研究室の難儀な日々 2

 そのまま関連各所との調整を終え研究室に戻ると、昼食にも行かず待ち構えていた部下達に囲まれた。


「室長! 今度は何でしたっ?」

「こ、これ以上減らすところなんてないですよ!」

「落ち着け。おかしな物の開発命令でも、予算や人員の削減でもない」


 返事を聞いて胸を撫で下ろしたのも束の間、『魔王』と『聖女召喚』の件を告げれば、その場にいた職員全員が目を丸くする。


「えーっ!? 魔王? 召喚?」

「そんなの、とっくに過去の話かと……」


 驚きはしたものの部下達の口から「できない」とか「無理」という言葉が出ることはなかった。

 興味はすぐに「どうやって」に移り、立ったまま『聖女召喚』について議論が始まる。


「人間を生きたまま……本当にやっていいんですね?」

「ヤバい、俺ちょっとワクワクしてきたかも」


 人間を召喚することは、長く禁忌とされてきた。

 霊獣の怒りを買う事態になった元凶は、異世界から少女を召喚したことにあったからだ。

 それに、本人の了承を必ずしも必須としない召喚には人権的な問題もある。


 そんなタブーを破らざるを得ない現状だが、優秀だが多少問題のある者も多い、と言われる研究室の職員達にとっては前例がないということが研究意欲を刺激する一因になる。


「システムを大幅に見直さないと」

「そうですねえ、実験もしないと。リントサジェスの爺さんの農場から生きた豚でも送ってもらいましょうかー」

「その時は向こうにも誰か行って、召喚前後の組成変化なんかをデータ取って比較しなくちゃな」


 現行のシステムは基本的に無生物に対応している。

 特例として植物や魚類は生きたままの移動が認められているが、動物に関しては加工後のものや、毛皮など素材としてばかりだ。

 生きたままの人間を心身とも損なわずにとなると、やはり慎重にならざるを得ないだろう。


「ねえ、それも大事だけれど、現時点で召喚対象者――つまり『聖女』が、どこの誰かも分からないのよ。そこが一番ネックじゃない?」

「あー、それなぁ」


 システムの改変に向きかけた話の流れに待ったをかけたのは、ジョディだった。


『聖女』を選ぶのは『魔王』だ。

 過去の事例では、霊獣や精霊は卵の意志を読み取って、聖女の元に現れて魔王を託しているのだという。


 しかし今回、青竜は国王の前に現れ、聖女を探すように告げた。

 教える気がないのか、隠したのか――それは分からない。


「室長、確か昔の記録がありましたよね」

「過去の『魔王』についての調査は礼部文書室がやっている。こちらに報告が届く手筈になってはいる」

「ああ、それなら……」

「しかし文書の多くは『魔王』のことだ。『聖女』についての特別な記述は今のところ見当たらないと聞いた」

 

 がっくりと職員達が肩を落とす。

 だが、仮に文書によって歴代の聖女の共通項を探ることができたとしても、それは今代の聖女の条件とはなりえない。

 期待するなと重ねれば、不本意ながら納得したようだった。


「でも不思議ね……人間との間の子だとしても、『魔王』は大事にされるはずでしょう?」

「聖獣や精霊の出生率は高くないもんな」


 聖女の元でなければ卵は生きられない。

 だが実際に、魔王はこの聖女不在の王城にいる。


「わざと失敗させて二百年前の報復をしたい、とか」


 それは先程の議会での見解でもある。

 だが、ジョディは不満そうに眉を寄せた。


「そんな理由で自分の子どもを危ない目にあわせるの? 報復をするにしても、わざわざ正当性を改めて示す必要があるとも思えないわ」

「んー、それもそうですねえ……室長はどう思いますかー?」


 フィルの質問に部下達の視線が一斉にこちらへ向くが。


「さあな。人同士でさえ分かり合えぬというのに、人ならぬ者の思惑など窺い知れるわけがない」

「あははっ、さすが室長ブレませんねえ」

「どちらにしろ、失敗すれば国ごとお終いなのは変わらん」


 理由があろうとなかろうと、それだけのこと。

 諦めたように軽く肩をすくめたジョディが話題を変えた。


「そういえば卵はどうなっています? 今は陛下のところですよね」

「ああ。現在は冬眠に似た状態らしい。だが聖女が見つからなければ、そのまま弱って死ぬな」

「……ちなみにですけど、猶予はどのくらい……?」

「もって二ヶ月」


 ざぁっと全員の顔が青ざめる。

 現行のシステムを大幅に変更し、魔王の求める選定条件を汲み取り、実際に聖女を見つけ出して召喚する。


 それを二ヶ月以内に。


 一応緘口令は敷かれているが、人の口には戸が立てられるなどと誰も思っていない。

 王自身も、事実を隠して恐慌を招くよりは、と治安や経済への影響を鑑みながら公示する算段のようだ。


 研究室に求められているのは、その公表の際に「万全の対策を取っている」と言えるだけの成果。

 ……しばらくは帰宅できないほど忙しくなるだろう。

 が、聖女を探す全権を与えられた研究所への圧力を考えれば、むしろ帰宅しないほうが安全かもしれない。


「担当の割り振りは私が決める。各々、手持ちの仕事の中断なり引き継ぎなりの手配を済ませるように。これより二ヶ月間は聖女召喚に専任だ」

「うぇー、りょ、了解でーす」

「ああ、それから。今回の召喚に関する予算だが」


 席に戻りかけた部下達の足が止まる。

 全く期待していない顔を見回し、書類を取り出した。


「陛下より、上限なしとの言質を取ってある。チャットウィンデザール卿の署名も既にここに」

「え? ほんとに?」

「あのケチタヌキが決済申請書に白紙署名?」


 耳を疑う部下達に書類を指で叩き掲げて見せると、あからさまに表情が明るくなった。


「最優先事項は『迅速かつ安全に聖女を召喚する』その一点のみだ。というわけで、金のことは気にせず必要な物は全て申請しろ」

「うそっ、なにそれ最高!」

「やったーーっ!! なあっ、あの壊れっぱなしの計測機の修理もしていいか!?」

「いっそ買えよ!」

「お、俺、新型の魔力解析機も欲しい!」


 一瞬にして、高揚感が悲壮感を上回った研究室であった。

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