研究室の難儀な日々 3

 召喚システムの改良と同時に、卵そのものも調査を始める。


 魔王が望む聖女を見つけねばならないが、卵が言葉を発するわけはない。

 卵自身の魔力など、分かりうる情報を徹底的に調べ、その分析データを『聖女』の探査条件に反映させることにしたのだ。


 宰相を通じて申し入れ、研究室に卵が運び入れられたのは翌日のこと。

 包んでいた布をうやうやしく解く護衛騎士の手元を、部下達が注視する。


「えー、これが魔王ですかぁ? なんか、思ったよりフツー……」

「フツー言うなよ、フィル」

「先輩、でもー。この外見でまさかそんなっていうかー?」


 一抱えほどの大きさはあるが、くすんだ灰色の殻は見るからに地味。

 もっと奇妙な模様でも殻に浮かんでいるかと思ったのに、とも言うフィルの言い分も分からなくもない。

 

 外見はどうあれ、国の命運を握る卵ゆえ常に護衛騎士が傍にいて目を光らせている。

 職員達は慣れない威圧感に最初は戸惑ったようだが、一通り検分の終わった卵を測定器にかける頃になると、護衛の存在など忘れたも同然だった。


「……うっわー、なんだこの魔力……えげつないくらい中で渦巻いてやがる……」

「わ、本当だ!」

「ちょ、こっちにも見せてくれよ!」


 奪い合うように計測した魔力波やデータを覗き込む部下達は、卵がここにある本来の理由を忘れたように生き生きとしている。

 それもそのはずで、卵内部の魔力は、質も量もこれまでに見た全てのものと違っていた。研究者であれば魅せられないわけはない。


 だが暴力的なまでの中身に対して、外側は不気味なくらい「なんでもない」のもまた、不思議なことだった。


「これだけ内部魔力が濃いのに、自然放出される魔力は本当に微弱よね。この殻ってば、どういう構造になっているのかしら」

「ジョディ先輩もそう思いますよねえ! 僕は殻もぜひ調べたいと……端っこをちょっとだけ削ったりとかは」

「おやめなさい、フィル。まずは『聖女』に専念よ」


 後輩を一喝したジョディが、護衛兵と卵に同行して来た「お目付け役」にちらりと視線を走らせる。


「ねえ! ダレン・カーディフェウスト、あなたそこでずっと立っているつもり? 暇なら手伝ってよ」

「えっ、ジョディ先輩ー?」

「どうせあのケチ子爵に『無駄遣いしないか見張っとけ』とか言われて寄越されたんでしょ。せっかくの頭をそんなことだけに使うなんて、ほんとバカバカしいったら」


 ほら、と再度強い口調で誘われ、財務担当補佐官の顔がこちらを向く。

 学園を首席で卒業したダレンが優秀なのは、周知の事実だ。

 手探りで、しかも最短で最善の道を見つけなくてはならない現在。部外者であっても手が借りられるならそれに越したことはない。


 頷いてみせると、ゆっくりと壁際から移動した。


「……何を」

「いくらでもやることはあるわ。賢いんだから自分で考えて」

「ひぃ、ジョディ先輩つよーい」

「茶化さない。――貴方だって本当は、監査や金勘定より手を動かすほうが得意でしょ?」


 その言葉に、ふいと顔を背けたダレンは、測定結果や資料に次々と目を通し始める。

 同級生だったというジョディの気安さで予定外の助っ人も引き入れて、プロジェクトは進んでいった。


 多いだけでなく変化する卵の魔力を一日で計測し尽くすことは不可能で、日々、膨大な量のデータが積み重なる。

 それを分析・選抜して入力していくだけでも結構な工数だ。


 優秀さを遺憾無く発揮するダレンのサポートに助けられることも多く、部下達はすぐに助っ人がいることにも慣れていった。

 もっとも、ダレン本人の無表情に変化はなく、無愛想なのが二人に増えたという声もあるが。


「量が多いのは当然としてー、ここまで独特な魔力って本当に珍しいですねえ。こんな特波、論文でも見たことないですよぅ」

「だからこそ『魔王』なんでしょう。フィル、それがどうしたの?」

「いやまあ、そうなんですけどー……ここまで変わっていると、『聖女』の魔力も変わっているんだろうなーって、イヤな予感が」


 魔王と聖女は、仮初ではあるが関係に等しい。

 現実の親子は魔力にある程度の同調親和性が見られる。それが繋がりの条件であるならば――聖女を探し出す困難さに気付いた部下達が一様に押し黙る。


「……王都内なんて贅沢は言わないから、せめて隣の国あたりで見つかってほしいわね、『聖女』さん」

「同感でーす」


 実際の召喚準備が整うのに先だって、まずは近辺で探査網の展開を始める。

 しかし危惧した通り、一向に対象者は見つからない。

 過ぎる時間に比例して卵の内部温度が下がり、次第に魔力総量も緩やかに減少の兆しが見え始めてきた。

 保温器も作成したが、役に立っていると言えるほどの効果はない。


 そんな折、神官長が『聖女』候補の神託があったと言って巫女を連れてきた。

 巫女の魔力を測ってみると、僅かだが卵と魔力特性が一致する。同調率一割以下とはいえ、珍しい魔力の持ち主であることは間違いない。


 卵に触れさせるとほんの一瞬温度が回復し――すぐにまた低下を始めた。

 まるで、「違う」とでも言うように。

 のみが卵を温められる、という現実を改めて突き付けられただけだった。


 国を超える勢いで広がる一方の探査網を維持するために使われる魔石の量に、財務担当の子爵が泡を食って怒鳴り込んできたことも一度や二度ではない。

 陛下の勅命ということは承知しているものの、言わずにはいられないらしい。とはいえ、聞き流すのも面倒だ。


 自分を始め、ほとんどの職員が寝泊まりをするようになった研究室は徐々に野戦病院化していく。

 見かねた中央から派遣された専任スタッフは、ミセス・シーラ・ヴォルトゥアリーズ。元看護士であり、前医局長の細君でもある。


「ほら、フィルさんも食べなさい!」

「はぐっ? ヒーリャはーん、モゴ」


 研究室の惨状には随分呆れられたが、放っておけば食事も摂らない職員達の口にサンドイッチやナゲットを突っ込んで歩き、強制的に仮眠を取らせる。

 それに助けられた者も多く、職員一同頭が上がらない現状だ。

 

 聖女は相変わらず見つからないものの、山ほどの残業の上にようやく召喚システムは完成の目処がつく。

 いよいよ生体での召喚実験を始めるようとする前日、事件は起こった。

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