召喚とか聞いていません 3
あれから数日。
体調は大分よくなり、今朝は軽い食事も摂れるようになった。
久しぶりのごはんは、ほとんど具のない薄味のスープだって素晴らしくおいしい。デザートの桃なんかは甘くてものすごくみずみずしくて、これまでの人生で一番だと断言できる。
まだベッドの上とはいえ、食事ができるって素晴らしい!
「お食事を摂れるようになりましたから、どんどん快くなりますよ」
「ありがとうございます、シーラさん」
目覚めた日から常に傍にいてくれる女性は、シーラさんといった。
いくら具合が悪かったとはいえ、ようやく名前を聞き出せたのが今朝になってからとかね。さんざんお世話になっておいて本当もう、社会人としてどうかと思うよ、私。
しかもフルネームは、シーラ・ヴォル……いや、ヴァリなんとか……と、ともかく、名字がやたら長くて難しくて、とても覚えられなかった。
重ねて申し訳ない。
今までに分かったことはほんの少し。
どうやらここは何かの施設で、シーラさんは看護師さん的な立場らしいっていうことくらい。
とはいえ、彼女には「仕事だから」という雰囲気は全くなく、なんというか、面倒見の異様に良い寮母さんといった感じだけど。
この数日間ほとんど寝たきり状態だった私を、シーラさんは食事から何から甲斐甲斐しく介助してくれた。
子どもでもないのに世話を焼かれるのは非常に気が引けたが、自力では体を起こすのも一苦労なので助かった。多少回復してからは、ひたすら恥ずかしかったけど。
それに、だいぶ元気になった今朝も、手足に違和感がまだ残っている。
スプーンひとつ持つのにも、いちいち意識して腕や指の感覚を確かめないとうまく動かない。高熱の後遺症か初めて意識を飛ばしたせいなのか……出来の悪いVRよりも動きが悪くて笑っちゃう。自分の体じゃないみたい。
今日まで何も教えてはくれないが、逆にシーラさんも私に何一つ訊ねない。
私の体調管理を最優先にしているようで、質問しようとする度ににっこり笑顔で遮られてしまい、強制的に休息タイムに突入だ。
そのおかげで最近の激務による睡眠不足を補填してお釣りが出るほどがっつり眠ったし、体も回復してきているから文句は言えない。
この部屋には鏡がないから見えないけれど、荒れ気味だった肌の調子もよくなっている。特別なお手入れなんて何もしていないのに、触れた頬はもちもちつるんだ。睡眠って大事ね……。
とはいえ。
こうして、支えがなくても体を起こしていられるようになった。
喉の調子はまだだけど、声を出してもさほど疲れなくなった。それに食事を摂れたせいか、かなり気力も戻ってきた気がする。
……そろそろ訊いてもいいだろうか。
結局、電車はどうなったのか、私はどうしてここにいるのか。
そして――「聖女」ってなに。
異世界転移、なんて現実味のない単語が浮かんでは消える。
で、でもほら、ここが日本ではないにしても外国のどこかとか、ありえるよね!?
見覚えはないが見知らぬ物もないし、シーラさんとも言葉は通じているしね……?
薬を飲んだグラスを、動きがおぼつかない両手で渡しながら話しかける。
「シーラさん、あの」
言いかけた私の言葉はノックの音で遮られた。
返事も待たずにぞろぞろと入ってきたのは、初日に見たローブの人達だ。
「まあ、あなた方!」
「聖女と話ができるようになったと聞いた、ミセス・ヴォルトゥアリーズ」
あ、そうそう、そんな名前だった。やっぱり長いよ、シーラさん。
そしてまた「聖女」だ。
もう勘弁して。それが私を指すなんて認めないんだから。
「……聖女様は、やっとお食事ができるようになったばかりなんですよ」
「知っている。だが、我々に猶予がないのも知っているだろう」
「ええ、もちろん承知しております。私だって……ですが、今、無理を強いて後々影響が出ては本末転倒でしょう」
ばばん、と両手を腰に当ててシーラさんは壁のように立ちはだかり、ローブの人達から私を隠してくれている。
明らかに彼らを歓迎していない。
「それに、女性の部屋へ許可もなしに入るなんて、あなた方はまったく。しかもこんな早朝から大勢で!」
「いや、それは……」
矛先を変えたシーラさんの妙な迫力に、シュンと意気消沈する空気がここまで伝わってくる。
傍若無人な方々かと思いきや、素直だな? なんだか憎めないぞ。
ぷんぷん怒っているシーラさんが、私を気遣ってくれているのは疑う余地もない。
それは嬉しいけれど、私としても事情に詳しそうな人達から話を聞きたい。
私は手を伸ばしてシーラさんのエプロンをくい、と引いた。
「あの、シーラさん。私なら大丈夫です」
「まあ、聖女様!」
「そろそろお話を伺いたいですし……少しだけでもダメですか?」
「おお……!」
「聖女殿!」
あからさまな安堵の声があちこちから上がったけれど、だからその「聖女」っていうのを説明してほしいの、こっちは!
シーラさんは私と訪問者の皆さんとを何度か交互に見て、いかにも仕方ないといったふうに大きくため息を吐いた。
「……聖女様がそう仰るならば」
「ありがとうございます、シーラさん」
「でも、ベッドから出るのはダメですからね。もう、こちらの都合なんてお構いなしなんだから、まったく研究所の人達は」
そう言うシーラさんの視線の先には、清拭用の布と着替えがあった。
……そういえば私、まだ顔も洗ってないし髪だって寝起きのままじゃないか!
やっぱりちょっとだけ待ってもらって、とか思ったけれど今更だ。
あーもういいわ、私の恰好なんてどうでも。
髪を手櫛で整えるのも面倒になっていると、心配そうに壁際へと下がったシーラさんと入れ替わりに、ローブの人達が私の前へとずらりと並んだ。
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