! 政務に疲れ果てた私の安息の地であるはずの寝室に、いきなり青竜が現れた時の気持ちが分かるか?!」
美形も台無しの滂沱の涙である。
申し訳ないのだけど、ちょっと面白い。
あまり深刻そうに見えないとはいえ、他人の事情を面白がったバチがあたったのか。
陛下に急に覗き込まれて、眼前に迫った大変整ったお顔に思わずのけ反る。
「な、なんでしょう……?」
「そういった諸々を踏まえてだが、リィエ、私と結婚しないか」
「ハイっ? なにをどう踏まえるとそうなるんですっ?」
え?! なんの空耳よ?
卵をぎゅっと抱いて瞬きを繰り返す私に、陛下はにこりと悪気なさそうに笑う。
うっ、美形が目に痛い。
「リィエなら権力抗争とは無縁だろう? 面倒なんだよな、アレ」
「面倒なのは同意しますが、しがらみがない代わりに、あるべき後ろ盾も縁故もないですよ?」
「問題ない。異世界からの聖女という肩書だけで官吏どもを黙らせるには十分だ」
「異議ありっ、ちっとも十分じゃないです!」
「そうか?」
私の心からの訴えに、コテンと首を傾げる陛下……こんな動作にまでいちいち品があるなんて、さすがおぼっちゃんだな。
三十路のくせに無駄にキラキラしくて、なんだか負けた気分だ。そもそも、勝とうなんて思っちゃいないが。
「だがな、私と結婚すれば必然的にリィエは
その言葉に、ぶんぶんと横に振る私の首も一瞬止まっちゃったじゃないか。
にっこり満足そうにするの止めい! 婚姻に同意はしていないっ。
「そこで卵ちゃんを口実に使うとは……」
「ちゃんとメリットも提示しないとね」
さらに卵を抱え込んだ私に、陛下はまあまあ、と人差し指を振ってみせる。
「実際、叔父上が言った懸念は私も感じている。だからいっそ、良き友人でいられるような女性を伴侶にするのはどうだろう、と思ったのだが」
「ジュリアン。一理あるがそれを公言するのは失策だし、求婚相手のリィエにも失礼だと思わないかい?」
「隠し立てしないのは私なりの誠意だ」
「言われた女性はそうは思わないだろうねえ」
やれやれ、と声にこそは出さないが、公爵閣下は額に当てた手の下から申し訳なさそうな視線を私に寄越したけど。
「あぁ、要するに契約結婚ですね。それなら納得です」
「納得しないでくださいまし、リィエ様っ」
思わずほっとした私にたまらずといったように、シーラさんも会話に加わった。
いやでも、恋愛感情からなんて言われたら今すぐ裸足で逃げ出したに違いないし。それに。
「だって、友人枠に入れてもらえたなんて光栄ですよ」
会って間もない元異世界人なのに。
晴れ晴れとした笑顔でそう返すと、ちょっとぽかんとされてしまった。
――え、わ、もしかして違った?
ああ、しまった、失敗。
気さくだし歳も近いしでうっかりしていたけれど、この人は国王陛下という雲上人だった。何を図々しいことを私ってば!
「ご、ごめんなさい。友人だなんて驕りました、私……」
「いや違う、そうじゃない! リィエこそが選ぶ立場なのに……相変わらず、創造主のお墨付きという自覚が……」
陛下がわたわたと焦ったように否定してくれて、ついでに何かブツブツ言っているけど、よく聞こえない。
身分差があるということを頭では分かっていても、表向きだけでも親切にしてくれて、打ち解けた感まで出されちゃうと勘違いしちゃうんだよね。
今までの人生って、身分の上下を考えて行動なんてしていないからなあ。
――うん。あの子爵の厭味はただのイヤミではなく、真実を突いている面もある。やっぱり、いつまでも王城にいたら良くないね。改めて実感したよ。
心の中で例の子爵には腰を直角に折っておいた。はい、調子に乗らないように重々気をつけまーす。
というわけで、だ。
「そうは言ってもさすがに王妃様業は、もっと適性のある、この世界生まれの女性にお願いしたほうがいいです」
「リィエはダメなのか……?」
「ダメって言うより、異世界から来た一般人には到底勤まらないですから。それに、そもそも私は誰とも結婚するつもりはなくてですね」
「「え?」」
無意識に卵を撫でながら言う私に、三人揃ってびっくり顔で視線を向けられるから、ちょっと不安になってしまった。
「……もしかしてこちらのお国では、結婚しないと生活するうえで不便があるとか、肩身が狭いとか人間扱いされないとか」
「そ、そんなことがあってたまるか! 私だって独身だっ」
「よかったぁ、そうですよね。陛下も、ルドルフさんもジョディさんも独身ですし……って、あれ、結構みんな独身じゃないですか」
あれ? 指折り数えたら私の周り、未婚のほうが多い気がしてきた。
もしかしてこっちの世界も晩婚化なんでしょうかね、これは。いや、よく知らないけど。
「変わり者だらけのあの研究室を基準にされても困るが……それより、リィエは結婚したくないのか?」
「そうですねえ、死んでも嫌! とまでは言いませんけれど、積極的に相手を探したりするつもりはないです」
「なぜ」
「なぜって……なんとなく、向いていないなあって」
向いていないのは結婚に、というよりもっと根本的なところだと思う。
そこまで言うつもりもなくて、陛下の質問にはへへ、と笑って誤魔化した。
「第一、私が子どもを育てられるとは思えませんし」
「あらリィエ様、今もそんなに卵を大事になさっていますのに」
「あー、この子は別枠です。特別なんです」
毎日、卵可愛いだの大好きだの言っている、ここでの私しか知らないシーラさんに信じてもらえないのも無理はない。
とはいえ、この卵を抱いたときに初めて湧いた母性本能的なものには、何を隠そう私自身が一番戸惑ったのだ。
保育士や看護師でもなく、その上親戚づきあいも特になく暮らしていると、小さい子と直接触れ合う機会はほとんどない。
子どもが苦手とも思わなかったけれど、どこかで見かけても特別可愛いとか、自分も産みたいとか思ったことは一切なかった。
それなのにね。まあ、そんなこともなぜかすぐ受け入れちゃったんだけど。
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