卵番はじめました 4

「ったく、あのオヤジ……!」

「ジョ、ジョディさん」

「私が独身でアンタに迷惑かけたかってーのっ、余計なお世話よ!」


 ヤツが去った方向を睨みながら、ジョディさんはガンっとヒールを踏み鳴らす。

 海外ドラマのヒロインのようでカッコよろしいです。同僚役になって、コーヒーとドーナツ差し入れてあげたい。


「リィエにも悪かったわ。予算なんてあなたに関係ないのに、八つ当たりもいいところよ」

「いやー、でも、気持ちは分かるんですよ。この世界の中で聖女が見つかっていれば、かからなかったはずの費用ですもんね」

「……あれでも、真面目に財務を担当しているのよね……」


 そうなのだ。

 厭味なオッサンだが、降って湧いた「聖女召喚プロジェクト」に振り回された被害者であることは、ルドルフさん達と一緒。彼の場合は財政面でだが。


 まあ、予定外の召喚になったそもそもの原因は、突然『魔王』を預けてきた霊獣と、『聖女』をこの世界の外に求めた卵ちゃんなわけで。

 予算を引っかきまわされた憂さ晴らしをしているようにしか見えない子爵は、やっぱり「器の小さいヤツだな!」ってなるんだけど。


「多分、根は悪くない人だと思うんで平気です。少なくとも、あの側近さんよりは分かりやすいですし」


 実は、文句を言ってくるご本人より、黙って背後に控えている彼のほうがよっぽど苦手。

 

 あの人と目を合わせたのは初対面の時の一度だけ。

 その時の、長い前髪の下から向けられた視線が……ちょっと上手く言えないけど、普通じゃなくて。

 あんなふうに睨まれたことなんてない。


 驚いて固まった私に気づいてすぐに逸らされて、それ以来こちらを一度も見ようともしない。

 その一瞬で苦手意識を持っちゃったから、関わりがないのは別にいい。いいんだけど、でもなあ、私なにかした……?


「側近って、ああ、カーディフェウストね」

「うー、また言いにくい名前……」

「あはは、リィエの口にはこの国の家名は馴染まないんだったわね。彼はダレンよ、ダレン・カーディフェウスト」


 意外にもジョディさんとは面識があり、学生時代の同級生だそうだ。


「すごく頭よくって、入学してすぐ中央宮への士官が決まったような人よ。今回の召喚プロジェクトにも、臨時で助っ人に入ってもらったりしたわ」

「あ……そうだったんですか」


 それは初耳!

 じゃあもしかすると、その時のブラック業務の恨み? 

 いやー、それは私関係ない……よね、あれ、ちょっと自信なくなってきたかも。


 けれど、激務が落ち着いてからは交代で休暇を取ったっていうし。国の中枢だけあって忙しいけれど、基本的にはホワイトっぽいし。

 うーん、わからん。


「確かに彼は昔から無口で無表情だけど、室長だってかなり無愛想よ?」

「ルドルフさんは話しやすいですよ」

「んもう、そんなこと言うのリィエだけよ!」 


 あっさり却下されてしまった。むぅ。


「正直、リィエが初対面から普通に話して驚いたんだから。新人や他部署の人は萎縮しちゃうのよ、ウチの室長に」

「そうかなあ……」


 たしかに、ルドルフさんも表情が薄い。

 常に説明口調で命令や指示も多いし、自分が部下だったら厳しくて怖い上司だと思う。けれど、感情はちゃんと分かる。


 でも、あの側近――ダレンさん――は違う。

 ちゃんと言葉も交わしもせずに決めつけるのはダメだと、自分でも思うけれど。


「でもカーディ……ダレンってば割と人気あるのよ。よく見ると顔も悪くないし、あの通りハニーブロンドで背も高くて高給取り。三男だから家は継がなくていいし」

「えっ、いいです、ご遠慮します」

「あらそう? まあ、性格も服装も地味きわまりないし、会話が続かないのはネックよね」


 冗談めかして勧めてくるが、顔面含む偏差値が高かろうが有能だろうが、あの近寄りがたさはノットフォーミーだ。


「……そういえば、ダレンだって未婚じゃない。同じ歳なのになんで私ばっかり言われなきゃないのよ、腹立つわぁ」

「ジュ、ジュディさん、そろそろ行きましょうか、ね、騎士さん!」

「は、はい、こちらです!」


 ふつふつと怒りを再燃させたジュディさんに、護衛騎士さんと二人で軌道修正をしてようやく散歩を再開する。


「そうね、行きましょう。あんな奴のことなんかさっさと忘れないと、リィエの胎教にも悪いわ」

「ジョディさーん、私妊婦じゃないですよ」

「ふふ、似たようなものでしょう」


 四六時中お腹に抱いて、なんとなく気持ちも伝わって、という状態だからそう言えるかもしれないけれど、着脱可能だし誓って妊娠しているわけではない。


 とはいえ、既に卵に対して親のような気持ちがあるのも間違いなくて……保護欲とか庇護欲とかいうのかな。

 これが母性なのか、子犬や子猫に対する飼い主的な気持ちなのかは、ちょっと分かりかねている。

 けれど、悪い気分じゃないのは確かなんだな。


 そうしてその後は特に誰かと会うこともなく、無事に西棟へと到着した。


 私が現在寝起きしている建物は東側寄りに建っているから、庭園がある西棟とは反対だ。

 国王が住み、迎賓館や議会場、ルドルフさん達の研究施設や官舎などもあるお城の敷地は当然広い。その上、せっかくだからと花壇や池などの見どころを寄り道して案内してくれる。

 散歩といえども結構な距離で、いい運動になっている。


 ……そういえば、ベルサイユ宮殿なんかは、庭園内での移動にバスだか列車だかを使うって聞いたっけ。

 そこまではいかないけど、イメージ的に近いかも。スケール半端ないわー。ここは王制の国だし、いろいろと集中しているに違いない。


「リィエ様、あちらがトーカの木です」

「へえ……おぉっ?」


 騎士さんが指し示したのは見事な庭園の一角だった。

 しっかりと手入れされたいくつかの花壇と、そぞろ歩きにぴったりな小道や休憩用のベンチもある。


 蔦を絡ませたパーゴラの背後には、数本の樹が並んで植えられていた。

 それが今日の目当て、トーカの木。


 やや湾曲した太い幹、ゆったりとバランスよく広がる枝。

 葉はなく、枝にはほころび始めた薄紅色の五弁の花びらの群れ。


 ……これって、桜? 

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