研究室の難儀な日々 6

「音声ナシ、画像でまーす!」


 非常用の古いランプのもとで、探査網が届いた先を見ようと頭を寄せ合う。

 鏡のような円形の画面に映し出されたのは、大勢の人間だった。


「多いな」

「座標で絞れるのはここまでですね」


 列車の乗降場のようだが、まるで祭時のような混雑だ。

 髪は黒や茶など濃い色、さらには服装も地味な色合いばかりで目を引くような者はいない。


 追加した王家の魔石をもってしても猶予はせいぜい数分。

 外見では見分けられない以上、システムの僅かな反応と、召喚の糸から微かに伝わる魔力を手掛かりに探すしかない。


「……彼女だ」

「なに?」


 判別を急ごうと糸を操る手に力を籠めると、隣で食い入るように画面を見ていたダレンが、一人の女性を指さした。


 周りと同じ黒色の髪を一つに結い、やはり地味な服を着て疲れた様子で人波の端を歩いている。

 特にどうということのない人物だが、その声には確信を思わせる何かがあった。


 この二ヶ月、徹底的に卵の魔力分析を行ってきたダレンだ。失敗が許されないこの場で言い切るからには、相応の理由があるに違いない。


「ダレン、根拠を」

「それは、」


 その時、ほとんど減速しないまま列車が入線してきた。

 何かの衝撃を受けてよろめいたその女性が、その線路に落ちる。


「っ、室長っ!!」

「!!」


 悲鳴のようなジョディの声に一瞬で判断をつけ、反射的に糸を伸ばした。

 縋るように上がった手が列車に飲み込まれる間際、かろうじて指先に糸の端が触れる。


 聞こえないはずの汽笛と悲鳴、それに衝撃音までもが響いてくるような映像の数秒後――動きを止めた列車と、痛ましい姿の一部を映したのを最後にプツリと画像が途切れた。


 召喚の糸からは、接触者の呼吸と心拍の停止が確認できた。


「そ、そんな」

「……まだだ」


 闇色の画面に浮かぶ召喚の糸は、光を掴んでいた。

 砕いた星屑のように輝く光――魂魄だ。

 滅多に目にすることはないそれが織り込まれた糸を、慎重に手繰り寄せる。


「室長、何を?」

「魂だけでも召喚する」


 莫大な費用と労力を費やした聖女召喚に失敗すれば、処罰は必至。しかし実績として認めうる「何か」があれば、職員達についてはいくらか減免できるだろう。

 打算を働かせてそう言えば、部下達は一様にその身を固くした。


 張り詰めた空気の中、辿り着いた順に光を空中に残して糸は消えていく。

 どこからか入ってきた風が舞い、やがて頭上に集まった光は渦を巻きながら形を創り始めた。


「わぁ……」

「これは……人?」


 どさり、と確かな質量を持って落ちてきた光は、若い女性の姿をしていた。


 ――召喚した魂が、肉体を得た。

 目の前で起きたその事実に誰も言葉が出ない。


 髪色こそは召喚前と同じ黒。だが、結っていたはずの髪は解け、服装に至ってはこちらの世界の見慣れた装いに変わっていた。

 呆然とする我々を見上げる顔には驚きが浮かんでいる。

 瞬きをくり返す彼女と視線が合った。


 魔王の卵と同じ、薄灰の色をした瞳……本物の『聖女』だ。


 ここにいるべき者なのだと直感し、座り込んだままの彼女に自然と手を差し出した。


「……ようこそ、聖女殿」

「は?」


 返ってきた警戒心のない声に緊張を解かれる。

 自然と口の端が上がりそうになった自分の背後で、大きな歓声が上がった。




 * * *




 その後、意識を失った彼女を王宮侍医に診てもらいながら検査をしたところ、聖女と卵の魔力特徴は驚くべき割合で一致していた。

 魔力相関性が双子と言えるほどの相手が異世界にいたことは驚くが、親しく引き合うのは納得だ。


 そして血液等を調べたところ、かたどられた肉体は我々と同じ人間そのものと断言できた。

 さらに王宮と神殿の精査では、今回の召喚は創造主の理の内――いわばお墨付きとの見解で一致。となれば、前回のように肉体が消滅することもないだろう。


 眠る聖女の腕に卵を抱かせると、冷える一方だった卵の温度がまるで歓迎するように上昇を始め、逆に聖女の体温がどんどん下がっていった。

 『聖女』の生気を糧に『魔王』が育つ、と気付いたのはすぐだった。


 慌てて卵を引き離したミセス・ヴォルトゥアリーズは、少し温まったことでひとまず危機を脱したのなら、『聖女』が意識と体力を回復するのを優先すべきだと譲らない。


「聖女様はいつ消えるとも分からないお体ではないのでしょう? なら、焦ることはありません」

「魔王を育てることで、聖女が亡くなったという記録は確認されていない」

「それでもです。そもそも健康体であることが前提でしょう」


 意識を取り戻してから日が経っても、ミセス・ヴォルトゥアリーズのガードは厳しい。遠方に嫁いだ姪に似ているとかで、すっかり聖女に肩入れをしている。

 体調が戻るのを待ってからという医局側の言い分も、彼女の心配も尤もだろう。

 とはいえ、そろそろこちらも時間切れだ。


「室長ー、今日も許可は下りなかったですかぁ?」


 一旦は上がった卵の温度はまた下降を続け、ぐずるような魔力の揺れが止まらない。

 会いたがっているのだと、思う。


「だが、今朝は食事も摂れたらしい。今から直接面会に行く」

「あ、じゃあ、皆で行きましょーかあ。怒られるなら全員で、ですねえ」


 笑い声をあげて部下達が立ち上がり、共に研究室を後にする。


 聖女にはまだ何も伝えていない。

 元の世界で一度死に、魂だけを連れてこられたと知ったらどうするだろうか。


「室長。聖女様には私が代わりに話しましょうか?」

「ジョディ。……いや、まずは私から説明する」


 無理な召喚を強引に行ったのは、他でもない自分だ。

 初対面の相手、しかも女性に受け入れられにくい自覚はある。だが不思議と、あの聖女ならば大丈夫だろうとも思う。


「……いいですか、まずは聖女様の不安や不満をよーく聞いてあげてくださいね。くれぐれも論破なんかしないように!」

「そうそう、優しーくですよー」

「ジョディ、フィル。お前達は人を何だと思っているんだ」

「いえ、ちょっと心配で」

「ですよねえ」


 その後、対面した聖女とは無難に話が纏まった。

 だが話している間中、部下達やミセス・ヴォルトゥアリーズだけでなく、護衛騎士までもがハラハラしたり額を押さえたりしていたらしい。


 ……やはり、面倒だ。

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