聖女なんて勘弁してください 1
「以前の身体と違っているはずだが」
「わ、私の知っている私じゃないです……誰だこれ……」
別に、特別美人なわけでもスタイルがいいわけでもなかったから「元の身体じゃないと絶対に嫌!」とかは思わないけど。
――でも、それなりに愛着というか馴染みはあったわけで。
子どもの頃のヤケドの痕とか、母親にそっくりって言われる目の形とかさ……。
だから、とりあえず納得できる説明プリーズ。
解説を求めて縋るようにルドルフさんを見た。
「我々は、ある条件に合致する人間を探して、召喚システムを作動させていた」
「はあ、召喚……」
召喚
……「召喚」って、『すっごい精緻な魔法陣書いてめっちゃ魔力使って、半ば博打的にやる特別な儀式』っていうイメージだったんだけど。
「システム」で「作動」させるっていうことは、私の想像とは違っていそう。
それに、召喚そのものにも慣れてるような口調だし。
「あの、召喚ってよくやることなのですか?」
「普段は国内外からの品物を取り寄せるのに使っている」
「お手軽!?」
え、召喚ってお取り寄せ通販気分でするものなの?
ルドルフさんは当たり前、とでもいう表情だ。
「とはいえ、召喚が許される生物は動植物までだ。公式に生きた人間の召喚を試みたのは、およそ二百年ぶりになる」
「レアケースなんですね」
そこでルドルフさんは、ちょっと言い淀んだ。
手を顎に当てて、軽いため息混じりに言葉を繋ぐ。
「……人権的な問題も含むからな」
人権が存在してる!
違法で非道な黒魔術的召喚を想像していた私の思い込みが、ガラガラ音を立てて崩れていくよ……。
「最初はこの王都と近隣都市で対象者を探していたが、条件に適う者が一向に見つからなかった。やむなく探査網を国全体、隣国へと広めていったのだが」
「はい」
「最終的に、リィエの住む異世界まで届いた」
「いせかい」
異なる世界、ということ?
それって「自分の住んでいるのとは違う世界」っていうことで……と、ルドルフさんの後ろにいる人達から、一斉に泣き言が溢れ出した。
何度も何度も召喚プログラムを書き換えたとか、探査範囲が広すぎて出力を保つのが大変だったとか、メンテナンスで休日がなくなったとか、実証実験で出張ばかりだったとか。
比喩でなく涙声だ。
ええと、それはつまりブラックな職場というヤツ……?
改めてよく見れば、皆さん全員そこはかとなく、やつれていらっしゃる。
ルドルフさんにチラ、と睨まれた皆さんが口を噤む。
「まあ、このように『簡単だった』とは決して言えない過程があったのは事実だ」
「あ、ハイ」
表情一つ変えない
「話を戻す。異世界でようやく条件に合った人物を見つけ、召喚に成功した。それがリィエ、其方だ」
「わたし……」
耳に入った言葉をどうにか飲み込もうと聞いた言葉を繰り返すけれど、容赦無く降ってくる情報に負けてしまいそう。
そこにとどめのような一言が改めて振り下ろされた。
「先ほども言ったが、見つけた時、リィエは心肺停止の状態であったことを確認している」
「……え、っと……」
「元々、物質は界を超えての移動はできない。システムは、身体を離れたばかりのリィエの魂だけを召喚した」
ルドルフさんがあんまり淡々と言うから、意味を理解するのに時間がかかった。
でも――「心肺停止」
…………そっか。
私、死んだんだ。
そうだよね、あの状態で生きてるはずないよね。
覚悟はしていたけれど、
……やっぱり、ちょっと、クるなあ。
しばらく頭が真っ白になって、鏡が手から滑り落ちたのも、シーラさんが非難がましい目でルドルフさんを睨んでいたのにも気付かなかった。
ぎゅっと握りしめた細い指の手が目に入り、ふと我に返る。
――手。
あれ、じゃあ、この身体はどこから?
「死んで……私、この身体は、まさか誰かの体とか、ホムンクルスとか?」
「違う。生命に関することは我々の力が及ぶところではない。創造主の手によるものだ」
「あー……残念ながら宗教は不勉強でして」
「宗教ではなく真理だ」
召喚を「システム」と言いながら、創造主なんて超常現象みたいなものを出してくるとは。なんだか不思議なバランス感覚だ。
「この世の理に反する召喚も同じく不可能だ。魂の召喚が成功し、なおかつ肉体も与えられているということは、『聖女の召喚』が創造主の認めるところだという証でもある」
「すみません、よく分かりません……?」
「今すぐ理解する必要はない」
分からなくていいのか。
とにかく私は、ここに現れた最初から今のこの姿だったそうだ。
「創造主が生きている人間に干渉することは、稀にある」
「そう、ですか……」
私みたいに、新しい身体を与えられた人のことも古い文献に残っているとルドルフさんは言う。
――神様的な人に会った記憶はないけれど、覚えていないだけという可能性はあるかもしれない。
なんにせよ、人の手によって造られた肉体ではなく、誰か亡くなった人の身体に入ったとかいうわけでもないらしい。
その点は、少しだけほっとした。
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