聖女なんて勘弁してください 3
魔王の世話だなんて言われて、回れ右して帰ろうとした。
いや、帰る場所なんてないけれど、今もベッドの上でまだ自力で歩けないけど、こう、心情的に。
でも、がっくりと顎を落としかけて、ふと引っ掛かる。
言葉が理解できて多少の常識が通じた。でも、ここは
私が思う「聖女」や「魔王」と、この世界の人達が言うそれって、同じものとは限らなくない?
今までの経験を当てにしていたら、きっと駄目だ。小さなすれ違いは、やがて大きな溝になるに違いない。
確認大事、ほうれんそう大事。
学校でも仕事でも、怠って何度痛い目に遭ったか思い出せ、自分。
「あの、ルドルフさん。魔王と聖女の定義を」
「定義?」
「私の知識では、魔王と聖女は敵対する存在です。なので、『聖女が魔王の世話をする』という意味が分かりません」
「魔王と聖女が敵対する?」
今までほとんど表情の変わらなかったルドルフさんに意外そうに聞き返されて、部屋にいる皆さんもざわっとした。
それって、やっぱりだよね。ナイス、私の勘! いい仕事した!
「はい。私の知っている魔王というものは、絶対悪です。対して、聖女は人民を守るいわば正義ですから、当然、反目し合います」
皆さんのそんなバカな、とかのどよめきで部屋の中は一杯だ。あ、シーラさんもお口ポカーンで驚いている。
「それに聖女は基本的に聖職者です。しかも大概、容姿が美しく、慈愛に満ちた清らかな乙女というのが定番で……聖女にふさわしい容姿も信心もない私には、」
「なるほど」
今の身体に変わっても立派なモブ顔だよ!
お祈りの一つも知らないよ! しかも魔王が相手! ますます聖女ムリ!
できないと訴える私を落ち着かせるように、ルドルフさんは両手を前に出した。はい、ステイですね、分かります。
「言語は通じても、意味までが正しく伝わっているとは限らないのか。認識の齟齬について前もって想定しておくべきだったな」
「ルドルフさん」
「リィエに望んでいるのは、悪鬼魔獣の討伐や、聖職者による奇跡ではない。混乱させたことを詫びよう」
そう断言されて、ほっと胸をなでおろす。ああ、よかった。
「そもそも、魔王とは『悪』を指す言葉ではない。そうだな……精霊や霊獣についてはどの程度知っている?」
「はあ、精霊……」
今度はそっち?
ファンタジーの知識は子どもの頃に読んだ童話と、有名どころのメディアくらいなんだよなあ。
精霊は妖精の大きいタイプ、聖獣は……漫画の火の鳥とか、そういうの? でも、ここでまた想像と違うとややこしくなるよね。
安全策を取って、詳しくないと告げた。
「大まかな説明になるが、ここには人間とは違う
頻度は高くないが、交流があると聞いて驚いた。
へえ、物語の中だけでなく実在するんだ。それはちょっと会ってみたい気がする。
「より創造主に近い存在で、人にはない知識や強大な力を持っている。そして、ごく稀にだが人間との間に子をなす者もいる」
なるほど、異類婚姻譚。『天人女房』とかもそうだよね。
私に話が通じていることを確認して、ルドルフさんは話を進める。
「彼らと人の間に生まれた者は、人の形をとりながら人間ではあり得ない強い魔力を有する。ゆえに『魔王』と呼ばれる、それだけのことだ」
「あ、呼び名だったんですか……」
思っていたのと大分違う。
しかし、魔力か。また縁のないものが出てきたなあ。
「今いるのは人間の女性と霊獣との子だ。その世話を頼みたい」
「それが『聖女』の仕事?」
え、それって別に
「実際に目にしたほうが早いな。フィル」
「あ、ハーイ」
軽く指を上げたルドルフさんに指示され部下さんが出ていき、軍人さんみたいな人達と数人がかりで重そうな乳母車を囲んで戻ってきた。
「はじめましてー、聖女リィエ様! 僕はフィル・トゥイージラスディンでーす」
やだもう、また長い名前っ!
それでもって、なんか呑気なお兄ちゃんだな?
「は、はじめまして」
「フィルって呼んでくださいねー。それじゃあ、早速これ見てくださーい」
軽いノリで勧められてベッドに横づけにされた乳母車を覗き込むと、中の四隅に置いてある赤い大きな石から熱気を感じる。これってヒーターかな?
そして乳母車の中央には、毛布でびっちりと巻かれた
フィルと名乗った彼は布の塊を持ち上げると、ぽかんと見ている私に問答無用で押し付けた。
「えっ?」
「じゃーん、こちらが『魔王』でーす!」
お腹に抱えさせられた布の塊は、重いような軽いような……二、三キロくらいかなあ。存在感は、ある。
でも『魔王』? これが?
「……あの、これ、苦しくないの?」
乳母車で登場したからには、赤ちゃんなんだと思うけど、ぐるぐるに巻かれて顔も姿も全然分からない。
ピクリとも動かないし、息できてるの? ちょっとまずくない?
「これ以上冷えると本気でヤバいんですよー。まあ、そーっと布を避けてみてくださーい」
困り顔で肩をすくめるフィルさんに、ルドルフさんも頷いたので恐る恐る毛布を開いていく。
やがて中から現れたのは、くすんだ灰色の、厚い殻に覆われた丸い物体。
ええっと、これって――。
「リィエ。それが『魔王』だ」
うっそ、卵やん。
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