勉強もしています 5

「自分でも不思議なんです。どうしてこの子だけ可愛く感じるんでしょうね?」

「ルドルフから聞いていないのか?」


 ぽろっと零れた疑問は、陛下にさっと拾われた。

 ん? この口ぶりだと、もしかしなくても理由があったりする? 


「ルドルフさんからは他に教わることが山のようにありますので……聞き忘れていましたね、そういえば」


 卵のことや魔力のことだったり。

 私があんまり基礎を知らないから、話が脱線することも多い。だから、教えてくれていないのじゃなく、そこまでたどり着いていない、というのが実際のところ。

 陛下と顔を見合わせて、話を引き取ったのは公爵閣下のほうだった。


「リィエ。個々人の魔力は少しずつ違い、誰一人として全く同じ魔力の持ち主はいない。それは知っているね」

「あ、はい」

「血縁でその魔力属性が似ることも」

「聞きました」


 わざわざ調べることは普通しないけれど、事件や事故で身元調査をするような場合には計測して比べたりするという。

 指紋やDNA鑑定のようだな、なんて思ったんだ。


「お互いの魔力属性が近いと、自然と惹かれ合う間柄になりやすいと言われている。俗に『相性が良い』という類のものだね」

「え、魔力以外の、好みとか性格とかは関係ないんですか?」

「いや、それはもちろん関係する。魔力に影響されるかどうかは個人差も大きいしね。だが魔力的な相性の良さというのは、そういった意識や意思を上回ると考えられているんだ」


 例えるなら、家族や故郷に対して無意識に感じる帰属感覚に近いものだそう。ほうほう。

 身内の場合は家族愛だが、他人に対してのそれは強い恋愛衝動と結びつくのだ、と閣下は説明する。


「一目惚れのような場合は特に、魔力属性の一致率が高い傾向があるんだよ。ちゃんとした統計があるわけじゃなくて結果論だけど」

「へえ、なるほど……」

「感心してる場合じゃないぞ。リィエと魔王の魔力はこれ以上ないと言うくらい一致している。しかも数値としてしっかり確認が取れている」


 うんうん頷いていると、陛下が口を挟んできた。

 魔力属性の一致率が高いこと、というのが『聖女』を探すときの条件だったというのは知っている。

 もっとも、私は自分に魔力があるということのほうに驚いて、今までその意味を深くは考えていなかったけど。


「はあ。それは聞いています」

「無意識のうちに惹かれ合って当然の相手ということだ。常態では考えられない感情の動きがあっても、なんの不思議もない」

「えっ、じゃあ、私この子と恋愛するんですか?」


 ややや、それはないわ!

 いくらなんでも、これは恋愛感情とは違うもの。

 ぎゅっとして抱きしめたいし、守ってあげたいし、幸せになってほしいとは思うけれど、恋人同士でするようなあれやこれやはしたいと思わないし……っていうか、想像しただけで罪悪感がハンパないんですけどっ?


「いや、どちらかというとリィエ達の一致率は双子とか、限りなく近い身内レベルだというから」

「ああよかった、後ろめたい思いをするところでしたよ……」


 盛大に安堵する私に、困ったように陛下は前髪を掻き上げた。すみませんね、この世界の常識は勉強中だから許して。

 そんな陛下に、公爵閣下が穏やかに、でも少し寂し気に微笑む。


「王族はその魔力の影響を強く受ける傾向があってね。だから政略での結婚の時も、そこそこ魔力が合う相手というのが前提になる。なぁ、ジュリアン」


 いくら政治上の伴侶を尊重しようと思っても、もし魔力的に惹かれ合う相手と出会ってしまったら止められないと、そういうわけか。

 しかもこの国の王族方は魔力的に直情型が多いと……なるほど。

 なんとなく陛下が未婚でいる理由も分かってきたぞ。そりゃあ本人も周りも慎重にもなるわ。

 腕組みをして、陛下は眉間にシワを寄せた。


「自分の立場はわきまえている。とはいえ、伴侶として都合のいい相手は魔力的に都合が悪い。今までの相手はそんなのばかりだ」

「あー、それはなんとも……」

「過去の悪しき例があるからな。強引に話を進められはしないが、おかげで縁組がまとまることもない」

「それもなんと言っていいか」


 良かったですねもご愁傷様ですも、違う気がする。


「リィエの魔力は非常に珍しいタイプだからな。それもあって、一緒になっても大丈夫かと思ったのだが」

「いえいえ、もうここまできたなら、最高の相性のお相手を見つけてください。閣下とオルフェリア様が出会ったように……あ、そうすると、お二人の魔力は近いのですか?」


 おや、と目を見開いた公爵閣下が、私の質問には優しく首を振る。


「実際に魔力を測ったことはないんだよ。けれど……うん。きっとそうだろうね。私はオルフェリアといると、ただそれだけで心が満たされるんだ」


 ほかの誰にも同じように感じることはない、と少し気恥ずかしそうに閣下は胸元に軽く握った手を当てる。

 照れながらも決して否定はしない、閣下の奥様愛がすごい。シーラさんを見たら、ぽうっと頬を押さえてうっとりしちゃってた。分かる。


「はあぁ、いいですね、叔父上は……」

「私のせいでジュリアンには負担もかけているけどね」

「叔父上には裏で助けてもらっていますから。それより、私もいい加減にそういう相手がほしい……!」


 あまりに真剣に懇願する陛下の肩の左右に、偶然にも公爵閣下と同時に手が伸びた。できるだけ優しく、両側からぽんぽんとする。


「いつか会えるよ、ジュリアン」

「陛下、ガンバです」

「二人とも……他人事だな?!」

「ええまあ、陛下は他人ですので」

「冷たい! リィエがルドルフみたいだ!」


 えー、ルドルフさんはとっつきにくいけど、決して冷たい人ではないよ。

 その証拠に、籠の鳥な私が城下へ外出できるよう、方々に手配もしてくれている。

 まあ、陛下もそんなことは百も承知でそう言うのだろうけど。

 実は仲良しだって知っているし。


「陛下、ルドルフさんはとても優しい人デスヨ?」

「棒読みも甚だしい!」

「プッ」


 たまらず吹き出した公爵閣下につられて、陛下以外の全員も笑ってしまう。

 そうして陛下は、今度はテーブルに突っ伏して嘆くのだった。


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