勉強もしています 3

「リィエ、叔父上! 休憩するぞ!」

「おや、陛下」


 バン! と豪快に開いた扉から、ゴージャスな金髪を靡かせて駆け込んできたのは、なんと国王陛下だった。

 後ろから困った顔で付いてくる専属の護衛騎士さんが、遠慮がちに私に肩をすくめてみせる。


「失礼いたします。聖女リィエ様、ウォグルガーランディナ公爵閣下」


 よく舌を噛まずに言えるよなぁ、なんて明後日なことを思っている間に、改めてきっちり礼をした騎士さんは扉近くに控える。

 それを見届けて、閣下は陛下に顔を向けた。


「ジュリアン。勉強の邪魔をしないでほしいのだけど」

「だって叔父上はせっかく王城に来ているのに、ちっとも私の執務室には来ないじゃないか」

「時間がもったいないからねえ」

「また私の扱いがぞんざいだ!」


 がっくりと膝をついて大げさに嘆いてみせる陛下に対し、叔父上様はしらっと余裕の表情だ。

 公爵閣下は私に教えるために来てくれてはいるものの、外出の時間は最短にしたいとのことで、自邸とこの塔で直行直帰。

 登城しても、甥である国王陛下のところには一度も寄っていない。


 数少ない身内と交流……という名の息抜きタイムを望む陛下としては、当然ここに押しかけるというわけで、そう、この乱入は毎度なのだ。

 これもまた、公爵閣下の講義に及び腰になる原因の一つだったりする。


「陛下、本日の仕事は?」

「ノルマ分はちゃんとやったぞ」

「では、前倒しで諸々を進めれば」

「叔父上まで! 少しくらい休んでもいいだろっ?」


 にべもなくあしらわれた陛下が、男泣きの体で見上げてくる。

 陛下は日本にいた頃の私とほぼ同じ歳。若いとはいえ一国の首長から、しょげ返った表情で縋るようにされると困ってしまう。

 すっかり慣れっこのシーラさんが黙ってお茶を用意し始めているのを見て、私はいつも通り陛下に椅子を勧めた。


「……陛下、お掛けください」

「おっ、じゃあ休憩だな!」


 途端、陛下は顔を輝かせていそいそと円卓についた。この切り替えの早さには毎度苦笑いだ。

 公式の場ではないから畏まった言葉遣いを自分もしない、だから私にもしてくれるなと言うほどで、叔父上様ともども、どうにも憎めないタイプの御方だ。王族って皆こうなのかなあ。


 満足そうにシーラさんからお茶を受け取ると、陛下は広げられていた地図を一瞥する。


「今日は地理?」

「そうだね、魔石の産地についてこれから話そうかと」

「ああ、この近くだとグリナウィディが有名だな」


 そう言って陛下は、地図で王都から少し南に下がった山の麓あたりを指さした。

 読めるけれども聞き覚えもなく発音もしづらい地名に、ここがやはり馴染みのない世界なのだということを改めて感じる。


「ほら、リィエを召喚するときに使った王家の魔石。あれもグリナウィディ産だ」

「あ……すみません」

「ああ、気にするな。こちらが勝手にやったことだし後悔などしていない」


 異世界から『聖女』を召喚する動力が足りなくて、急遽、国宝級の魔石を溶かしたのだということはルドルフさんから聞いていた。

 あの時も私のせいじゃないと言われても、身の置き所に困ったなあ。


 だって、そんな大事なものと引き換えに来たのが絶世の美女とかならともかく、平々凡々な私でさ……いや、卵のお世話は誠心誠意するけど!

 思い出して、眠る卵を無意識に撫でる私に、公爵閣下は説明を補足する。


「王都からもそう遠くなく、質のいい魔石も採れるとあって栄えている町だよ。近くにある湖の景色も見事で、昔からの観光地でもあるんだ」

「いい所なんですね」

「ここ数年は、夫婦や恋人でグリナウィディに旅行をして、揃いの魔石で装飾品を作るのが流行りとか。おかげで腕のいい研磨師や職人も集まっていると聞いたな」

「へえ……」


 思わずちらりと陛下を見てしまった。

 ずーん、と音がしそうに項垂れている。


「恋人か……私には縁のない話だ」

「はは、ジュリアンの相手は、なかなか決まらないねえ」


 大恋愛の末に結婚した超愛妻家の閣下に対して、甥の陛下は独身。婚約者がいたことは何度かあったそうだけど、諸々あって今も隣の席は空いたままだ。

 仮にも王族。必要であれば政略結婚も辞さないだろうが、それもない。

 結婚なんてしなきゃしないでいいような気もするが、王家は血縁で継承だそうでそうも言っていられないらしい。


 そもそも、本人には強い結婚願望があるという。

 ただ、ひたすら縁がないのだと嘆く。


「どうせこのまま一人寂しく老後を迎えるんだ……私の伴侶はきっとこのトラウィス国なんだよ、ははは……」


 憂いを浮かべて、陛下は窓の外に視線を飛ばす。

 目に映るいい青空がよけいに不憫だ。


「い、いつかきっと陛下にも素敵なお妃さまが現れますよ」

「リィエ、気を遣ってくれるな。そう言われ続けて何年経つと思う」

「こらこら、愚痴でリィエを困らせてはいけないよ。それに、ジュリアン。私達に恋愛は向いていない」


 閣下はそう言って、表情を陰らせる。


「叔父上」

「いや、オルフェリアとのことは後悔していない。だがね、薄いとはいえ二百年前のあの直情王太子の血を引く我々は、恋をすると周りが見えなくなる。自分ではどうしようもないところがまた厄介だ」

「あー、それはなあ」


 為政者として危ういから、とため息交じりに呟く閣下に、心当たりのある顔で陛下も肩を落とす。


「私がこんなに早く即位したのだって、父上が母上を優先したせいだし」

「まあ、そうだね」


 公爵閣下は、ぽんぽんと甥の肩を叩きながら苦笑いをする。実は、前国王が崩御されて現陛下が戴冠したわけではない。

 他国から嫁いだお妃様が、退位後は自国に戻って暮らすのもいいわね、と何の気なしに零したのを聞きつけて、リタイヤを早めて一緒に行ってしまったのだ。何と自由な。


「王妃として長年重責を担ってきた妻の希望を叶えたいというのは美談にしても、『息子も成人してるし、もういいよね?』で一国を放られる身にもなってくれよ」

「『わたしがいるから、いつまでも結婚できないんじゃないかしら』とも仰っていたね、義姉上は」

「母上がいなくなっても嫁は来ないぞ!?」


 ギリ、と拳を強く握りしめ力強く否定する陛下を、うんうんと頷いて見守る公爵閣下と護衛騎士とシーラさんなのだった。




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