卵番はじめました 3
「到、着……!」
長かった階段も終わり、ようやく地面に足がついた。
見るからに頑丈そうな扉をくぐり外に出る。
頭上に広がる青空は、見覚えのあるのよりも少し透明度が高い気がする。
振り返った塔のはるか上には、白い雲がほわほわと気持ちよさそうに浮かんでいた。ああ、解放感と圧倒的安心感……。
「ふふ、お疲れさま」
「本日は西棟の庭園でしたね、こちらです」
「はーい」
引き続き、護衛の騎士さんに先導されて、ジョディさんと並んで歩く。
さて、厳重警護の部屋といい、仮にも国王陛下がいらっしゃる警備万端の城内でさらに護衛がつくこの過剰すぎるほどの警備体制には、理由がある。
精霊や霊獣の子どもである魔王に、もし万が一のことがあったら報復は免れない。
それはこの国、いや、世界の常識だ。
だから、卵に危害を加えるような人は皆無で、皆で大事に――とはならないのだ。残念ながら。
希少で重要なものは、どうしたって狙われる。
特に無防備な卵である今が一番危ない。
決して杞憂ではなくて、実際に私が来る前にも卵の盗難未遂は起きているそう。その時の実行犯は捕まったけれど、どうも背後関係にはっきりしない部分があるらしい。
そんなこともあって、不測の事態を避けるべく色々手が打たれているというわけ。
……捕まった後の処罰も厳しいものだし、うまくいっても失敗しても、いいことはなさそうなんだけどな。
自分の命や住んでいるところの平穏とかを投げ捨ててでも、手にしたい利益とか動くべき大義というか、そういうのがあるんだろう。多分。
何かを盲目的に信じることに抵抗があり、あまり物事に執着がないと自覚のある私には、ちょっと理解しがたいけれど。
と、まあ、そういう背景なので、本当は出歩かずに、あのセキュリティ対策万全の部屋にこもっていたほうが安全なのだと思う。
実際、まだ体が本調子じゃなかったこともあって、しばらくは部屋から一歩も出なかった。
でもそうしていたら、せっかく温かくなり始めたこの子がだんだんと弱っていくように感じたんだ。
外からの刺激も必要なのかもしれないという話になって、試してみるとたしかに外に出た日は元気が良くなるようだった。
それ以来、こうして晴れた午前中は散歩をしている。
「ねえリィエ、今はどんな感じ?」
歩きながら、ジョディさんが恒例の質問をしてきた。
「殻の中でぽこぽこ動いてますよ」
「本当に外が好きなのねえ! 活発な
「だと思いま……」
げ。嫌なヤツ発見。
ほのぼの語りながら歩いていると、進行方向に人影が目に入る。
ジョディさんも相手の姿を認めて、ぴくりとこめかみに青筋を立てた。
「……あら。リィエ、今日も何も喋らないでね」
「は、はい」
ひぃ、ジョディさん迫力がっ。心なしかこの辺の温度も下がったみたいだよ!
にこーっと、いい笑顔で耳元で囁かれれば頷くしかない。なんだか卵ちゃんもドキドキして……いや緊張とは違うな、うんっと、高揚感と正義感?
やだ、私達を守ってくれようとしてる、この子! なんなの、オトコマエじゃない!?
親(仮)バカを自覚していると、さっきからこちらを注視していた当のご本人――五十代半ばくらいの男性――は側近の男性を従えて、来なくていいのに近づいてきた。
爽やかな青空と美しい城壁をバックに、脂っぽい笑みを浮かべた太鼓腹の中年紳士……なんと残念な配置だろう。まったく映えない。
主人とは正反対の痩せぎすな側近は黒づくめで闇っぽい。明るい髪色と、正装のはずの白手袋が逆に異質だ。
「これはこれは聖女様方。本日も散策ですか、気楽で羨ましいですなあ」
あー、今日も厭味な言い方ーっ。
内心ムカつくがこのおじさん、子爵という身分もあり身元もしっかりしている。
貴族制度を取り入れているこの国では、害意が明らかでない場合、身分の上下は絶対。
家格で踏み出せない本日の護衛騎士に代わって、ジョディさんが私を守るように半歩前へと出た。
そう、実はジョディさん、かなりいいお家のお嬢様なのである。
「ごきげんよう、チャットウィンデザール卿」
「おお、レディ・ジョディ・フォルトリディアーナではありませんか。今日も美しいですな」
「ええ、ありがとう」
ああ、なんとややこしい名前……。
規則性も特にないというから、ただ覚えるしかないんだけど、なかなか頭に入ってこない自分が恨めしい。
身体は新しくなって、どうやら多少若返ってもいるみたいだが、頭はリニューアルできなかったようだ。
モブ顔といい、非常に残念だ。
「レディ、御父上の侯爵閣下も嘆いておられましたよ。そろそろ研究室など辞して縁談でも受けたらどうです?」
「ご心配痛み入りますわ、あいにく今は多忙でして」
「少しは急いたほうがよろしいかと存じますぞ。それに忙しいのは儂も同じですよ、なにしろ『聖女召喚』に莫大な国庫を使わされましたからなあ」
じろじろと舐め回すような視線はスルーだ。
ついでに、後ろに無言で控える暗黒卿みたいな側近も意識から外しておこう。
「緊急財縮のおかげで城下の街道整備も滞ったままでしてね、一体いつになったら民が安心して……おっと、こんな些事は、偉大なる聖女様にはご興味のないことでしょうな」
「今から会議ですわよね、お忙しい卿をこれ以上お引止めするわけに参りません。御前失礼」
バッサリと話を打ち切ったジョディさんと一緒に、教えてもらった礼を取る。
片足を下げて膝を少し屈めるこの姿勢は、浅いカーテシーのようなもので「さようなら」の合図。
これをされてもその場に居続けるのは大変無粋である、というマナーなので、目の前のオッサンも渋々会話を終わらせた。
そうよねー、そこは体面を重んじるお偉いさんですものねー。
「ふん、可愛げのない小娘が……あまり調子に乗らぬほうがいいぞ」
聞こえるか聞こえないかの捨て台詞を吐いて、側近を伴って子爵が去っていく。
姿が見えなくなったのを確認すると、三人で示し合わせたように大きく息を吐いた。
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