聖女なんて勘弁してください 2

 そんなわけで、私の体調不良は新しい身体うつわなかみがまだ馴染んでいないせいだろうということだ。


「安静にしていれば、時間の経過と共に解消されると考えている」

「だといいですけど……それで結局、召喚は何のために?」


 そもそもの目的を問うとルドルフさんは背筋を伸ばした。つられてごくりと唾を飲み込む。

 本人死亡の現実と、変わった姿に気を取られてしまったけれど、これ大事。こっちも重要案件。


「目的は、『聖女』の役割をする者の選出だ」

「謹んでご辞退いたします」


 えー、やだ。


 この前から、聖女って呼ばれるたびに修道服姿の清廉な女性が脳裏に浮かんで、自分との乖離に困ってるんだから。


 特定の宗教はもっていないし、ジャンヌ・ダルクみたいな愛国心もマザー・テレサみたいな慈愛もないよ!

 選出って言うけど、そもそも選ばれたいとか思っていないし!


「ふむ、嫌か」

「は、はい。お断りします」


 間髪入れずに断った私に鋭い眼差しを送ると、ルドルフさんはバリトンボイスを一段低くして淡々と返してくる。

 もしメガネかけてたら、絶対きらーん、って光る場面だよコレ! 

 ま、負けないもん、さすがにここは流されないからっ。


「個人や一研究室の探求で召喚を行ったわけではない。国が『聖女』を求め、国家プロジェクトとして召喚が行われたのだ」

「だからって、勝手に連れてきた上に強要はいかがかと」

「意思確認を行なっていない召喚そのものについて、リィエには斟酌の余地はあろう」

「ですよね!」


 たとえ魂だけでも、同意なしの召喚は拉致と違わないでしょう。

 二百年行わなかった倫理観どこいった、今すぐ戻ってこい。


「しかし我らとて、霊魂との会話は不可能だ。身体を離れた魂に対し、どのようにして合意を問うたらよかったのだろうか」

「うぐっ」

「それに、リィエは成人だろう」

「え? ええ、そうですけど」


 新しくなってしまった身体そのものは、実際のところ年齢なんて分からない。さっき鏡でみた顔もいまいち年齢不詳だけれど、子どもでないのは確か。

 まあ、そもそも中身は享年二十九歳ですがなにか。


「現在の肉体部分は、創造主が与えた以上この世界のもの。尚且つこの国に生きる健康な成人なれば当然、その身体には納税と勤労の義務が発生する」

「そ、そうきましたか」

「『聖女』は公職だ。つまり、就職の斡旋をしていると取ってくれて構わない」

「公職……公務員?」

「そうだ。特別職でもあるから、給金は当然として医療や住居等も国が一定の保障をするし、退職後は恩賞も追加される」


 やだちょっと魅力的、とか思っちゃった自分コラ、落ち着け。


 それにしても、「公務員」や「納税」が通じるとか……異世界でもそういうのあるんだ。


 元の世界との常識や認識との共通項を意外がる私に、ルドルフさんは世間知らずな子どもを見る目を向ける。

 いや、しょうがないでしょ。異世界なんて来るの初めてだし、習ったこともないんだもの。


「人間が集まって国家というものを構成する以上、安定する状態というのは似通ってくるものだと思うが。だいたいにして、人の姿も同じだろう」

「いえまあ、確かに、はい」


 頭があって、胴体に手足。内臓の配置も血の色もきっと一緒。

 暑い寒いや、飢えなどに関する感覚も……人間が人間である以上、根本的なところはそう変わらないっていうことなのかな。


「リィエを聖女の任から解放することは可能だ。だがその場合、仕事や住まいは自力で探してもらう」

「え、厳しい!」

「このプロジェクトには巨額の公費がかかっている。目的を達成できないケースにそれ以上の税金は使えないからな。……とはいえ、召喚した責任もある。全快するまでの医療費などについては、私が個人的に面倒をみよう」


 いちいちごもっともで、反論しにくいわ! 

 しかも、就職断ってもポケットマネーで当面は養ってくれるとか、いい人か!


 えー、うーん……。


 ……ものすごーく前向きに考えれば、異世界からヘッドハンティングされたといえなくもない、のかなあ。

 それに――


「私が断ったら、また別の誰かを召喚するんですか?」

「必要だからな。だが、これまでの経過からいって、適合者が見つかる可能性は限りなく低いだろう」


 まあ、わざわざ異世界から魂だけ引っ張ってくるほどだものね。


「時間的にも後がない。このままリィエに『聖女』を引き受けてもらいたい、というのが我らの総意だ」


 ルドルフさんの言葉に部屋にいた全員が力強く頷く。

 ――え、いや、ちょっと。

 もうあんな生活嫌だって地を這うような呟きが聞こえるよ! そっちのお兄さんは遠くを見て歌い始めちゃったし! 

 手鏡をくれたお姉さんも無言でゆっくりしっとり微笑まないで、なんか怖いから! 


 あーやだもう、そんな縋るような目で見ないでほしい。捨て犬とかほっとけないタイプなのに。

 こんな私の性格まで見透かされて連れてこられたのだとしたら、随分と周到な召喚マッチングシステムだよ。


「……ちなみにですけど。私が聖女を断って最終的にこのプロジェクトがとん挫した場合って、どなたが責任を」

「実行部トップの席にいる私を始め、ここにいる全員の処罰は必至だな。あとは多くの官吏が軽くない責を負うだろうし、最終的には陛下も同様だ」


 無表情のままでサラっと重たいこと言ったよこの人! しかも陛下って!

 ええー、そんなぁ……さすがにここまで聞いてしまって、状況的にも心情的にも非常に断りづらい。


 それに、魂のみとはいえ、召喚で命を救ってもらったのは確かなんだよね。


 もともと社会人だから、働くこと自体に異論はないし。

 ――引き受けるしか、ないかな。


 とはいえ、国を挙げて探すほどの「聖女」に、一体何をさせようとしているのか、果てしなく不安。そこは要確認だ。


「念のため、ですが。『聖女』の役割って……?」


 書類仕事だったらどんなにいいか。まあ、違うんだろうけど。

 でもせめて、癒しとか浄化とか、そういうふんわり漠然としたものじゃありませんように!

 ついでに、ゲームでありがちな『魔王の討伐隊に同行』とかも絶対無理だからっ。一瞬で死ぬ自信があるわ!


「聖女の任務は、魔王の世話だ」


 前言撤回。ないわー。

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