召喚とか聞いていません 4
えー、只今、ローブの人達からは視線の集中砲火を浴びています。
みんな目をきらきらさせていて、珍しいものを観察するわくわく感がダダ洩れだ。檻はないけど珍獣にでもなった気分……動物園かここは。
凝視されてもそこまで嫌悪感を抱かないのは、純粋な好奇心だけで悪意が感じられないからかもしれない。
とはいえ、なんとなく癪なので、こちらからも見返してみる。
彼らの服装も賢そうな雰囲気も、明るい中で見るとますます教授っぽい。イギリスとかの歴史ある大学にいそうな感じ。
ただ、いわゆる人種というか、外見的な特徴は様々だ。
肌の色や目の色、髪の色、それに骨格や身長もバラバラ。西洋っぽい人も、アジア系な人もいる。
……国境なき医師団とかってこういう感じなのかなあ。
私、病人だろうし、これは院長の回診か。いや、医師団に回診があるかどうか知らないけど。
この期に及んでそんなことを思っていると、十名ほどいる彼らの中から、上司と同じ――三十代後半くらいの男性が一歩進み出た。
あ、この人は見覚えがある。一番最初に私に「ようこそ」って言った人だ。
まわりがすごい盛り上がっていた中で、彼一人だけはずっと冷静にしていたっけ。
少し褐色がかった肌の色で、白銀の髪をオールバックにしている。
鋭い視線の焦げ茶の瞳が切れ者というか、その筋の人と言われそうな物々しい印象で……きっと私生活では誤解を受けたりとご苦労があるに違いない。
背の高い彼に見下ろされる威圧感には、あえて気付かない方向で。こ、怖くなんてないんだからねっ。
ベッドに半身を起こした状態の私の前に立った彼は、少しだけ言葉を選ぶようにして話し始めた。
「……責任者のルドルフ・ザヴィナクルーエルだ。体調はいかがか、聖女殿」
「おかげさまで大分よくなりました。ザ、ザヴィ……?」
もー、また長い名前! シーラさんといい、もしかしてややこしい名字がデフォなの?
音的に馴染みもないし一回聞いたくらいじゃムリだよう。長曾我部とか勅使河原とかだったら言えるのに!
「あー、サー? ミスター? プロフェッサー? すみません、なんとお呼びすれば」
申し訳ないと思いつつ、潔く諦めてほかに呼び名を探す。
ムッとされるかな、と思ったけれど、少し眉を上げたくらいで淡々と返された。
「敬称も敬語も不要。ルドルフで構わない」
ええ、そんなバリトンボイスで言われても、ほぼ初対面で呼び捨てはいかがかと。どう見ても向こうが年上だし。
「ええと、では、ルドルフさんと呼ばせていただいても?」
「聖女殿のご自由に」
「聖女じゃなくて、
名字と迷ったが、ファーストネームにはファーストネームで返すのが筋だろう。なにより、もうこれ以上の「聖女」呼びは勘弁なんだってば!
自分の名前を告げると、ルドルフさんは意外そうに目を見開いた。あ、狼がキョトンとした感じでちょっと和む。
「私の名前です、梨絵といいます。それと、私にも敬語はナシでお願いします」
「リィエ?」
「あ、はい。それでいいです」
「リィエ……リィエ、か」
発音しづらかったようだ。うん、聖女呼びでなければいい。
だけど、確かめるように何度も真剣な顔で繰り返されるのはなんだかムズムズする。頼む、早いとこ言い慣れてくれ。
「それで……あの、ここはどこですか? 電車は? 私はどうしてここに?」
ほんと、わけわかんないことばかり。
それでも取り乱さないでいるのは、具合が悪かった上に情報もなくて、現実感が薄いせいだと思う。
あ、もしかすると、シーラさんが何も教えてくれなかったのって、私を混乱させないように……?
「納得できるできないは其方次第だが、説明責任は果たそう」
「あ、ありがとうございます」
あと、私に加害する雰囲気が全く感じられないことも大きい。
最初の時も、今も。
ちゃんと説明してくれると聞かされて、改めてほっとした。
頷くと、ルドルフさんは椅子を引き寄せる。
座ってくれてよかった、見上げすぎて首が少々辛くなってきたところだったから。
「リィエ様、まずはこちらをどうぞ」
涼やかな目元の美人さんに、手鏡を差し出される。
意味が分からなくて首を傾げると、それで自分の顔を見るように言われた。
……病み上がりで寝起きの顔を、こんなに大勢の前で確認するの?
「えっと」
「ど、う、ぞ」
全く気が進まないが相手も引く気はないようで、私が鏡を受け取るのをじっと待っている。
あー、はい、空気読める子です。見ますとも、自分の顔くらい……っていうか、鏡ってここに来てから初めて見るんじゃない?
慢性睡眠不足は解消されたから、眼の下のクマは取れたはずだね!
まだ上手く動かない指でぎこちなく鏡の柄を握る。
が、そこに映った自分を見て、絶句した。
「……は……?」
取り落としそうになる指に力を入れ直して、反対の手で頬を触る。
瞬きをして、口を開け閉め……うん、寸分たがわずシンクロしている。鏡に映っているのは「私」だ。
けれど、ええと……
誰、これ?
「もともとのリィエの身体は、向こうの世界で死亡している。ここにいる其方は、召喚したリィエの霊魂をもとに再構築された人間だ」
「しょ、少々、お待ちを」
ルドルフさんがなんか言ってるけど、ちょっと待って。
ゆっくりと深呼吸をするけど……んんん? どういうこと?
もしかして鏡自体に仕掛けがあるかと思って、ほかの人達や部屋の中の色々を映してみても、映るのは目に見えたままのもの。
もう一度、自分の顔の前に鏡を持ってくる。
変わらないのは肩までの黒い髪だけ。肌は前よりずっと白く、瞳は灰色。
骨格も少し違うし、頬にあったはずのホクロは消えている。
見下ろせば、細い指と見慣れない爪の形、薄い手のひら。
誰だよこれ。
違和感どころじゃない、別物じゃないか。スプーン持った時に気づけ、私。
「……なんてこったい」
一番びっくりなのは、ここまで変わっても平凡顔だったこと。
うん、その点は親近感と既視感がある。残念なことにね!
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